表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/17

第15話 静滅波と銃弾

 降下を続ける王国旗艦。その艦上では、潜入に成功した自由都市同盟の戦士たちと、

宰相親衛隊による激しい戦闘が始まっていた。甲板には砕けた金属片と燃え上がる

魔導パネルの残骸が散乱し、剣戟と怒号、そして爆裂音が交錯していた。


 マナを喰らう悪魔——《グロウズ=オメガ》と名づけられた第三の転生者は、

宰相ヴァルターの息子、レオの身体に封じ込められていた。

その力は、単なる魔法の枠を超えた“静滅”の領域にまで及ぶ。

魔導装備が次々に沈黙し、まるで空間そのものが死を迎えたように静まり返る。


 親衛隊を率いるのは、ヴァルターの右腕と称されるゼノ。銀白の軍服に身を包み、

無表情な顔に冷たい笑みを浮かべた男だ。彼の指揮のもとに動く部下たちは、

ホムンクルスと呼ばれる人造人間。錬金術によって生み出された魔法生物である

ホムンクルス兵は、特別な改造で人間以上の身体能力を授けられており、

表情を持たぬその目はまるで機械のように光を反射していた。感情を持たない

彼らは怖さも恐れも知らず、たとえ死地でも命令とあらば迷わず飛び込んでくる。


 マナの封じられた戦場で、魔法に頼れぬ隼人たちは白兵戦に持ち込むしかない。

だが、それはホムンクルスにとっては願ったり叶ったりの状況。

彼らの冷酷無比な動きが、仲間たちの間に徐々に焦りを滲ませていく。


 カレン、ビャッコ、ザラの三人は、息を合わせて連携を保ちながら戦っていた。

カレンの鞭の先には普段は使わない「刃」が装着されており、

鞭が風を裂くたびに銀の閃光が走る。その一振りは優雅でありながら、

確実に敵を近寄らせない殺気を帯びていた。


 ビャッコは教えを忠実に守り、敵兵の手や足の腱を斬る。時には指を落とす。

殺すのではなく、動きを奪う。彼の瞳は静かに燃え、無駄な動きを一切しない。


 ザラはビャッコと背中合わせに立ち、素早くダガーを操る。彼女の戦い方には、

かつて所属していた「紅の猟犬」で培った技術が光っていた。 嫌っていた戦いの技術。

それが、いま彼女の仲間を守っている。


「……あんなに嫌だった人を傷つけるスキルが、こんな場所で役立つとはね」

 その皮肉混じりの呟きが、彼女の心にほんの僅かな重さを残していた。


「彼らには静滅波は効きません。念動で少しサポートできるくらいです」


 ナヤナの声は静かで、それでも焦燥を隠せなかった。


「ナヤナは力を温存してくれ。あの指揮官とマナ喰いを静滅波でぶっ潰す! それまでは俺の後ろへ」


『ええ。どうしてもという時だけ力を使います』


「頼んだ!」


 隼人の言葉には、仲間を信じる確かな信頼があった。その温もりが、

念波となってナヤナへと流れ込んでいく。 ナヤナはその気配を感じ取り、

そっと自分の心を返す。安心と、確信と、隼人への深い信頼が、

言葉を超えて彼に伝わった。


***


「レオ! 私にだけ魔力を供給しろ!」


「御意」


 レオはまるで人形のように無言でゼノの背後に立ち、右手を伸ばす。

指先からは濃密なマナの粒子が滲み出し、ゼノの身体へと注ぎ込まれていく。

その様子は、まるで呪いの儀式のようだった。

マナ無き戦場において、唯一魔力を使えるという特権。その恐怖と絶望を、

ゼノは嘲笑うように楽しんでいた。


 彼の杖が淡い光を帯び、小さな魔法陣が次々と展開されていく。

それらは光弾、火球、氷の礫──いずれも規模こそ小さいが、速射性に優れており、

弾幕のように自由都市同盟の戦士たちを襲った。


「風間隼人だったか? 速いんだってな」

 ゼノはニヤリと笑った。


「魔法にも速さで敵を撃つ方法など幾らでもあるぞ。それそれ! どうした?

  逃げ惑うだけでは我々は倒せんぞ! ハハハハハ!」


 ゼノの魔法は一撃の威力こそ小さいものの、その手数と精度が異常だった。

狙いは的確。まるで機械のように正確に急所を狙ってくる。

弾幕のように繰り出される魔法に、隼人たちは少しずつ追い詰められていった。

その様子を見たライジング・ギアの仲間たちが、焦った表情で駆け付ける。


「隼人! 大丈夫か?」


「ここは私に任せてくれませんか? この鎧、耐久力には自信があります。

 不倒のケイン……私が隙を作ります! 行けますか?」


「ああ。行くぞナヤナ」


『お任せください』


 ケインはその重厚なハルバートを構え、巨大な壁のような威圧感で前へと出る。

その姿はまるで重戦車。ゼノの魔法が降り注ぐ中、彼は一歩も退かず前進を続けた。


「この死にたがりが……! これでどうだ!」


 ゼノがより強力な魔法を詠唱しようとした、その瞬間だった。

ケインの背後から、黒い影のように飛び出したのは隼人。

その手にはニューナンブ。すでに構えは済んでいた。


 バァーン!!


