第65話:スキル封印の料理
店に戻り木扉を閉めた瞬間、レオンは深く息を吐き表情を引き締めた。
そのまま人気のない廊下を抜け厨房へと戻ると、すでに仕込みは最終段階に入っていた。
鍋や皿の山を横目に、自らの調理台に置いた一皿。そこに盛られているのは、数ヶ月にわたる試行錯誤の末に完成させた「スキル封印の料理」。
「……これで、奴の支配は断ち切れる」
彼は皿を覆っていた銀のカバーを外し、冷却保存の魔法を施す。
料理に仕込まれた特別な調味液と氣の流れを制御する工程は、わずかな狂いも許されない。この一皿で、ロイドのスキルは確実に封じ込められる。
レオンは保存の魔法が安定したのを確認すると、そっと両手を離し、調理台の縁に背を預けた。厨房の奥では、閉店後の静けさが広がっている。鍋の余熱が漂わせる香りに混じって、封印料理から発せられる微かな氣の波動が、空気を揺らしていた。
(……ようやく、ここまで辿り着いた)
数えきれないほどの失敗と、何度も繰り返した試作の記憶が脳裏をよぎる。
素材を変え、調理法を変え、氣の流し方を変えた。そのすべてが、この一皿のためだった。
レオンは壁際の棚から古びた帳面を取り出し、最新の配合と工程を細かく記していく。封印料理の完成はゴールではなく、戦いの始まりにすぎない。
これをどうやってロイドの口に運ぶか、その計画を練らねばならない。
「……次は、届ける段取りだ」
小さく呟き、視線を封印料理へと戻す。
銀の皿の中で、淡い光沢を帯びたソースがゆっくりと固まりつつあった。
これはただの料理ではない。人の心を縛る鎖を断ち切る、唯一の刃。
だが同時に、もしロイドにこの意図を悟られれば逃げられる。
彼は深く息を吸い込み、静かに吐き出した。
冷たい覚悟が胸の奥に沈み、瞳には鋭い光が宿る。
(必ず……王都の支配を終わらせる)
レオンは皿を専用の木箱に収め、鍵をかけた。
その音が、暗闇の厨房に乾いた決意を刻み込む。
レオンは木箱を見下ろしながら、ゆっくりと腕を組んだ。
思考は自然と、ロイドの姿へと向かう。
(今の俺なら……正面から押し込み、喉に直接突っ込めば食わせられるかもしれない)
一瞬、荒っぽい方法が脳裏をよぎる。だが、すぐに首を振った。
その場面が容易に想像できたからだ。ロイドの傍らにいるフローラの姿が。
(あいつがそばにいる限り、無茶はできない)
胸の奥に、冷たい焦りが滲む。
この料理は、ただロイドに渡せばいいわけじゃない。
奴が警戒心を持たず、自然と口に運ぶ状況を作り出さなければならないのだ。
(正面からは無理……なら、奴が自分から手を伸ばす状況を作る。問題は、その舞台をどこにするか、だな)
レオンの視線が、薄暗い厨房の天井をゆっくりと這っていった。
その瞳には、冷静な計算と、確かな決意の光が宿っていた。
頭の中に浮かぶのは、王都でまもなく開かれる「料理人の祭」の光景だった。
――貴族や王族をもてなす晩餐会。
――信仰と権威を示す祭礼の儀式。
――そして、その両方に繋がる料理人たちの登竜門。
祭の期間中、推薦を受けた料理人は王都各地で開かれる饗応に呼ばれ、腕を競い合う。そこで供される一皿が、直に貴族や王族の口に運ばれるのだ。
(……絶好の機会だ。必ずロイドも姿を見せる)
ロイドは権威を誇示するために、こうした催しを欠かさず視察する。
そして、その傍らには必ずフローラが控えている。
「どちらでもいい。奴か、あるいは彼女か……」
レオンは調理台に視線を戻し、木箱に収めた皿を思い描く。
支配の鎖を断つ一皿。もしロイド本人が食べれば、王都の人々を縛る力は崩壊する。
仮にフローラが食べれば、彼女を救い出しロイドに無理やりにでもスキル封印の料理を食べさせる。
(いずれにせよ、奴にとって致命の一手となる)
静かな厨房に、わずかにレオンの笑みが浮かんだ。
この計画が成功すれば、長きにわたる屈辱と支配に終止符を打てる。
「……待っていろ。祭の晩餐で、必ず終わらせる」
レオンは決意を胸に、夜明けを迎える準備を整えた。
王都を震撼させる饗宴の幕は、すぐそこまで迫っていた。




