第15話 静滅波と銃弾
降下を続ける王国旗艦。その艦上では、潜入に成功した自由都市同盟の戦士たちと、
宰相親衛隊による激しい戦闘が始まっていた。甲板には砕けた金属片と燃え上がる
魔導パネルの残骸が散乱し、剣戟と怒号、そして爆裂音が交錯していた。
マナを喰らう悪魔——《グロウズ=オメガ》と名づけられた第三の転生者は、
宰相ヴァルターの息子、レオの身体に封じ込められていた。
その力は、単なる魔法の枠を超えた“静滅”の領域にまで及ぶ。
魔導装備が次々に沈黙し、まるで空間そのものが死を迎えたように静まり返る。
親衛隊を率いるのは、ヴァルターの右腕と称されるゼノ。銀白の軍服に身を包み、
無表情な顔に冷たい笑みを浮かべた男だ。彼の指揮のもとに動く部下たちは、
ホムンクルスと呼ばれる人造人間。錬金術によって生み出された魔法生物である
ホムンクルス兵は、特別な改造で人間以上の身体能力を授けられており、
表情を持たぬその目はまるで機械のように光を反射していた。感情を持たない
彼らは怖さも恐れも知らず、たとえ死地でも命令とあらば迷わず飛び込んでくる。
マナの封じられた戦場で、魔法に頼れぬ隼人たちは白兵戦に持ち込むしかない。
だが、それはホムンクルスにとっては願ったり叶ったりの状況。
彼らの冷酷無比な動きが、仲間たちの間に徐々に焦りを滲ませていく。
カレン、ビャッコ、ザラの三人は、息を合わせて連携を保ちながら戦っていた。
カレンの鞭の先には普段は使わない「刃」が装着されており、
鞭が風を裂くたびに銀の閃光が走る。その一振りは優雅でありながら、
確実に敵を近寄らせない殺気を帯びていた。
ビャッコは教えを忠実に守り、敵兵の手や足の腱を斬る。時には指を落とす。
殺すのではなく、動きを奪う。彼の瞳は静かに燃え、無駄な動きを一切しない。
ザラはビャッコと背中合わせに立ち、素早くダガーを操る。彼女の戦い方には、
かつて所属していた「紅の猟犬」で培った技術が光っていた。 嫌っていた戦いの技術。
それが、いま彼女の仲間を守っている。
「……あんなに嫌だった人を傷つけるスキルが、こんな場所で役立つとはね」
その皮肉混じりの呟きが、彼女の心にほんの僅かな重さを残していた。
「彼らには静滅波は効きません。念動で少しサポートできるくらいです」
ナヤナの声は静かで、それでも焦燥を隠せなかった。
「ナヤナは力を温存してくれ。あの指揮官とマナ喰いを静滅波でぶっ潰す! それまでは俺の後ろへ」
『ええ。どうしてもという時だけ力を使います』
「頼んだ!」
隼人の言葉には、仲間を信じる確かな信頼があった。その温もりが、
念波となってナヤナへと流れ込んでいく。 ナヤナはその気配を感じ取り、
そっと自分の心を返す。安心と、確信と、隼人への深い信頼が、
言葉を超えて彼に伝わった。
***
「レオ! 私にだけ魔力を供給しろ!」
「御意」
レオはまるで人形のように無言でゼノの背後に立ち、右手を伸ばす。
指先からは濃密なマナの粒子が滲み出し、ゼノの身体へと注ぎ込まれていく。
その様子は、まるで呪いの儀式のようだった。
マナ無き戦場において、唯一魔力を使えるという特権。その恐怖と絶望を、
ゼノは嘲笑うように楽しんでいた。
彼の杖が淡い光を帯び、小さな魔法陣が次々と展開されていく。
それらは光弾、火球、氷の礫──いずれも規模こそ小さいが、速射性に優れており、
弾幕のように自由都市同盟の戦士たちを襲った。
「風間隼人だったか? 速いんだってな」
ゼノはニヤリと笑った。
「魔法にも速さで敵を撃つ方法など幾らでもあるぞ。それそれ! どうした?
逃げ惑うだけでは我々は倒せんぞ! ハハハハハ!」
ゼノの魔法は一撃の威力こそ小さいものの、その手数と精度が異常だった。
狙いは的確。まるで機械のように正確に急所を狙ってくる。
弾幕のように繰り出される魔法に、隼人たちは少しずつ追い詰められていった。
その様子を見たライジング・ギアの仲間たちが、焦った表情で駆け付ける。
「隼人! 大丈夫か?」
「ここは私に任せてくれませんか? この鎧、耐久力には自信があります。
不倒のケイン……私が隙を作ります! 行けますか?」
「ああ。行くぞナヤナ」
『お任せください』
ケインはその重厚なハルバートを構え、巨大な壁のような威圧感で前へと出る。
その姿はまるで重戦車。ゼノの魔法が降り注ぐ中、彼は一歩も退かず前進を続けた。
「この死にたがりが……! これでどうだ!」
ゼノがより強力な魔法を詠唱しようとした、その瞬間だった。
ケインの背後から、黒い影のように飛び出したのは隼人。
その手にはニューナンブ。すでに構えは済んでいた。
バァーン!!