 乾いた銃声。マナの影響を受けない地球製の鉛弾。

しかもそこにはナヤナの念も乗っていた。

光よりも速く──いや、気配すら感じさせずに、その弾はゼノの杖を粉砕した。


「なんだと!?」

 ゼノの顔が驚愕に染まった。


 ケインは片膝をつき、その突撃を止める。 口から血が一筋流れる。

それでも彼は倒れず、ハルバートを支えに立ち上がり、力強い眼差しで隼人を見据えた。


「任せますぞ……!」

その声には確信と信頼、そして仲間への無言のエールが込められていた。


 隼人の背後から、ジーク、カレン、ビャッコ、ザラが続いて突撃する。

甲板を駆け抜け、ホムンクルス兵を次々と打ち倒す。

戦局は──今まさに、自由都市同盟の手に移りつつあった。


***


『参ります』


 甲板からわずか二十センチ――その空間をまるで滑るように、

ナヤナの身体がふわりと浮かび上がる。無音の移動。

その姿はまるで重力に抗う精霊のようであり、空気すらも彼女の進行を

拒まないかのように見えた。その小柄な体躯から放たれる異様な緊張感。

眼差しは凛とし、青く静かな光をたたえている。


 彼女が両の掌を正面に突き出した瞬間――


 静滅波が、世界を軋ませるほどの咆哮とともに放たれた。

視界が歪む。空気が裂ける。精神そのものが揺さぶられるような衝撃が、

宙を駆け抜けた。 ゼノの表情がみるみる歪む。額に浮かぶ汗。剥き出しの歯。

怒りと困惑と恐怖が入り混じった鬼気迫る形相を浮かべ、

彼は歯を食いしばってそれに抗おうとする。


 しかし、その抵抗は無駄だった。ナヤナの力は彼の想定を遥かに超えていた。

鋭く、深く、静かに。彼の精神を切り裂くように静滅波が突き抜ける。

ゼノは、呻くことすらできず、崩れるようにその場に膝をつき、やがて完全に意識を手放した。


 そのとき。


「……!」


 レオの身体が、ふわりと仰向けに倒れ込む。無防備に、大の字に。

虚ろな瞳にはもはや意志の光はなく、彼もまたナヤナの静滅波によって

魂の奥底まで揺さぶられ、昏倒していた。


 そして、レオの身体から――黒い何かが、ゆらり、と揺らめきながら

浮き上がってきた。


《グロウズ=オメガ》


 異形の“それ”は、レオの肉体を宿主とした黒き影。触れればただの闇の塊かと

見紛うその存在は、不定形のまま空中に留まり、ゆらゆらと蠢いていた。

その体表には境界がない。ただ黒く、ただ飢えていた。


 存在するだけで周囲のマナを吸い込み、空間を歪ませる。まさに“飢餓”という言葉の権化。

そしてそれは――ナヤナを“見た”。


 霊視に似た感覚で、圧倒的なマナの塊としての彼女を“感じ取った”のだ。

その瞬間、黒い影の内部に、何かが閃いた。衝動。欲望。捕食の本能。

グロウズ=オメガの無機質だった目が、わずかに紅く染まった。


──隼人は、その一瞬の変化を逃さなかった。


「今しかない……!」


 目にも留まらぬ動きで、彼は腰のガンベルトからニューナンブを抜き放つ。

それは地球から持ち込まれた、火薬式の拳銃。魔法の影響を受けぬ、純粋な物理の殺意。


 装填されているのは、最後の一発。

鉛の弾丸。誰にも、何者にも干渉されない。地球の技術が生んだ、静かなる死の具現。


「ナヤナ! 離れろ!」

 鋭く叫ぶ。


 その声に、ナヤナは即座に反応する。何も言わず、思念のように後方へと滑る。

わずかな残滓を残しながら、彼女は影の視線から身を外した。


 グロウズ=オメガが追おうとする。

だが、動きは鈍い。静滅波によってレオとの結合が一時的に弱まり、

存在そのものが不安定になっていた。


隼人は迷わなかった。銃口をまっすぐ悪魔の“核”へと向け、目を細める。

額に浮かぶ一滴の汗。呼吸は止まり、全神経が一点に集中する。


 一呼吸。

 二呼吸。


 ──引き金が、静かに、絞られた。


「──」


 銃声は、まるで空気に溶けたかのように小さく響いた。

だが、放たれた一発には、彼の信念と覚悟、そしてこの世界への“誓い”が込められていた。


 弾丸は、見えない光の矢のようにまっすぐグロウズ=オメガの核へと到達する。

そして、貫いた。


 ──静寂。


 次の瞬間、悪魔の身体が、まるで内側から爆ぜるように発光し始める。

黒き影が白熱し、悲鳴すら上げることなく崩壊する。マナが四散し、

空間が清められるように震える。


その全てが、霧散するまで、わずか数秒。


そして、完全に消えた。


 宙に漂っていたレオの身体が、静かに甲板へと落ち着く。

意識は戻らない。しかし、彼の表情は安らかで、もう悪夢に蝕まれてはいなかった。


 隼人は銃を下ろし、その姿を見つめていた。長き戦いの中で

繰り返された苦しみと犠牲。それらの全てが、今、ひとつの終わりを迎えた――。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。


もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。

星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)


そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。

更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!


今後の展開にもどうぞご期待ください。 感想も大歓迎です!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