表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/20

第20話 覚醒者の願い 零からの誓い

 そこは深い闇の底だった。漆黒の空間に浮かぶ、たった一筋の光。

そのほのかな光を目指し、隼人とナヤナは手を取り合って歩いていた。

不安も、恐れもなかった。ただ、互いの手の温もりだけが

確かな現実として存在し、心を繋いでいた。


 やがて、その光がゆっくりと広がり、まるで神殿のような厳かな空間が姿を現す。

空気は静謐で、どこか神聖な気配が漂っている。そこに、朗々とした声が響いた。


「二人とも、よく働いてくれた。わしの力を悪用する者から、世界を救ってくれたのう。

 お前たちには最大限報いたい。二人は何を望む?」


 声の主は、転移の神──次元の境を司る存在であった。


 隼人は一歩前に出て、ゆっくりと口を開く。

「俺たちは、地球で……普通に暮らせればそれでいいです」


 ナヤナも続けて、微笑みながら頷いた。

『私も余計な望みはありません。ただ、異世界人の私が地球に自然に溶け込めるような形で

 転生できれば……それが叶えば、とても嬉しいです』


 転移の神は目を細め、慈しむような声で告げる。

「よかろう。わしに任せておけ。ありがとうのう。二人、幸せになるんじゃぞ」


 その言葉と共に、二人の意識が徐々に薄れていく。まるで母なる手に包まれるように、

優しく、温かく……そして、深い眠りへと落ちていった。


***


 隼人がハッと目を開けた瞬間、かつての殉職現場が視界に飛び込んできた。

銃を手にした男が女性を人質にとり、焦燥と苛立ちの声を上げている

──時は数時間も膠着していた。今にも引き金が引かれそうな緊迫した空気が張り詰めていた。


 だが、隼人の目はその女性を捉えた瞬間、思考が止まる。


「ナヤナ……?」


 人質となっていたのは、間違いなく彼の伴侶──ナヤナ・ラーティだった。

視線が交わる。一瞬、時が止まったかのように感じた。ナヤナがそっと頷く。

その瞬間、隼人の身体が自ら動いていた。突入──!


 犯人が反応する。銃口が隼人に向けられる。が、次の瞬間──


『静滅波!』


 ナヤナの念が空気を震わせ、音もなく犯人の動きが止まった。

その隙に、隼人の拳が鋭く突き出される。重く鈍い音が響き、犯人は倒れ伏した。


 ──事件は、解決した。


***


 翌日。入院中のナヤナを見舞った隼人は、病室の前で足を止める。

納屋聖来なやせいら」と書かれた名札がそこにあった。

周囲からは“日本人美少女”と見えているらしいが、隼人の目には、

魔球星で出会ったままのナヤナの姿があった。


 病室の扉を開けると、ナヤナは微笑みながらベッドから身を起こす。

その瞳には、深い安堵と喜びが滲んでいた。


『……おかえり、隼人』


「ただいま。……ナヤナ」


 二人は抱き合い、互いの鼓動を感じた。涙が、自然と零れた。


***


地球での彼女は天涯孤独の存在になっていた。ナヤナは施設で暮らしながら高校に通い、

隼人は仕事の合間に時間作っては彼女のサポートをしていた。幸い彼女には地球で生きてきた

17歳の少女の記憶もあり、生活は困ることはなかった。 隼人の非番の日、二人で

東京の街をデートする。 二人の手にはあの誓いの腕輪があった。


 それから一年後。隼人は高校を卒業した“納屋聖来”ことナヤナと共に暮らしはじめた。

この地球でのナヤナは、戸籍も身寄りもない存在。しかし隼人という絶対の拠り所と

共に過ごす日々は、彼女を眩しく輝かせていた。 


 そんなある日、ナヤナはひとつの夢を見る。

──それは、地球が辿るかもしれない終焉のビジョンだった。

戦争、環境破壊、憎しみと対立……人類が滅びゆく未来を、あまりにも鮮明に。


「隼人……私たち、どうなるのかしら? この世界を救う方法はないの?」


 ベッドの中、隼人はナヤナの肩を抱きながら真剣な表情で応じた。


「人類が手を取り合えば……それしかない。でも、それが一番難しい」


 数秒の沈黙の後、隼人の眼に一筋の光が宿る。


「ナヤナ、君の力で、世界中に声を届けてみないか? 動画配信っていう方法がある」


 その言葉に、ナヤナは小さく頷いた。

隼人が試しに動画を録画すると、そこには聖球星のナヤナの姿が映っていた。

銀色の艶やかな髪。どこまでも深く澄んだ青い瞳。

そして、ふわふわと宙に舞い、念で語りかけるナヤナの姿。


 登録した動画は瞬く間に話題になり、世界に拡散されていく。

「覚醒者」と呼ばれるナヤナは、地球の危機と、それに対処するための方法

──すなわち地球人類の融和を訴えた。


 ナヤナの出現は、釈迦・キリスト・ムハンマドに続く第四の覚醒者ではないか?

と噂され、その超能力が本物だと、動画は次々と世界に広がっていった。

ナヤナの念波は言葉の壁を越え、そして見た者の心に、一滴の希望の光を落としていく。

その超常的な存在感と、純粋な訴えにより、世界から徐々に争いが消えはじめた。

やがて国連では、世界政府の設立が議論されるまでに至る。


 ナヤナの言葉が、確かに世界を変え始めていた。


***


 それから、数年の時が流れた──。


 風間隼人は警視庁を退職し、納屋聖来と結婚。

二人は静かな街角に、小さな探偵事務所を構えた。

その扉の上には、さりげなく刻まれた言葉がある。


「正義を、あきらめない」


それが、彼らが魔力と暴力の支配する世界で辿り着いた、

“零からの誓い”の答えだった。


 どんな闇にも屈せず、真正面から挑み続ける隼人。

他人の心の奥底に潜む想いを読み取り、寄り添うメンタリスト、聖来。

二人は今や、信頼と絆で結ばれた“最強のバディ”として、

世界の片隅に渦巻く歪みや絶望を、ひとつずつ正していく毎日を生きている。


「隼人、今度はニューヨークから依頼が来てるわ。未解決事件の捜査に協力してほしいって」


 デスクに寄りかかりながら、聖来が書類を手に告げる。


「一昨日、上海から戻ったばっかだぜ……ちょっとくらい寝かせてくれよ」


 隼人は苦笑しながらも、その声にどこか嬉しさが滲んでいる。


「でもこの依頼、時間をかけない方がいい気がするの。──胸がざわつくのよ」


「……ってことは、行くしかねぇな」


 立ち上がる隼人に、聖来が微笑を浮かべる。


「ふふ。そう言うと思って、支度はもうしてあるわ」


「まったく……仕事が早いな。でも──君となら、どこまでも行ける」


「……ありがとう」


 言葉の代わりに微笑み合い、二人は静かに歩き出す。


 そして扉が閉じる音とともに、

また新たな“真実”と“希望”を追って、二人の旅路は続いていく──。


END

この物語を、ここまで読み進めてくださった読者の皆さまへ。

最後のページを閉じるその時まで、共に歩んでくださったことに、心より感謝申し上げます。


風間隼人とナヤナ・ラーティという二人の主人公の物語はいかがだったでしょうか?

これにて『零の誓い』の物語はひとたび幕を下ろします。


ですが、もし彼らの旅の続きが、あるいはまた別の“誓い”の物語が、

どこかで再び紡がれるとしたら――そのときも、ぜひ隣で見守っていただけたなら幸いです。

今はただ、感謝を込めて。 


久留間猫次郎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