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幼馴染に捨てられた俺は、素材と恨みを喰って最強に至る  作者: 雷覇
第2章

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第56話:リュミエル偵察

王都騎士団本部――石造りの荘厳な建物の中。

その一室、小会議室には正規騎士たちだけが集い、重々しい空気が漂っていた。


だが、誰も気づいていない。

その空間にひとつ。

存在していて、存在していないものが、ひっそりと佇んでいた。


リュミエル。

天井に、軽やかに腰掛、脚をぶらりと揺らしながら下を見下ろしていた。


(ふふん、騎士団って堅物ばっかりかと思ったけど、意外とざわざわしてるじゃない)


会議室の中央では、騎士団隊長格の男が困惑を隠しきれずに声を上げていた。


「それで、レイナ団長。例の晩餐会――本当にあの料理人を呼ぶのか?

名前は……確か、アッシュだったか?」


リュミエルはくすりと笑った。


(アッシュね……そういやそんな偽名にしてるんだっけ)


下では、レイナがいつも通りの冷ややかな声で応じていた。


「そう。私の判断で任せることにした。技術は確か。問題はない」


「だが、それは団長の独断では……?

アッシュは素性も定かでなく、あまりに王都での影が薄すぎる。

どこで訓練を受けた料理人だ? いずれも記録に一切残っていない」


「――それでも、私の命令だ」


レイナの言葉に、一瞬空気がぴりりと引き締まる。


「団長。失礼を承知で申し上げます。

……最近、あなたは判断がぶれているという声が内部からも上がっています」


「晩餐の人選もそうです。功労者を称える場であるはずなのに、なぜ無名の料理人を?」


「……アッシュに何か、特別な思惑があるのではと」


(あらら。レイナ、けっこう非難されてるわね)


リュミエルは、足を止めて目を細める。

だが、レイナは一切動じなかった。


「……彼を選んだのは、感情ではない。実力を見ての判断だ。

それに、今の私の判断力に不満がある者は、正式に報告書を上げればいい。だが、決定は変えない」


室内が一瞬、凍りついたように静まりかえった。

そのとき、後方で控えていた別の騎士が、ゆっくりと手を上げた。


「……俺は、アッシュの料理を口にしたことがある」


その一言に、視線が一斉に彼へと向けられる。

年の頃は三十手前、筋骨逞しい中堅の騎士。

声に威圧はなく、けれど静かに言葉を紡ぐ。


「偶然だ。巡回帰りに寄った食堂で、空腹に耐えかねて立ち寄っただけだった。

……だが、そのとき食べた一皿――あれは、明らかに別格だった」


「別格、とは?」


誰かが小さく問い返すと、彼はうなずいた。


「あの料理は、うまいとかそういう話じゃない。体が立ち直っていくような感覚だった。疲れが溶けて、力が満ちて、気がついたら……あの日の夜は、眠りも深かった」


「魔術や薬物のようなものではなかった。けれど、まるで内側から整えてくれるような……そんな味だった」


すると、別の中堅騎士がぼそりと呟く。


「正直に言うと……俺も、あの食堂には何度か通ってる。

最初は偶然だったけど、あれ以来、妙に忘れられなくてな。

気づいたら、帰り道に足が向いてるんだよ。……なんというか、あれを食うと、心が静かになる」


「……俺もだ」


もう一人が静かに手を挙げる。


「最近、身体の疲れが抜けなくて、ふらっと寄っただけだった。

でも、あの料理……美味すぎるんだ。いや、美味いって言葉じゃ足りない気がする」


さらに、前列にいた若手騎士までもが挙手し始める。


「言いづらかったけど……俺、週に二回は通ってます」


「俺なんか、もう常連扱いされてるぞ」


「えっ、お前も行ってたの?」


「うわ、俺もだ……」


瞬く間に会議室がざわめき出す。


さっきまで「見知らぬ料理人に任せるのは危険だ」と言っていた騎士たちが、

次々に実は通っていたと打ち明け始めていた。


レイナは、それを黙って聞いていた。

目は伏せられ、表情は読めない。


(……結局、みんな……気づいていたんだ。

あの料理に、何かがあると。無自覚のまま惹かれていた)


ひとり、またひとりと語る「味の記憶」。

“疲れが取れた”、“よく眠れた”。“心が軽くなった”。

それらは誰もが抱えていた日々の重荷に、料理が確かに届いていた証だった。


重苦しかった会議室の空気が、少しずつ変わっていく。

やがて隊長格の男が、苦笑混じりに言った。


「……ここまで信者が多いとはね。俺もちょっと気になってきたな」


それに対して、先に話していた中堅騎士が応じた。


「食べてみて下さいよ!あの味を知ったらもう、引き返せないですよ」


その言葉に、数人が思わずうなずいた。


レイナはゆっくりと顔を上げる。


「……そうか。なら、よくわかった。

……次の晩餐会で、その料理人の料理が本物かどうか、お前たち自身の舌で判断しろ」


その言葉とともに、会議は静かに終わりを迎えた。


天井で話を聞いていたリュミエルは、くすくすと笑いながら呟く。


「ふふ……まさか、騎士団がレオンの料理中毒だらけになってたなんてね。

これは想像以上の追い風かもよ?」


そして、彼女は音もなくその場から姿を消した。


次に彼女が現れるのは晩餐会の夜。

騎士たちの渇いた舌に、料理人アッシュの答えが届く、その時だった。

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