第14話 マナ無き戦いへ
王国艦隊旗艦、宰相ヴァルターが座す王国の魔導戦艦へ、
魔導ボートが静寂の中を滑るように音もなく迫っていた。船内には緊迫した空気が漂い、
隼人はジークに静かに問いかけた。
「ジーク、あの魔導戦艦の下は、魔法が失われていないんだよな?」
隼人の声には焦りというより、冷静な戦略的確認が込められていた。
「ああ。それはそうだろう。あのバカでかいのを浮かせるんだ。
浮力魔法のデカいのが下で効いているはずだ」
ジークは淡々と答えるが、その目には隼人の意図を探る鋭さが光る。
「それはやはり魔法陣が展開してるのか?」
その問いに答えたのはエリスだった。彼女は自信に満ちた表情で隼人を見る。
「そうよ。大型の浮力魔法陣が三つと、補助推進魔法陣が複数あるわ」
隼人はしばし思案顔を浮かべた。
「下からの攻撃で魔法陣は破壊できないのか?」
エリスは苦い表情で首を振った。
「無理よ。御覧の通り魔導戦艦は空中を行くモノ。地上からの攻撃には対策されてる。
魔導戦艦の出力を上回る攻撃力なんて非現実的だし、動き回る敵に対して
用意しても無駄になるでしょうしね」
隼人は小さく笑みを浮かべた。
「そうか……だが、俺とナヤナなら、やれるかもしれない」
その目は決意で燃えていた。
ジークの瞳が輝いた。
「やれるのか!?」
隼人の目を真っ直ぐ見つめ返すジークに迷いはない。
「それなら突っ込むまでだ!」
エリスが慌てて叫んだ。
「何をバカなこと言ってるの!?戦艦の下にも魔法砲塔はあるのよ!
こんな小舟じゃ一発喰らえば爆散しちゃうわ!」
「エリスが魔法障壁で防げ!やれるだろ?」
ジークが挑発的な視線を向ける。
エリスは唖然として口をぱくぱくさせた。
「無茶言わないでよ!出力が違いすぎる!」
隼人は真剣な眼差しでエリスを見た。
「敵の攻撃を受け止めず、受け流すんだ。鏡で光を反射するみたいに……それも不可能か?」
ジークが楽しげに口を挟む。
「隼人!大丈夫だ!エリスは天才だからな!」
エリスは頬を膨らませ、不貞腐れたように呻いた。
「えぇぇー!そんな術式を急にやれって!?ううう……やればいいんでしょ、
やりますとも!私は光芒のエリス!みんな、伝説として語り継いでよね!!」
その言葉とは裏腹に彼女の手は震えていたが、その瞳は鋭い決意を秘めていた。
ジークが舵を握る。
「よし、突っ込むぞ!!」
魔導ボートは急降下し、戦艦の側面をギリギリで抜けて艦底へ飛び込んだ。
艦橋で敵の士官が慌てふためく様子が透けて見える。
「艦長!敵の白兵戦部隊でしょうか、本艦の下に潜り込みます!」
士官は顔を青ざめて叫ぶ。
艦長が鋭く指示を出す。
「下部砲門、魔法陣展開!叩き落せ!」
次々と迎撃魔法が放たれ、エリスが必死の形相で魔法障壁を展開する。
魔法弾は障壁を貫けず波紋を描きながら受け流される。
「ナヤナ。君に負担を掛けるが、アレをやるぞ」
隼人の声には緊迫が宿っていた。
『大丈夫です。タイミングは掴みましたから』
ナヤナはそっと瞼を開いた。
静かな青の瞳が、隣にいる隼人の眼差しとぴたりと交差する。
その瞬間、言葉など必要なかった。二人の間に流れるものは、
かつて共に死地を越えた者同士だけが知る、無言の絆──魂の交信だった。
隼人は、ゆっくりと息を吸い込む。
手にしたニューナンブが、彼の意志と共に持ち上げられ、戦艦の底部に広がる
巨大な浮力魔法陣へと照準を定める。指先が引き金へと静かに触れたその瞬間、
彼の心と共鳴するように、ナヤナの念が流れ込んだ。
弾丸が火花を撒きながら放たれる。
しかしそれは、ただの金属の塊ではなかった。ナヤナの意志と念動が宿ったその弾丸は、
放たれた瞬間にその速度と威力を倍化させる。回転の中に宿るのは、
想い。祈り。怒り。そして、希望。彼女の内から生まれた力が、
見えない弾道を取り巻き、音すら振るわせながら進んでいく。
──マナで編まれた魔法陣は、理論上、圧倒的な高出力の魔法でなければ
破壊不可能とされていた。しかしこの一撃は違った。
魔法という法則に沿った力ではなく、物理と念という異質な力の融合体。
魔力の飽和も、反射も、偏向も通じない。
それはあたかも、法則の隙間を突く"異物"のように、魔法陣の中心へと突き刺さる。
──これは、かつて“紅の猟犬”との死闘の末に編み出された、最後の奥の手。
