第19話 二人の決断
クラウスとの話から一夜明けた翌朝。だが、隼人はまだナヤナとまともに話せずにいた。
ナヤナはすっかりおかんむりで、自室に引きこもったまま。用意された朝食にも姿を現さず、
扉の向こうにいる気配だけが微かに伝わってくる。
廊下を歩く足音を響かせながら、隼人はカレンのもとへと向かった。
「何やってんのよ、隼人らしくない」
部屋のソファに肘をついて座っていたカレンが、あきれ顔で言い放つ。
「そうかな? 俺は女の子には優しいと思うんだ。ナヤナにも無理強いはできないし……」
「そういう話じゃないと思うな」
カレンは大きく溜め息をつきながら立ち上がる。その視線はどこか諭すようで、
それでいて呆れた姉のようでもあった。
「隼人の結論は出てるでしょって話よ」
「俺の結論? ナヤナを聖球星へ帰す……だろ?」
「もうー、じれったいなぁ!」
カレンはこめかみを指で押さえ、バシッと自分の額を叩いた。
「隼人は野暮だと思ってたけど、もう重傷だわ」
その言葉に、隣にいたビャッコがきょとんとした顔を向ける。
「カレン姉ちゃん、師匠が重傷ってどういうこと?」
「ビャッコの方がまだマシってことよ」
「むうー、ビャッコに負けてるの俺?」
隼人は悔しそうに口を尖らせた。
「じゃあビャッコに聞いてみようか」
カレンはわざとらしく手を叩き、ビャッコの方へと身を寄せる。
「ビャッコくん、君に質問ね。ナヤナお姉ちゃんがこれからどうしたらいいか迷ってます。
君ならどうしますか?」
「ハイ!」
元気よく手を挙げたビャッコが、真剣な顔で言った。
「うーん……ナヤナお姉ちゃんが一番幸せになるようにします!」
「はい! 正解!」
カレンが手を叩きながらニッコリと笑う。
「どういうこと? 俺だってナヤナの幸せを考えてるぞ」
隼人が困惑気味に問い返すと、カレンはまっすぐに言った。
「違うよ。ナヤナにちゃんと確かめてきなさい。何が一番幸せなのか」
ナヤナの幸せ……その言葉が、隼人の心にじわじわと染み入ってくる。
カレンとビャッコを交互に見つめながら、彼の頬がほんのり赤くなっていく。
「時間ないわよ。さっさと行きなさい!」
カレンに背中をどんと押され、隼人は足早にナヤナの部屋の前へと向かった。
軽くノックして、少し緊張した声で呼びかける。
「ナヤナ! もう一度話がしたい。今度は君の話をよく聞きたいと思って。
ここ、開けてくれないか?」
しばらくの静寂の後──カチリ、と鍵が外れる音がして、ゆっくりと扉が開かれた。
部屋に入ると、ナヤナはベッドの上に座禅を組んだまま、ふわりと宙に浮いていた。
その顔は泣き腫らした跡が残っていて、普段とはまるで違う。
そんな顔をさせてしまった自分の愚かさに、隼人は胸が痛んだ。
「ナヤナ。俺が間違っていた。もう一度話し合おう。いいかな?」
『ええ。最初からそう言ってくれればよかったのよ』
ナヤナの声は震えていたが、そこには確かな気持ちがあった。
「すまなかった。俺の独りよがりで、君を悩ませてしまった。謝るよ」
『ちゃんと話をしてくれるなら、それはもういいわ』
隼人は小さく頷いた。
「ああ。じゃあ、俺の気持ちを聞いてくれ。俺はナヤナに幸せになってほしい。
だから、君が一番望む選択を支持するよ」
ナヤナはゆっくりと瞼を開いた。透き通るような青い瞳が、まっすぐに隼人を見つめ返す。
その奥にある感情が、隼人の胸に直接流れ込んでくるようだった。温かく、優しく、
そしてどこまでも深く──
「ナヤナ。俺は不器用な地球人だからな。言葉にしないと君に伝えられない」
隼人は一歩、彼女に近づき、目を逸らさずに告げる。
「俺は君を愛してる。初めて会った時から、ずっと好きだった」
その言葉に、ナヤナの瞳が一瞬、潤んだ。そして、涙が頬を伝って零れる。歓喜の涙だった。
彼女はスッと宙を下りると、そのまま隼人の胸に飛び込んだ。
隼人も両腕で彼女をそっと抱きしめる。言葉は必要なかった。
ただ互いの存在を感じ合うだけで、全てが伝わる気がした。
「聖球星じゃあ、恋人同士は次に何をするんだい?」
『地球星と一緒だと思うわ』
ナヤナはそう言うと、優しく唇を重ねた。隼人は少し驚いたものの、
すぐに彼女の肩を引き寄せ、熱く応える。
そして──二人の未来は、静かに重なり始めていた。
