第10話 マナを喰らう悪魔
フェルゼンシュタットの街は、まさに地獄と化していた。
魔導戦艦の墜落によって巻き起こった暴風と炎が、街の広範囲を焼き尽くし、
崩れ落ちた建物は多くの命を押し潰した。
だが、それに加えて、さらに最悪の現象が街を蝕んでいた。
──マナ(魔法元素)の喪失。
マナ喰いの悪魔の力により、魔導戦艦に続き、都市機能の中枢たる
マナそのものが標的とされていた。 空気中に満ちていたはずのマナの粒子が、
まるで砂のように指の隙間から零れ落ちるように、じわじわと失われていく。
不気味な静寂が、街を包み始めていた。 治癒魔法は使えず、動力魔法は沈黙し、
瓦礫の下に取り残された人々を助ける術は消えていった。
「みなさん、今できることを全力で! 魔法が失われたなら、手と足を動かすんだ!
眼で、耳で、取り残された人を探せ! 道具で、身体で、瓦礫をどかせ! 諦めるな!」
隼人の怒りにも似た声が、崩れかけた瓦礫の合間を突き抜け、
絶望に沈む空気を揺るがすように響いた。 その言葉は、ナヤナの念話を通じて、
まるで微かな光のように、街中の人々の心に直接語りかけられた。
──うずくまる彼らの心に、ナヤナの声が、小さな、だが確かな希望の火を灯した。
「そうだ、やるんだ!」
身体の動く者たちが次々と立ち上がり、がれきの山へと駆け出していった。
カレン、ザラ、ビャッコ、そしてトリニティ・クラウンの三人も、
それぞれ避難誘導や怪我人の手当てに奔走する。
「ダメね……ここじゃ、精霊も呼び出せない」
ザラの焦り混じりの声に、仲間たちはそれぞれ唇を噛んだ。
その時だった。 都市の外れで待機していた王国の魔導戦艦が、
ゆっくりと降下を開始する。 開いた下部ハッチから現れたのは、
宰相直属の親衛隊を率いるゼノ。そして彼の背後には、銃で武装した
黒衣のホムンクルス兵が、無表情のまま機械のように列を成していた。
パン、パンと乾いた発砲音が響く。彼らは、表情一つ変えず、
抵抗する市民を容赦なく撃ち倒していった。その瞳に、生命の光はなかった。
「やめろぉっ!」
隼人が、叫びと共に拳銃を構える。一小隊を相手に、たった一人で銃撃戦が始まる。
彼の腕と、この世界の常識を超えた銃の性能が、戦況を一変させていた。
次々と倒れるホムンクルス兵。しかし、敵は増える一方だった。
その背後から──不気味なほどの静寂を伴って、
漆黒のローブを纏った異質な影がゆらりと現れた。
ナヤナの体が、ぴたりと硬直する。
『あれは……何? 人? 悪魔?』
ナヤナは意識を集中し、その存在の奥にある何かを探ろうとする。そして、触れた。
──助けて。
それは、宰相の息子、レオ。心優しい青年の魂が、今なお意識の奥で、
苦しみ、叫び、助けを求めていた。 邪悪な意志の檻の中で、
今にも消え入りそうに震えているレオの心の声に、ナヤナの胸が締め付けられる。
「ナヤナ姉ちゃん、大丈夫か!?」
ビャッコが駆け寄ってきた。
「……ええ。でも、もうここにいるのは限界。早く脱出しましょう。みんなを呼んできて!」
「わかった! 姉ちゃんは先に行ってて!」
ビャッコはそのまま隼人の元へと走っていく。
隼人は物陰に身を隠しながら、迫り来るホムンクルス兵と交戦を続けていた。
だが弾は尽きかけ、包囲網は縮まり、状況は明らかに絶望的だった。
その瞬間──空が、不自然に揺らめいた。
絶望に塗りつぶされた視界の端で、ありえない光が瞬いた。
「隼人、あれは!?」
見上げた空に、巨大な魔法陣が浮かび上がる。そしてその中心から、
落雷が怒涛のように降り注ぎ、敵陣を焼き払う。
「風間隼人! 探したぜ!」
ジークの声が空気を裂いた。
「早く! こっちへ! 脱出路は確保してあります!」
ケインが隼人に手を差し伸べる。
「魔力や魔法が使えないのはやりにくいわね!」
そう言いながら、シャナは次々とダガーを投擲する。
その刃は、ホムンクルス兵の急所を正確に突き、容赦なく沈めていく。
魔法陣からの雷撃が一斉に炸裂し、敵の一角が崩壊する。
だが、魔法の光は長くは続かず、やがて風に溶けるように消えていった。
「えぇーっ! おじ様に貰った特大魔法結晶がもうなくなっちゃうなんてぇー!」
エリスが唇を尖らせる。
「エリス、逃げるぞ! 長居は無用だ!」
ジークの声に、全員が動き出す。
「ジーク、すまん! 助かったぜ!」
隼人が息を整えながら言う。
「いいってことよ! また会えたな、隼人!」
「ああ。今度は共闘と行こう」
「任せておけ! 自由都市同盟からの正式な依頼だ。あいつら、一緒にぶっ潰そうぜ!」
ジークが隼人の背中を軽く叩いた。
こうして、肩を並べて逃走する隼人一行と《ライジング・ギア》。
その背後で、崩れゆく街と、なおも戦い続ける人々の影が揺れていた。
これは、失われた世界を取り戻すための、新たな戦いの始まりに過ぎなかった。
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