二人の命を削って完成させた、運命への反逆の弾丸だった。
そして――隼人とナヤナの放った一撃は、吸い込まれるように魔法陣の中枢へと到達した。
刹那、爆ぜるような閃光と、世界を裂くような音が辺りを包む。
浮力魔法陣の中心に張り巡らされた魔力の回路が、蜘蛛の巣のように崩れ、
あらゆるエネルギーの均衡が瓦解していく。宙に浮かぶ戦艦の巨大な艦底に、
断末魔のような魔力の悲鳴が響いた。
その瞬間、艦全体がわずかに軋み、重力の手がゆっくりとそれを引きずり下ろしていった。
魔法陣は、確かに──砕けた。
「みんな見て!戦艦がゆっくり落ちてくるよ!」
ビャッコが興奮した声を上げる。
「よし!退避しつつ次はあいつに乗り込むぞ、みんな!しっかり掴まってろよ!」
ジークの声は勝利への確信を帯びていた。
エリスの悲鳴が響く。
「早く逃げて~!もう無理!私の魔力きれちゃうから~!」
***
王国艦・艦橋。
深紅に染まった警報灯が瞬き、甲高いサイレンが空気を裂くように鳴り響いた。
緊張が張り詰めた空間の中で、士官のひとりが血の気を失った顔で立ち上がる。
「なんだ!? 浮力魔法装置が……故障!? 第一から第三までの
メインエンジンが、停止しました!」
彼の声はわずかに震えていた。だがそれも当然だった。巨大な艦の揺れと共に、
艦橋の外の景色がわずかに下へと傾いていたのだ。
「落ちますッ!!」
叫びと共に艦内がざわつき、操縦士や術者たちが一斉に制御装置へ走る。
だが既に遅かった。魔法陣の輝きが断ち切られ、浮力の糧となるマナが
まるで霧が晴れるように霧散していく。
「補助推進魔法陣を……下方に展開しろ! 浮力を保て!」
艦長が喉を張り裂けんばかりに怒鳴る。額には脂汗が滲み、口元は歪んでいた。
必死の指示が次々と飛び交うが、それでも艦は重々しく、
音もなく地面へ向かって沈んでいく。
艦橋全体に混乱が広がる。慌ただしく走る士官たち。術者の詠唱。
だが艦の巨大な船体は、それらすべてを無情に振り払うかのように、
重力に引かれて降下を続けていた。
その中心に立つ男──宰相ヴァルター・グランディアは、
ただひとり、椅子に腰かけたまま静かに立ち上がった。
その動きには焦りも混乱もない。ただ冷ややかな視線を、
揺れ出した艦橋の床に投げていた。
「何事だ。うろたえるな」
ヴァルターの低い声が艦橋に響く。それは命令でも怒声でもなかった。
ただ、圧倒的な自信が言葉を装って口をついたに過ぎなかった。
「一時的なモノだろう。艦は傷ついていない。魔法陣を再起動せよ」
彼はあくまで冷静だった。だが、その言葉とは裏腹に、艦は容赦なく下降していた。
王国艦隊の陣形が、ゆるやかに、しかし確実に崩れていく。宰相旗艦の異変に
気づいた他の艦艇が、慌てて位置を修正しようとする。しかし、旗艦の援護に回った艦たちも、
戦力においては自由都市同盟艦隊に劣る。じりじりと、まるで風に追い詰められる
落葉のように、後退していく。
「くっ……風間隼人の仕業か……」
ヴァルターの瞳がわずかに細められる。唇の端が歪み、
その口調に初めて焦燥の色が混じった。
「どうやってやったのかはわからぬが……始末し損ねたのは、大きな誤算だったようだ……」
そのとき、艦橋に緊迫した声が再び飛び込む。
「閣下! 敵が乗り込んできます! 上甲板に、魔導ボートが!」
報告を聞いたヴァルターの瞳が鋭く光る。頬に一筋、怒りに近い血潮が走った。
「あれか……!」
その瞬間、彼の声が鋭く跳ねた。
「ゼノ! レオを連れて、奴らを始末してこい。魔法を封じれば、
奴らの大半は何も出来ん。風間隼人とナヤナ・ラーティは
ホムンクルス兵で仕留めよ。数で押せ!」
「御意に」
ゼノの返答は冷酷かつ端的だった。彼はその命令をまるで予定された
儀式のように受け入れ、すぐさま行動へと移る。
その頃、艦上では甲板近くのハッチが音を立てて開き、宰相親衛隊の兵士たちが、
次々と姿を現していた。顔に鉄仮面を思わせる無表情さを貼りつけた兵たちが、
武器を手に殺気立って隊列を組む。
その様子を見やりながら、ヴァルターは眉根を寄せ、小さく唸るように呟いた。
「……悩ましいな。あらゆるマナを無にすれば、この艦の航行も不能になる。
だが、敵艦隊からの攻撃を無効化しつつ、艦上の転生者どもを始末するには
……より局地的に、マナを制御するしかないか」