***
翌日──隼人とナヤナは、再び自由都市同盟政庁の執務室を訪れた。
高い天井の窓から差し込む光が、部屋全体を穏やかに照らす。クラウスは変わらぬ
柔和な笑顔で二人を迎え、ゆったりと腰を下ろすように促した。
隼人は短く息を整え、覚悟を胸に言葉を紡ぐ。
「ナヤナと話し合った結果、俺たちは二人で地球に戻ることにしました」
クラウスの目がわずかに見開かれ、それから穏やかな温度に戻る。
「そうなのか。ナヤナ嬢もそれでいいと?」
『はい。私は、隼人と一緒ならどこでもいいんです』
ナヤナは隼人の隣で静かに微笑みながら答える。その表情には揺るがぬ決意と、
愛情の深さがにじんでいた。
『でも隼人は地球で、まだやり残したことがあるって。だから、一緒に行って
……彼の手助けができたらって思います』
クラウスはしばらくの間、彼女の言葉を噛み締めるように頷き、それから優しく言った。
「そうか……それならば、その決断を尊重しよう。転移装置のスタッフには
その旨を伝えておく。転移は明日だ。今日はみんなに会って、お別れをしてきたまえ」
「クラウスさん、ありがとうございます。本当にお世話になりました」
隼人が深々と頭を下げる。彼の声は震えず、けれど胸の奥から出ていた。
『クラウスさんのこと、一生忘れません』
ナヤナもそっと頭を下げる。その瞳は潤んでいて、それでもしっかりと前を向いていた。
「私も……君らに会えてよかった。ありがとう」
クラウスの言葉は、まるで親が子を送り出すような慈しみに満ちていた。
***
その晩、二人はカレンにお願いして、仲間たちへの伝言を回してもらい──
街の灯がほんのり赤く染まり始めた頃、ノヴァンティスの広場の片隅で、
隼人とナヤナは手をつないだまま、市中の店をめぐって小さなデートを楽しんでいた。
雑貨屋の片隅で、隼人は約束の証となる小さな銀の腕輪を手に取る。
「お揃いで……いいかな」
『うんっ』
ナヤナは嬉しそうに微笑み、二人はその場で腕輪をつけ合った。
ナヤナはこの瞬間、はっきりと感じていた。かつて予知夢の中で見た
“運命の相手”が、まさしくこの人──隼人だったのだと。
(この人に出会うために、私はここへ来た)
不安も、寂しさも、全部あった。でも、隼人と一緒なら。
それだけで、強くなれる。
***
夜──送別の宴に、仲間たちが続々と集まってきた。
カレンは目に涙を浮かべながらも強気な口調で叫ぶ。
「やっと素直になったんだしさ、ナヤナを幸せにしてよ!」
「……ああ、任せとけ」
隼人は照れ臭そうに笑いながらも、力強くうなずく。
「師匠の教えをずっと胸に、これからも精進します!」
ビャッコは真剣な瞳でそう誓った。隼人は感無量の表情で彼の頭を撫でる。
《ライジング・ギア》の面々も続々と到着。ジークは酒瓶を掲げて隼人の肩を叩く。
「よかったな、隼人」
「……ああ、ありがとう」
「実はな、俺も身を固める決心がついた」
「そうか。エリスさんを大事にしろよ」
「おう! ……って、名前言ってないけどな?」
「……わかるだろw」
酒が注がれ、笑い声が広がる。
そして、トリニティ・クラウンの三人が魔導師学院の制服姿で姿を現す。
「兄貴! 俺たち、真っ当な冒険者になるぜ!」
「見違えたな。ああ、応援してるぞ!」
光と笑顔に包まれた別れの宴は、深夜まで続いた。
***
翌日の正午──空気は澄みわたり、どこまでも高く青い空が広がっていた。
ノヴァンティスの魔法研究所・中央塔最上階。宰相の戦艦から移設された
転移装置が、ついに起動の時を迎えていた。
眩い光に包まれる中、隼人とナヤナは手を取り合い、ゆっくりと歩みを進める。
見送る仲間たちが一列に並び、次々と言葉をかけた。
「じゃあな、隼人!」
「ナヤナちゃん、元気でね!」
「絶対、戻って来るなよ!」
「……幸せに、なるんだぞ」
クラウスが合図を送ると、装置が低く唸り、白銀の光が二人を飲み込む。
「行こう、ナヤナ」
『ええ、あなたとなら、どこまでも』
手を繋いだまま、二人は異世界──地球星へと旅立っていった。
そして、見送る仲間たちの瞳に浮かんでいたのは、別れの涙ではなく──
祝福と希望の光だった。
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