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幼馴染に捨てられた俺は、素材と恨みを喰って最強に至る  作者: 雷覇
第2章

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第61話:2人の罪悪感

「この場にいる者すべて、身分と名前を口頭で申告せよ」


騎士の一人が低く言い放つと、空気がぴんと張り詰めた。

笑顔を浮かべていた騎士たちも、一斉に口を閉ざし視線を交わす。

次々と名乗りが始まる中、ティアナは表情を失ったように黙っていた。


レイナが心配そうに囁く。


「……ティアナ、今は大人しくしたほうがいい」


ティアナはこくりと小さく頷く。

だが心の中では、明確な異物感が蠢いていた。


(今までなら、疑問すら抱かなかった……

 でも今はおかしいって、はっきりわかる)


名簿の確認。

まるで敵を炙り出すような物言い。

晩餐会は慰労のためのものだったはずだ。

それを覆すようなこの動きは、もはや恐怖の統治に等しい。


「フィーネ・テラノス」


「ミュレ・ウィンクレアです」


ひとり、またひとりと名乗る声が続く。

その中に、ひときわ場違いな低い声が混じった。


「調理担当。アッシュ・ベルク」


レオン――偽名アッシュが、堂々とそう名乗った。


ティアナの視線が、そちらへ向く。

その男は、場の隅で控えの給仕の陰に立っていた。

だが、何かどこか、引っかかる。


(あの人……?)


何かを思い出しかけた、そのときだった。


「アッシュ・ベルク? 聞いた覚えのない名だな」


騎士のひとりが歩み寄り、レオンの前に立つ。

だが、レオンはまったく動じず、涼やかに言い返した。


「本日の晩餐会のために配属されております。

 普段は街で小さい店を経営しています……何か不都合でも?」


淡々とした物言いに、騎士はしばし沈黙した。

彼を怪しむには材料が足りない。


「……いや。今はそれで構わん」


騎士は不満げに言葉を切ると、別の卓へと移動した。

ティアナはそのやり取りを黙って見ていた。

そしてふと、思った。


(あの料理……まるで、私の心を癒したみたいだった)


ただの調理係にしては、あまりに鋭い。

彼の目は、まるで何かを見透かしているようだった。

その瞬間。ティアナの胸の奥に、かすかに疼くものがあった。


(まさか……)


一筋の直感。

それはまだ確証にはならないが、心のどこかで確信に似た何かが芽生え始めていた。


(あなた……知っている人ね?)


その視線に気づいたのか、レオンがわずかに、ほんのわずかに目だけを向けた。

ティアナの中で、再び何かがほどける音がした。


騎士たちの調査が一通り終わり、場が少しずつ落ち着きを取り戻し始めたころ。

ティアナはグラスに口をつけるふりをしながら、声を潜めて隣のレイナへ囁いた。


「ねえ……レイナ。さっきの、料理人……」


「アッシュ……とかいう男?」


ティアナは頷く。

その名を口にしたとき、胸の奥がまたわずかに疼いた。


「……私、思ったの。あの人……もしかして、“レオン”じゃないかって」


レイナの目が、驚きに揺れた。

しかしすぐに伏し目がちに、静かに口を開く。


「……実は、私もそう思った」


ティアナは息を呑んだ。


「でも……顔も違うし、声も低い。話し方もまったく別人よ。あれじゃ、誰だって気づかないわ」


レイナは、ほんの少し視線を逸らし、そっと呟いた。


「けど……あの味を知ってる。あの手の動きも、眼差しも……私、覚えてるのよ。

 あの人の料理は、私の心を……何度も、救ってくれた」


ティアナもまた、うつむきながら言葉を継ぐ。


「火傷を癒して……顔も声も変わったのだとしたら、

 私たちはあの人の本当の顔を、一度も見たことがなかったのよね」


静かに、痛みのような沈黙が二人の間を満たす。


「……情けないわね、私たち。

あれほどの力で支えてもらっていたのに、それを一度も気づこうとしなかったなんて」


ティアナは唇を噛んだ。


「でも、もし――もし本当に彼がレオンなら。

 ……どうして、今、戻ってきたのかしら」


レイナの目に、静かな光が宿る。


「きっと……私たちを助けに来たんだと思う。

 何も言わずに、あのときのように。黙って……料理で、伝えに来たのよ」


ティアナはゆっくりとその言葉を噛みしめ、

視線を晩餐会場のアッシュのいた方角へ向けた。


ティアナはその言葉を聞いても、すぐには返事をしなかった。

グラスの中のワインが、手の震えでわずかに揺れていた。


「……でも、本当に……そうなのかしら」


ぽつりと落としたその声には、かすかな怯えが滲んでいた。


「私たちに復讐しに来たのかもしれない。

 だって私……レオンに、あんな酷いことを言った。

 見下して、嘲って……あの人を追い出したのは、私たちよ」


レイナも、視線を落とした。


「……ええ。私も、否定できない。

 支えられていたのに、それを役立たずの一言で切り捨てて……」


ティアナの声が震える。


「それでも私たちに優しくしようとするのなら……

 それって、余計に……怖い」


赦されてしまうことが。

何も知らずに傷つけたことが、今さら浮かび上がってくることが怖かった。

そのとき、レイナがそっとティアナの手を取った。


「でも……本当に復讐だけが目的なら。

 あの料理には、こんな優しさは込められない」


ティアナがはっとして顔を上げる。

レイナはまっすぐに、静かな確信を込めて続けた。


ティアナの目に、静かな光が戻っていく。

悔いとともに、確かに芽生えたひとつの願い。


「……もう一度、話したい。

 本当の名前で――レオンとして」


レイナはそっと頷いた。


「恨まれても……伝えなきゃいけないよね。ありがとう、って」


晩餐の余熱がまだ漂う会場の空気の中、

二人の胸にあるものは、もう誰の命令でもない自分たちの意志になっていた。

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