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第9話 抑止力の崩壊

 リミュエール王国──かつて誇り高き魔法国家は、今や宰相ヴァルターの

私兵と化した親衛隊に掌握されていた。 王都では、クーデターが勃発。

王国騎士団は国王とその一家を守るため奮戦したが、

宰相の息子──レオが放つ異質な力によって、戦況は一変する。


 マナを喰らう。その力によって、騎士たちの魔法は封じられ、防衛魔法陣も機能を失った。

剣は折れ、魔力の尽きた騎士たちは次々と倒れていく。 その混乱の中、国王は捕らえられ、

一家ごと幽閉された。一夜にして、王国中枢はヴァルターの手に落ちたのだった。


 そして今、ヴァルターは動く。

王国製の最新鋭魔導戦艦──全長150メートルの黒鉄の艦影が、

自由都市同盟の玄関口を成す山岳都市──フェルゼンシュタットへと迫っていた。


 その戦術は、もはや侵略ですらなかった。

マナ喰いによる魔法封殺。そして銃火器を持つホムンクルス兵による物理制圧。

ヴァルターは、魔法の時代を自ら終わらせにかかっていた。


 フェルゼンシュタット、隼人たち一行もこの都市を経由しノヴァンティスを目指していた。


 その空に、不穏な影が差す。


『……見つけた。 来ます!』

 空を見上げたナヤナが、かすかに震える声で言った。


 山の峰を越えて、王国の魔導戦艦が姿を現す。


「おいおい、こんな所で戦争が始まるの?」

 カレンが眉をひそめる。


「これが……カレンの言ってた“魔導戦艦”か」

 隼人は息を呑む。

「すげえな……だが、ちっともワクワクしねぇ」


『もしあの巨大な物体が……ぶつかったら……』

 ナヤナの念話には、隠しきれない恐怖が滲んでいた。


 フェルゼンシュタットの防空魔導戦艦──都市の上空に浮かぶその巨体が、

王国戦艦の接近に気づき、警告を発しながら迎撃の姿勢を取る。


 だが、その瞬間──


「レオ。見せてやれ、お前の力を」

 艦橋から響くヴァルターの命令。


「はっ。仰せのままに──」


 上甲板に姿を現したのは、漆黒のローブを纏った青年。

レオの暗い目が不気味に光り、標的となる都市戦艦へと両手を翳す。


ズズズ……ズズズ……


 目に見えぬ何か──都市戦艦の周囲に漂うマナが、

 風の逆流のようにレオの元へと吸い込まれていく。


 都市戦艦の魔導炉が、悲鳴を上げるように揺らいだ。 艦内、警報が鳴り響く。


「機関部、応答せよ! 魔力が……供給されていない!?」


「魔導炉が反応しません! 再起動も……だめだ、拒否される!」


「バカな、出力が……出力がゼロ!? こんなことが……」


 艦長が吠える。

「全推進翼、展開角を下げろ! 少しでも浮力を確保しろ! 落とすな、まだ落とすなッ!!」


「舵が効きません! 浮力魔法陣が……魔法陣が消えていく!」

 制御室の計器が次々と沈黙し、床に座り込んだ機関士が涙を浮かべて天を仰いだ。


「……一体何が起きているんだ……」


 そして次の瞬間── 巨大な艦体が、ゆっくりと傾き始める。


「ああ……嘘だろ……」

 士官の一人が呟いた。


 地上の民が逃げ惑う中──

フェルゼンシュタットの魔導戦艦は、浮力を完全に失い、

その巨体を傾けながら都市の中心部へと墜ちていく。


「ドォン!!!」


 轟音。


 高層建築群を押し潰し、教会の尖塔をへし折りながら、

巨艦は真っ二つに割れ、燃え上がる。

凄まじい衝撃波と土煙が暴風のように広がり、都市を飲み込んだ。


 郊外の丘から、その惨状を目撃していた隼人たち。


「……ッ!!」


『……あれが……』

 ナヤナの肩が小刻みに震える。


「行くぞ、みんな。今すぐだ」

 隼人が立ち上がった。


「一人でも、多く助ける」


『──隼人。彼らが、来ます』

 煙の向こうから、黒い影が蠢いていた。親衛隊。そしてホムンクルス兵。


「……ああ、わかってる。でも、見捨てられねえだろ」


「この混乱だ。うまく立ち回って、あとは逃げる」


『もしはぐれたら?』

 ナヤナが問う。


「西門。でしょ? 大丈夫、覚えてるよ」

 カレンが笑みを浮かべて頷いた。


「おう!」


 隼人たちは走り出す。火の手の上がる都市へ。絶望の只中で──希望の光となるために。

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