第8話 宰相の息子
王国西部、人の立ち入らぬ深山幽谷。
古くから「呪われた谷」と呼ばれ、霧と沈黙が支配するその一帯に、
異様な建造物が黒々と聳えていた。
魔導研究施設──表向きの記録には存在しない、宰相ヴァルター直轄の禁忌の中枢だった。
この地下複合施設では、ホムンクルスの量産、禁呪兵器の開発、精神操作術の実験、
さらには魔導炉を応用した自律戦闘兵器の生産が、凄まじい勢いで進められていた。
だが、その中心にあるのは一つの檻だった。次元封印技術を応用した、半透明の球体。
内部には、黒い靄のような存在──クロウズ・オメガ。
召喚された“第三の転生者”にして、破球星の禁忌生物。
異なる次元から来たその存在は、魔球星の言語も法則も通用せず、
肉体構造も精神構造もまったく異なる。 強力ではある。
しかし、あまりに制御不能。暴走するたびに施設が震え、数人の研究員が命を落としていた。
「……このままでは、ただの暴れる悪夢だ」
宰相ヴァルターは、球体の前に立ち、静かに呟いた。
彼の瞳は輝いていた。狂気と計算の光で。
「だが、ようやくすべてが整った。最後のピースも、手元にある」
そのピース──それは彼自身の息子だった。
王宮政庁・執務室。 レオ・グランディア。 ヴァルターの息子にして、
王国随一の若き文官。 眉目秀麗、文武両道、温厚で誠実。母に似た心優しき青年で、
宰相の政務を補佐しつつ、魔法技術の分野でもその才能を示していた。
「父上、近頃は政務にも身が入っておられぬ様子。研究も大事ですが、本業をお忘れなく」
「……ああ、そうだな」
ヴァルターは一瞬、微笑んだ。しかしその目は笑っていなかった。
「最近手に入れた実験体が、なかなか手強くてな。
今晩、成果を見に来てくれ。お前の意見を聞きたい」
「……珍しいですね、父上が私の意見を求めるなど。ええ、伺いましょう」
青年の顔に曇りはなかった。ただの“研究”と思っていた。
その夜、宰相邸地下──さらにその奥。
封印された鉄扉の連続を、ヴァルターの魔導鍵が解除していく。
階下へ。 空気は重く、冷たい。魔素が濃く、まとわりついてくるようだった。
「……ここは、一体……?」 レオは絶句した。
目の前には、歪んだホムンクルスの屍。 魔核が剥き出しになった自走砲。
黒い霧を封じた球体が、脈動しながら宙に浮かぶ。
「嘘だ……。これは……これは、ひい祖父様の理念とは真逆だ!
あの方は平和を信じていた! こんな非道な研究、否定していたはずだ!」
「使用こそしなかったが、資料は残した。ヒントもあった。使ってくれと、言わんばかりに」
ヴァルターは微笑んだ。その笑みに温度はなかった。
「私は使う。手段を選ばずに、世界を手に入れる」
「父上は……狂われたのですか? この力は……世界そのものを壊してしまう……!」
「やはり、お前には理解できんか……」
ヴァルターがゆっくりと杖を振った。
魔法陣が瞬時に発動し、光輪がレオの四肢を縛る。
足元が崩れ、レオの身体が地面に落ちる。
「……父上……っ!」
「残念だ、我が息子よ。だが、お前にも“役割”がある。
お前は、私の夢を完成させる、最後の器なのだよ」
「やめてください! 私は……あなたには従わない……!」
「いいや、もうお前の意思など必要ない」
ヴァルターが杖を突き下ろす。
黒霧が球体から溢れ出し、粘液のような半透明の塊がレオの身体へと流れ込んでいく。
レオの瞳が苦痛に歪む。皮膚が青白く変色し、魔法式が浮かび上がる。
「くっ……あぁあああああっ……!」
悲鳴とともに、レオの意識は深淵に沈んでいった。
そして夜明け前。 研究室には、ヴァルターの冷笑が響いていた。
「……ふふ。ふはははは……っ!」
その傍らには、一人の青年が静かに立っていた。
その姿はレオだったが、目の奥には、暗い炎が宿っていた。
クロウズ・オメガと融合した、宰相の兵器。
すべての“鍵”が揃った。
「始めよう。自由都市同盟への侵攻を──」
ヴァルターの目に、もはやためらいはなかった。
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