第12話 咆哮、反撃の狼煙
リミュエール王国──この広大な大地の上で、すべてが宰相ヴァルターの掌に
落ちたわけではなかった。 国王一家以外にも、王家の血を引く者たちが地方に潜み、
忠誠を誓う騎士や官僚たちが、希望の灯火を守り続けていた。
その中のひとり、王国騎士団団長ライラは、副官のユーグと共に生き延びていた。
宰相の魔手を逃れた彼女らは、北方の辺境伯領に身を潜め、王都から届いた無念の
報せに歯噛みしながら、虎視眈々と反撃の機会を窺っていた。
やつれた騎士たち、風のように走る伝令。疲弊した小隊が身を寄せる砦には、
それでも確かに“意志”があった。彼女の下には、宰相の目をかいくぐって逃れてきた
保安騎士たち、生き延びた者たちが続々と集まり始めていた。
「ユーグ。王都方面の状況についてはどうなっている?」
ライラの問いに、ユーグは重く疲れた声で答える。
その顔に刻まれた緊張と憤りは隠せなかった。
「宰相派の掌握は進行中です。国王一家の安否は不明、国防軍も寝返り、
我々は事実上の反乱分子として指名手配されました」
「……そうか。ならば早く王都へ戻りたい。だが……」
ライラは唇を噛みしめ、机上の地図に目を落とす。険しい表情で。
「敵が多すぎる」
ユーグは頷きながら続ける。
「宰相は、団長をはじめ、生き残った騎士団員すべてに賞金を懸けました。
今は信用できても、いずれ……我々を受け入れてくれる者が裏切る可能性は高い」
「……それが奴の狙いだ。団結を壊し、各個撃破するつもりだ」
静寂の中、空気が一層重たくなった。そんな空気を振り払うように、
ユーグが一歩前へ進み出る。
「団長。今こそ、切るべきカードがあります。これは我々の乾坤一擲──最終作戦です」
ライラが目を細める。
「……言ってみろ」
「辺境伯領の騎士詰所に立て籠もり、団長の名で全国の騎士に檄を飛ばします。
私は囮となってここに残り、宰相派を引きつけます。
その隙に、団長は精鋭を率いて王都へと潜入を──」
集まった騎士たちは、誰一人動じることなく、静かに頷いた。
「……私の名を使って、自分を犠牲にする気か?」
ライラの声がかすかに震える。
「はい。それが勝利への唯一の道です」
「……遅れれば、どうなるかわかっているのか」
「それでも、団長を信じております。我らの命、最初からあなたに託しております」
副官であり、愛する男の瞳に宿る覚悟が、ライラの胸を締めつけた。
「お互い、命を賭けて国を救う覚悟はできている。ならば……行こう。
私は王都へ。 ここは君たちは……任せた」
「直ちに出発の準備を。団長の護衛も選抜済みです」
──そして、夜明け前の刻。砦の外れで、別れのときが訪れた。
夜空は凍えるような青に染まり、遠くの地平がうっすらと紅に滲む。
静寂の中、まだ昇らぬ太陽が、まるで戦場へと送り出す祈りのように、
空をそっと照らし始めていた。
ライラはユーグの胸に身を預ける。その胸の鼓動が、確かに生きている証だった。
「ユーグ……死なないで」
「我が姫……いいえ、ライラ。私がここまで生きてこられたのは、
貴女への想いがあったからです。 下級貴族の私にとって、貴女は高嶺の花でした。
でも──それでも、私を見つけてくれた貴女に、全てを捧げたい」
ライラはそっと、彼の唇に口づけをした。
「また会おう。花嫁を置いて死ぬなんて、許さないからな」
ユーグは、どこか少年のような微笑を浮かべて頷いた。
「はい。必ず、帰ってきます」
──数日後。 ユーグの読み通り、宰相派の主力部隊は北方へと進軍を開始した。
その隙を突き、ライラは精鋭部隊を率いて王都へと潜入する。
レジスタンスと合流し、秘密の地下通路から王城へと侵入した彼女を待っていたのは、
油断した宰相派の兵士たちの群れだった。
「何奴──!?」
兵士の叫びが響いた次の瞬間、ライラの剣が閃く。
その剣はまるで影のように迷いなく、敵兵の急所を貫いた。
数を頼みにして押し寄せる敵の圧力は重かった。
彼女の呼吸は荒れ、剣を振るたびに疲労が蓄積していく。
だが──止まらなかった。
脳裏には、ユーグの笑顔と誓いが焼き付いている。
彼女の全身が、その想いだけで動いていた。
──そして、幽閉されていた国王一家の奪還に成功する。
だが、その直後に届いたのは無情な報だった。
ユーグたちの守る砦が、陥落したというのだ。
「ユーグ……君が死んだとは、まだ信じない」
涙を堪え、静かに国王の前へと進み出る。
「陛下。どうか、反撃の狼煙を。王族専用の魔導戦艦の出動許可を……!」
その瞳に宿る決意を見て、国王は静かに頷いた。 こうして、王国の反撃が
──いま、王都より始まったのだった。
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