第18話 再起動、転移装置
宰相ヴァルターが消え去った後、王国の侵攻艦隊は、自由都市同盟艦隊に
白旗を掲げて降伏した。ヴァルターの旗艦を含め、侵略に参加していた全ての
魔導戦艦は拿捕され、その圧倒的な戦闘力も、すでに解体の道を辿り始めていた。
王国騎士団長・ライラは、今回の一連の事態を未然に防げなかった
王国の責任を認め、同盟のトップであるクラウスに自ら出向き、深々と頭を下げた。
誠意ある謝罪とともに、国同士の友好関係の修復を願い出るのだった。
***
戦火の終わりと共に、隼人たちの姿もまた、ノヴァンティス中心医療棟の病室にあった。
「痛って……まだ、ちょっと動くと響くな……」
隼人は白いシーツの上でわずかに身をよじる。全身には骨折、打撲、火傷と、
まるで戦火そのものが刻み込まれたような痕が残っていた。
どれだけ回復魔法を施しても、完治は遠い。 その隣に寄り添うように椅子を置き、
真剣な顔で看病していたのはナヤナだった。
果物を念動で浮かせ、手慣れた仕草で隼人の口元へ運ぶ。
『はい、あーん』
「ナヤナ? 大丈夫だ、一人で食べれるから」
隼人が苦笑しながら拒むも、ナヤナは頬をふくらませ、
ふてくされたようにぷいっと顔をそらす。
『駄目でーす! まだ全然治ってないって治癒術士さんも
言ってたんですから! はい、食べて!』
「まいったなぁ……子供じゃないんだぞ」
『食べてくれないと、泣くから』
その台詞にはさすがの隼人も白旗。渋々と口を開き、浮かぶ果実に噛り付く。
「……ぱくっ」
ナヤナは、ふにゃっと笑った。嬉しそうに、まるで勝ち誇ったような
微笑みを浮かべながら、照れくさそうに鼻をすすっている。
部屋の外では、カレンが扉の影からこっそり覗いていた。
目尻に小さな笑い皺を浮かべながら、ぽつりと漏らす。
「おーおー、ついにナヤナもデレたねぇ。うんうん、よかったよかった」
***
一方、自由都市同盟の監獄──静かに時間が流れるその一室。
その中心で座り込んでいたのは、かつてマナを喰らう悪魔《グロウズ=オメガ》の
依代となった青年、レオ・グランディア。
鉄格子の奥から漏れる光の下で、彼は虚ろな瞳を落とし、言葉少なに過ごしていた。
体の傷は癒えたが、心の方はまだ癒える術を知らない。
その静寂を破るように、足音が近づく。精霊使いの少女、ザラが姿を見せた。
「今日も来てくれたのかい。僕はおそらく処刑されるだろう。
ザラさん、君には感謝してる。でも僕には未来はないんだ」
重く沈んだ声。瞳に映るのは自責と諦念の色。
そんなレオの頭を、ザラはぽかんと小突いた。
「そんなことないって。あんたは利用されてただけだし。 隼人もナヤナも、
ジークさんやみんな、あなたの助命嘆願をしてるから。元気出してよ」
「そうか……だけどもう僕はこの先、生きていく自信がないんだ。父にも裏切られた。
愛していた国にも帰れない。母も他界してるし、天涯孤独になってしまった」
そう呟く彼に、ザラは少し肩をすくめ、わざと軽く笑ってみせた。
「なんだ、そんなことで悩んでるの? 私なんて生まれた時からそうだよ。
親代わりはいたけど、私を戦闘狂に育てるだけのクズ親だったし、
しまいには呪具まで着けられてたんだ」
「強制の魔法の? それはまた壮絶な人生だね……」
驚きを隠せないレオ。だがザラは凛とした表情で言い切る。
「今は幸せだよ。自分の意志で生きてるから」
「僕も君みたいに強く生きれればな……」
レオがうつむいたその瞬間、ザラは前へ踏み出し、彼の瞳を正面から捉えた。
「レオ。あなたがよかったら、ここから逃げよう。私がこれからずっと一緒にいてあげる。
私たちなら、うまくやれるんじゃない?」
「いいのかい? 僕で……」
震える声。答えを恐れる瞳。
「あんたこそ、わたしでいい?」
ザラの目が優しく細められる。レオは、大きく──けれど少し涙を
にじませながら、力強く頷いた。 ザラはレオの耳元に唇を寄せ、囁いた。
「今夜迎えに来るから。外へ出たら、わたしのこと好きって言ってね」
その夜、警備の目をすり抜け、音もなく動く二つの影。光の精霊が姿を覆い、
風の精霊が足音を消した。レオ・グランディアの脱獄は、ただの逃亡ではなかった。
数日後。リミュエール王国の北方街道にて、馬を並べて進む若い男女の姿があった。
目指すは北の部族国家。そこには新たな始まりと、自由があるはずだ。
彼らの後ろに、追手の姿はなかった。それが、隼人たちからの
静かな祝福──はなむけだった。
***
それから一か月後。完治した隼人とナヤナは、自由都市同盟の中枢国家
ノヴァンティスへと招かれた。広々とした政庁。応接室の扉が開き、
二人が通された先には、同盟議長クラウスの姿があった。
「二人ともよく来てくれた。傷の方はどうかな?」
「おかげさまで、すっかり治りました。クラウスさんにはお礼申し上げます」
「いやいや、感謝するのはこちらの方だ。我々の未曽有の危機を
救ってくれた。本当に感謝している」
深く頭を下げるクラウス。その表情に偽りはない。
『今日は大事なお話と伺いました。なんでしょうか?』
「そうそう、大事な話だ。実は、宰相の搭乗していた魔導戦艦に転移装置も
載せられていたことが分かってな。現在、起動方法や操作手順を解明している。
それで、君らをそれぞれの故郷に再び転移させることが可能との報告があがってきたのだ」
「ええっ!?」
隼人とナヤナの声が、驚きと希望を含んで重なる。
「驚くだろうが、本当なのだ。ただし、使えるのは今年中にあと一回。
次に作動させるには、50年はマナの蓄積が必要ということらしい。
考えてくれ。選択肢は次の通りだ」
「二人で地球星へ行く。二人で聖球星に行く。隼人くんのみ地球星へ帰る。
ナヤナさんだけ聖球星へ帰る。二人ともここへ留まる」
クラウスが提示した五つの選択肢。その瞬間、隼人の瞳に迷いはなかった。
「考えるまでもない。ナヤナを聖球星へ帰します。そのためにここへ来たのです」
『そんな……私だけ帰るなんて』
ナヤナの声が震える。瞳に浮かぶのは涙と拒絶の色。
「ナヤナ、聞き分けろ。地球で殉職した俺と君とじゃ全然違う。
聖球星へ帰って、幸せになるんだ」
大きく首を横に振り、ナヤナが叫ぶ。
『いやよ……あなたと別れるなんて、もう無理だから!』
感情のままに宙へ浮かび上がるナヤナ。そのまま応接室の扉を開き、姿を消した。
「クラウスさん。ナヤナを俺が説得します。彼女を返す方向で準備をお願いします!」
「了解した。ちなみに最適な稼働日時は三日後だ。
それまでに、この星での悔いが残らぬよう、彼女にしっかり伝えてくれたまえ」
「わかりました!」
隼人は頷き、躊躇なく部屋を飛び出した。ナヤナを追いかけて──
その決断が、果たして別れとなるのか、それとも──
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