第17話 裁きの暴風
宰相ヴァルターの猛攻は、なおも容赦なく続いていた。
魔法の復活で勢いづいた王国親衛隊、そして宰相自身の圧倒的な戦闘能力により、
自由都市の戦士たちは満身創痍の状態に追い込まれていた。
その中で、唯一比較的体力を温存していたザラの精霊魔法が、
辛うじて戦線の崩壊を食い止めていた。彼女の周囲に浮かぶ五つの火の精霊(火球)。
赤く脈動するそれはまるで彼女の怒りと祈りの具現のようだった。
火球が轟音と共に敵兵を薙ぎ払い、接近する親衛隊騎士やホムンクルス兵を蹴散らしていく。
だがザラの視線は、ときおり戦場の隅に目をやっていた。
そこには、気絶したまま横たわるレオの姿。かつて自分と同じく“人形”として
利用された彼を、ザラは見捨てることができなかったのだ。
「カレン、ビャッコ……お願い。あの人を……安全な場所へ……!」
彼女の声は、かすかに震えていた。その奥にある慈しみを感じ取り、
二人はうなずいてレオを抱え、弾の飛び交う甲板を駆ける。
その間にもザラの精霊たちは次々に爆炎を撒き、巧みに飛翔しては
トリッキーに敵の死角を突く。直線的な魔法では不可能な動きは、
精霊術師ならではの芸当だった。そして、その一撃が、ついに宰相の肩口をかすめる。
「……通った……!」
しかし喜びも束の間、敵の魔法砲が再び唸り声を上げる。
ザラもついに限界を迎えようとした——そのとき、甲板の影から、甲高い声が響いた。
「隼人の兄貴! 俺たちも行くぜ!」
黒煙の中から現れたのは、あの賞金稼ぎ三人組──
《トリニティ・クラウン》だった。燃え上がるようなエネルギーを身にまとい、
彼らは颯爽と戦場に降り立った。
「魔装変身!!」
「おう!」マックの低く響く声。
「ええ!」クインの快活な返事。
閃光が走る。彼らの身体を、色とりどりの魔力が包み込んでいく。
それはまるで、正義の象徴として形作られた魔法の鎧。
ステイは鋭く光る狼の鎧を、マックは力強い虎の鎧を、
クインは優雅な鷲の翼を象った鎧を纏い、それぞれの武器を構えた。
「行くぞ、オレたちの魂見せてやる!」
ステイの剣が魔法弾を正面から斬り裂き、マックの戦槌が空気を
震わせて叩きつける。クインの放つ魔法の矢が、ヴァルターの立つ空間へ
鋭く飛来する。三人の連携はまるで一糸乱れぬ舞踏のようで、
ヴァルターですら一時的に防戦を強いられた。
しかし——。
「猪口才な小僧どもめ……忌々しい!」
宰相の怒りが爆発した瞬間、魔法長剣が閃く。空気を裂く斬撃と共に、
トリニティの三人はまとめて甲板の端まで吹き飛ばされていった。
「ぐっ……!」「クソッ、まだ足りねぇ……」「うぅ……!」
軽く手を振ると、ゼノに向けて衝撃魔法が放たれた。
意識を失っていたゼノがガクリと身体を震わせ、起き上がる。
その背を見下ろす宰相は、無情な声で言い放つ。
「ゼノよ。奴らの相手をしておけ。私は艦を動かす。態勢を立て直す」
「ははっ……まだ死ぬには早いということか」
魔法長剣を受け取り、ふらつきながらも立ち上がるゼノ。
その姿を、冷ややかに見下ろしてヴァルターは踵を返した——そのときだった。
「…………!」
ピンと張ったような、微かな気配が空気を裂いた。
次の瞬間、ヴァルターとゼノの手足に、細く、しかし強靭な魔糸が絡みつく。
まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされたそれは、魔導戦艦の甲板全体をすでに覆っていた。
「なんだ? これは?」
ヴァルターの顔に、初めて明確な戸惑いの色が浮かぶ。
「魔法拘束だと……いつの間にこんな!」
ゼノが目を見開いた。
その魔糸を操る女——大蜘蛛のシャナは、静かに目を伏せ、ただ一言つぶやいた。
「逃がさない……あなたたちだけは」
気づけば、暴風のジークがゆっくりとバスタードソードを構えていた。
その背には光芒のエリスが立ち、手にした魔法結晶をぎゅっと握りしめていた。
「みんな、避けろ! 行くぜ! 魔法剣・風神!!」
空気が唸り、刃に風が巻きつき、やがて雷の火花がほとばしる。
ジークの全力が、風と雷の嵐として一撃に凝縮されていく。
魔糸に四肢を縛られたまま、宰相ヴァルターの目が血走る。
これまで常に冷静沈着だったその顔に、初めて明確な動揺が浮かんだ。
身体が動かない。魔力の流れすら制御できない。
空間が自分の意志から逃れていく感覚に、彼の理性が悲鳴を上げる。
「なにが起きている!? あり得ない……私が、こんな場所で果てるなど!」
まるで悪夢に飲まれたかのような声。震える唇から漏れるのは、断末魔ではなく、
理解を拒む支配者の絶叫だった。
ゼノもまた、目を見開いたまま顔を歪め、声を荒げる。
束の間の勝利を信じて立ち上がった彼の足元が、崩れ去る。
「くそぉおお……ジーク! 貴様も始末しておくべきだったか!」
その叫びは後悔と怒り、そして恐怖の入り混じった、生々しい人間の叫喚だった。
かつて栄光を誇った宰相の右腕。その威厳はもはやなく、
ただ断罪の風に晒される影でしかなかった——。
——次の瞬間、閃光と雷鳴が艦上を包んだ。
風神の一撃は死神の鎌と化し、シャナの糸に動きを封じられた宰相とゼノ、
親衛隊騎士、ホムンクルス兵すべてを巻き込んで切り裂いた。
雷の奔流が敵を焼き尽くし、甲板の金属すら溶かしかねない熱量が宙を舞った。
やがて、閃光が静まり、轟音が遠ざかる。宰相の姿は……もうなかった。
艦の動きが止まる。艦橋には、ゆっくりと白い降伏を示す信号旗が掲げられる。
自由都市同盟の勝利、そして宰相ヴァルターの野望が……ついに、粉砕された瞬間だった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。
星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)
そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。
更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!
今後の展開にもどうぞご期待ください。 感想も大歓迎です!