ヴァルターの表情には、支配者としての厳しさと計算高い策士の顔が浮かんでいた。
そして、その冷たい瞳の先には──今まさに、
自らの艦に飛び込もうとする、“想定外の敵”がいた。
***
「行くぜ──魔法剣・風神!」
ジークが叫ぶと同時に、バスタードソードが勢いよく鞘から引き抜かれた。
その刃は鋭く輝き、彼の魔力に応えて風が唸りを上げ始める。
ジークが全身の魔力を込めると、剣の周囲に激しい風が渦を巻き、
その中にバチバチと稲妻が煌めく。風と雷が絡まり合い、圧倒的な威圧感が生まれた。
艦上の敵兵たちは予想外の強大な力に慌てふためき、悲鳴を上げながら艦内へと後退する。
「逃がすか!」
ジークは鋭く目を細めると、渾身の力を振り絞り巨大な刃状の魔力を解き放った。
風神の一撃は轟音を伴い、敵を蹴散らしながら装甲を撫でていく。
堅牢な装甲に傷こそつかないものの、その絶大な破壊力は敵を圧倒し、
完全にその動きを封じた。
ジークは隼人とナヤナに向かい、覚悟を込めて声を張り上げる。
「隼人! ナヤナ! マナ喰いはお前たちに任せた! 俺たちはここで敵を引き付ける!
ここで暴れていれば艦上のマナは必ず消える! 頼んだぞ!」
ケインも鋭く頷き、重厚なハルバートを構えながら声を放つ。
「信じてますぞ、隼人殿!」
シャナは巧みに甲板中に魔糸を張り巡らせ、冷静かつ素早く言った。
「今のうちに早く!」
エリスは魔法陣を展開し、額から汗を流しつつ必死の表情で叫んだ。
「あたしたち、もう一蓮托生なんだからね! 負けないでよ!」
「任せた!」
隼人は仲間たちを信じきった眼差しで頷き、ナヤナを促す。
「ナヤナ、行こう!」
ナヤナも真剣な表情で頷いた。
『はい、宰相とマナ喰いはあの艦橋にいます!』
カレンが鞭をしなやかに構え、毅然と先陣を切った。
「よし、私に付いてきて!」
一行は迅速にボートを離れ、敵艦の甲板上を駆け抜ける。
その前方に、ゼノとレオが率いる部隊が現れる。レオは虚ろな瞳を見開き、
操られたかのように無機質な動きで力を放っていた。
周囲のマナが見る間に消えていき、異様な静寂が辺りを支配する。
エリスが悲痛な叫びを上げる。
「ああぁぁ、マナが消えた!」
ケインが顔を引き締めて皆に呼びかける。
「ここからが正念場です!」
シャナは落ち着いた表情でダガーを抜き、敵を見据えて不敵な笑みを浮かべた。
「魔力が無くても強いってこと、教えてあげなきゃね」
ジークはエリスを背に庇い、敵の動きを警戒する。
「来るぞ、エリス! 俺の後ろへ!」
ナヤナが鋭く隼人に警告した。
『マナ喰いが来ます!』
隼人は迅速に拳銃を抜き、迫りくるホムンクルス兵に狙いを定めて
引き金を引くが、期待した反動も弾丸の発射もない。彼の表情が驚愕に染まる。
「──!? 魔球星製の弾が使えない……薬莢の中のマナまで吸われたのか!」
一瞬だけ狼狽えた後、隼人は素早く冷静さを取り戻した。
慎重に弾倉を開き、魔球星製の弾を取り出す。彼は小さなポケットから、
地球から持ってきた最後の5発を取り出し、丁寧に弾倉へ装填していった。
「地球から持ってきた最後の弾だ……これなら撃てるはずだ」
ナヤナはその重い響きを持つ言葉に、決意と覚悟を込めて頷いた。
『最後の切り札ですね。わかりました、大事に行きましょう』
隼人は拳銃をガンベルトに慎重に収めると、愛用の剣と特殊警棒を抜き放った。
その眼差しは鋭く、闘志に満ちていた。
「行くぞ、カレン、ビャッコ、ザラ!」
カレンは凛とした顔で鞭を強く握り締め、ザラは俊敏に両手のダガーを構え、
ビャッコは緊張を滲ませながらも勇敢に剣を抜き構える。
敵のホムンクルス兵も銃を使えず、それぞれ武器を手に襲い掛かってくる。
互いの距離が縮まり、激しい白兵戦の幕が上がった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。
星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)
そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。
更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!
今後の展開にもどうぞご期待ください。 感想も大歓迎です!