乾いた銃声。マナの影響を受けない地球製の鉛弾。
しかもそこにはナヤナの念も乗っていた。
光よりも速く──いや、気配すら感じさせずに、その弾はゼノの杖を粉砕した。
「なんだと!?」
ゼノの顔が驚愕に染まった。
ケインは片膝をつき、その突撃を止める。 口から血が一筋流れる。
それでも彼は倒れず、ハルバートを支えに立ち上がり、力強い眼差しで隼人を見据えた。
「任せますぞ……!」
その声には確信と信頼、そして仲間への無言のエールが込められていた。
隼人の背後から、ジーク、カレン、ビャッコ、ザラが続いて突撃する。
甲板を駆け抜け、ホムンクルス兵を次々と打ち倒す。
戦局は──今まさに、自由都市同盟の手に移りつつあった。
***
『参ります』
甲板からわずか二十センチ――その空間をまるで滑るように、
ナヤナの身体がふわりと浮かび上がる。無音の移動。
その姿はまるで重力に抗う精霊のようであり、空気すらも彼女の進行を
拒まないかのように見えた。その小柄な体躯から放たれる異様な緊張感。
眼差しは凛とし、青く静かな光をたたえている。
彼女が両の掌を正面に突き出した瞬間――
静滅波が、世界を軋ませるほどの咆哮とともに放たれた。
視界が歪む。空気が裂ける。精神そのものが揺さぶられるような衝撃が、
宙を駆け抜けた。 ゼノの表情がみるみる歪む。額に浮かぶ汗。剥き出しの歯。
怒りと困惑と恐怖が入り混じった鬼気迫る形相を浮かべ、
彼は歯を食いしばってそれに抗おうとする。
しかし、その抵抗は無駄だった。ナヤナの力は彼の想定を遥かに超えていた。
鋭く、深く、静かに。彼の精神を切り裂くように静滅波が突き抜ける。
ゼノは、呻くことすらできず、崩れるようにその場に膝をつき、やがて完全に意識を手放した。
そのとき。
「……!」
レオの身体が、ふわりと仰向けに倒れ込む。無防備に、大の字に。
虚ろな瞳にはもはや意志の光はなく、彼もまたナヤナの静滅波によって
魂の奥底まで揺さぶられ、昏倒していた。
そして、レオの身体から――黒い何かが、ゆらり、と揺らめきながら
浮き上がってきた。
《グロウズ=オメガ》
異形の“それ”は、レオの肉体を宿主とした黒き影。触れればただの闇の塊かと
見紛うその存在は、不定形のまま空中に留まり、ゆらゆらと蠢いていた。
その体表には境界がない。ただ黒く、ただ飢えていた。
存在するだけで周囲のマナを吸い込み、空間を歪ませる。まさに“飢餓”という言葉の権化。
そしてそれは――ナヤナを“見た”。
霊視に似た感覚で、圧倒的なマナの塊としての彼女を“感じ取った”のだ。
その瞬間、黒い影の内部に、何かが閃いた。衝動。欲望。捕食の本能。
グロウズ=オメガの無機質だった目が、わずかに紅く染まった。
──隼人は、その一瞬の変化を逃さなかった。
「今しかない……!」
目にも留まらぬ動きで、彼は腰のガンベルトからニューナンブを抜き放つ。
それは地球から持ち込まれた、火薬式の拳銃。魔法の影響を受けぬ、純粋な物理の殺意。
装填されているのは、最後の一発。
鉛の弾丸。誰にも、何者にも干渉されない。地球の技術が生んだ、静かなる死の具現。
「ナヤナ! 離れろ!」
鋭く叫ぶ。
その声に、ナヤナは即座に反応する。何も言わず、思念のように後方へと滑る。
わずかな残滓を残しながら、彼女は影の視線から身を外した。
グロウズ=オメガが追おうとする。
だが、動きは鈍い。静滅波によってレオとの結合が一時的に弱まり、
存在そのものが不安定になっていた。
隼人は迷わなかった。銃口をまっすぐ悪魔の“核”へと向け、目を細める。
額に浮かぶ一滴の汗。呼吸は止まり、全神経が一点に集中する。
一呼吸。
二呼吸。
──引き金が、静かに、絞られた。
「──」
銃声は、まるで空気に溶けたかのように小さく響いた。
だが、放たれた一発には、彼の信念と覚悟、そしてこの世界への“誓い”が込められていた。
弾丸は、見えない光の矢のようにまっすぐグロウズ=オメガの核へと到達する。
そして、貫いた。
──静寂。
次の瞬間、悪魔の身体が、まるで内側から爆ぜるように発光し始める。
黒き影が白熱し、悲鳴すら上げることなく崩壊する。マナが四散し、
空間が清められるように震える。
その全てが、霧散するまで、わずか数秒。
そして、完全に消えた。
宙に漂っていたレオの身体が、静かに甲板へと落ち着く。
意識は戻らない。しかし、彼の表情は安らかで、もう悪夢に蝕まれてはいなかった。
隼人は銃を下ろし、その姿を見つめていた。長き戦いの中で
繰り返された苦しみと犠牲。それらの全てが、今、ひとつの終わりを迎えた――。
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