誤解という名の扉
翌日、夕方。
訓練場の端、陽が落ちかける頃――
フローラはひとりで魔力制御の基礎練習をしていた。
細い指先に集中し、魔力の流れを整えようと目を閉じていると――
「……綺麗に流れてるじゃねえか」
低く抑えられた声に振り返ると、ロイドが壁にもたれた姿で立っていた。
いつからいたのかもわからない。けれど、目は真っ直ぐにフローラだけを見ていた。
「え……見てたんですか?」
「悪いかよ。お前の動き、気になったんだよ。昨日よりずっと良くなってる」
フローラは少し頬を赤らめて、目を逸らす。
褒められるのに慣れていないのだ。
その反応を見て、ロイドは静かに歩み寄っ
「……お前、さ。気づいてねぇかもしれないけど、よく頑張ってるよな」
突然の言葉に、フローラはきょとんとして顔を上げた。
ロイドは前を向いたまま、ゆっくりと言葉を続けた。
「火傷で顔が焼けたとか、昔のことは知らねえけど……でもな、誰かに見られるって怖いだろ? 俺はそういうの、嫌いじゃねぇ」
フローラの足が、わずかに止まる。
「強がって見える奴ほど、本当は必死で踏ん張ってんだ。そういうの、見てりゃわかるんだよ。……お前もそうだ」
「……ロイドさんって、そんなふうに人を見るんですね」
「人は見てるさ。特に、気になる奴はな」
その言葉は、あまりに率直で、息が詰まりそうだった。
ロイドの目は嘘をついているようには見えなかった。
フローラは、何かを言い返そうとしたが、言葉が出てこなかった。
ロイドは、フローラの目を見つめたまま、表情を和らげた。
「お前、もう少し自分を大事にしていい。俺は、誰かに無理に守られなくても、お前自身が立って戦えるって思ってる」
「……そんなふうに、思ってもらえてたんですね」
「思ってるさ。ずっとな」
ロイドの手が、自然な仕草でフローラの肩に触れた。
無理やりではない、逃げようと思えばすぐ避けられる距離。
けれど――フローラは、その手を振り払わなかった。
彼の手のひらは温かく、かつて自分が“誤解していたロイド”とは、まるで別人のようだった。
その後、ふたりは多くを語らず、並んで歩いた。
フローラの頬にはまだ熱が残っていたが、彼女自身、それを否定できなかった。
(ロイドの手……あんなに、優しかったんだ)
肩に置かれた感触が、何度も脳裏をよぎる。
それは、力で抑えつけられるようなものではなかった。
だからこそ、余計に心に残った。
その夜。
家に帰ったフローラが、少し上気した顔で「ただいま」と告げたとき
フローラは一瞬だけ、目を伏せた。
「おかえり。……ごはん、できてるよ」
いつもの微笑。いつもの声。
けれど、フローラはそこに微かな“距離”を感じてしまった。
(……どうして、こんな時にロイドの顔が浮かぶんだろう)
彼女の中で、何かが静かに軋みながら動いていた。