第5話 命の精霊輝く
激戦の夜が明ける前、一行は瀕死の隼人をナヤナの念動で浮かせ、町外れの納屋へと飛び込んだ。
中はひっそりと薄暗く、外の喧騒が嘘のように遠のく。
埃っぽい空気と、乾いた土の匂いが鼻をつく。
納屋の片隅に積まれた藁束の上に、隼人を横たえる。
その場で、治療が始まった。
カレンの回復魔法──
ビャッコの持っていたポーション──
だが、どれも効果は薄い。
「ダメ……全然足りない……」
カレンの顔は青ざめていた。
隼人の呼吸は浅く、身体は冷え始め、脈もほとんど感じられない。
火が消えるように、隼人の命は確実に削られていた。
そのとき──
「みんな、聞いて!」
ザラの声が納屋に響いた。
「今から命の精霊を呼び起こして、隼人を治療する。 でも……それだけじゃ、たぶん足りない。
だから──お願い、力を貸して!」
ザラの顔には、張り詰めた決意と、わずかな焦りが浮かんでいた。
「わかった! どうすればいいの!?」
カレンが即座に応じる。
ナヤナは隼人にしがみつき、涙を止められずにいた。
「ナヤナ!」
ザラが彼女に近づき、頬を軽く叩く。
「しっかりして! あなたの力が必要なの!」
その言葉に、ナヤナの青い瞳に光が戻る。
「……言って、なんでもする!」
ザラは素早く指示を飛ばした。
「カレン、隼人の服を裂いて。傷口を確認して、清潔な布で止血を! 軽回復でいい!」
「了解! ビャッコ、手伝って!」
「うん! 師匠、死なないでよ……!」
「ナヤナ、君は隼人の身体からまだ失われていない“清浄な血”を、念動で丁寧に集めて。
地面や衣服に触れていない血液だけをね。 ある程度溜まったら、
それを傷口に少しずつ戻すの。集中して……。 これ以上血を失ったら、間に合わない!」
「やるわ!」
ナヤナは震える指で涙を拭い、隼人の命を繋ぐというただ一点に、全身の意識を集中させるかのように、指先をゆっくりとかざした。
隼人の胸から、赤く澄んだ雫が浮かび上がり、空中に静かに集まり始める。
そして──ザラは静かに、自らの身体に眠る精霊に呼びかけた。
「来て、命の精霊──」
命の精霊──それは、新たな命を宿し、育む女性の身体に秘められた存在。
極めて高位の精霊であり、その力を使役するには、術者自身の命を代償にする危険がある。
空気が震え、微かな光の粒がザラの周囲に集まる。
その中心に、ふわりと浮かび上がるように姿を現す、柔らかな光を纏う女性の精霊。
「……これを使えば、私も死ぬかもしれない。 でも、今はそれでも構わない──」
ザラの心に浮かんだ想いは誰にも語られない。
けれど、その想いの深さは、彼女の瞳に灯る光がすべてを語っていた。
精霊の光が隼人の身体へと注ぎ込まれる。
ザラの美しい顔が苦痛に歪み、額から吹き出す汗。
歯を食いしばり、全身を震わせながら、命の精霊の力を隼人に注ぎ込む。
少しずつ──
隼人の身体の傷が塞がっていく。
血が止まり、皮膚が戻り、内臓までも再生を始めているのが分かった。
一度、血の塊を吐き出した後──隼人の呼吸が、安定する。
同時に、ナヤナの念動による“輸血”も終わり、隼人の頬にうっすらと血色が戻る。
ふわりと漂っていた精霊の光が、やがて粒子となって霧散していく。
ザラが最後の力を振り絞り、ぐらりとその場に膝をついた。
呼吸は荒く、意識はかすかに揺れていた。
「……もう、大丈夫……だと思う。 ……間に合った……ありがとう、みんな……」
その声を最後に、ザラは意識を手放す。
続いてナヤナも、念動の集中の糸が切れ、そのまま倒れ込む。
「毛布! ビャッコ、毛布持ってきて!」
カレンが叫ぶ。
「わかった!」
「今はこの三人──寝かせておこう。 今夜は二人で見張りだよ」
「カレン姉ちゃんもケガしてるだろ。 治療しておくれよ。見張りはおいらがやるからさ」
カレンは、力なく微笑んだ。
「……ありがとう、いい子だね」
---夜が明け、やわらかな陽光が納屋に差し込む。
「……っ……ん……」
隼人が目を覚ました。 視界の端に──膝枕。
「……ええぇ?」
カレンが微笑んでいた。
「おはよう。よかったよ、目が覚めて」
隼人が左右を見ると、ナヤナとザラが、静かに隣で眠っていた。
「……そうか……みんなが……助けてくれたのか……」
「うん。ザラがね……命を張って、回復してくれたんだ」
「ザラ……ありがとうな……」
隼人の声はまだかすれていたが、そこには確かに、生の力が戻っていた。
目を覚ましたザラが、静かにうなずいた。
隼人の声を聞いたナヤナも、ゆっくりと瞳を開ける。
「……隼人……っ!」
次の瞬間、彼女は隼人に抱きつき、子供のように泣きじゃくった。
顔を隠すこともなく、声を上げて涙を流すナヤナ。その小さな身体が震えていた。
ザラも、穏やかな笑みを浮かべながら、そっと隼人の手に触れる。
「生きててくれて、よかった……」
こうして一行は、新たな仲間──ザラを加え、
隼人の回復を待ってから、国境の町レイグラスを出るのだった。
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