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幼馴染に捨てられた俺は、素材と恨みを喰って最強に至る  作者: 雷覇
第2章

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第50話:突然の再会

王都の街角、朝霧のように立ち込める香ばしい湯気と、人々の噂が交差する。


「しずく亭、って言うらしいぞ。あの店」

「なんか、料理を食べただけで昨日の疲れが吹き飛んだって。やばくない?」

「騎士団の副官まで通ってるって話だぞ……」


城下の一角にあるその料理亭《しずく亭》は、開店して数日で噂となった。

味が異常なまでに深く身体が軽くなる。そんな実感が走るらしい。

その噂が、ある一人の無口な騎士にも届いていた。


レイナ。

騎士団においても一目置かれる実力派でレオンの元パーティーの仲間。

私情を挟まぬ冷徹な剣技と沈黙の意志で知られていた。


「……昼食を外で食べていくか」


ぽつりと、それだけを言って隊を離れた彼女は、ひとりその店へと足を向けていた。

暖簾をくぐると、仄かに香るスパイスと出汁の香りが鼻をくすぐる。

店内は質素だが清潔で、どこか懐かしい空気を湛えていた。


「いらっしゃいませ」


カウンターから自然に声をかける。

レオンは厨房から出ようとしていたとき、ふと視線がぶつかった。

髪をひとつに束ねた女騎士レイナ


(……なんで、彼女が)


レオンの手が一瞬止まるが、ゆっくりと対応に向かう。


「……いらっしゃいませ」


「席は空いているか」


「はい、どうぞ」


落ち着いた声を装いながら、内心では《まずい》という思いが渦を巻いていた。

こんなに早く出会うとは思っていなかったからだ。


(今の手持ちの食材じゃ、解除用の調整はできない……バクルア料理も仕込み中だし、 ここで彼女に半端なスキル解除料理を出すわけにいかない)

レオンは一瞬だけ迷ったが、意を決して訊いた。


「……本日は、通常のメニューになりますが、よろしいでしょうか?」


レイナは微かに目を細めたが、頷いた。


「構わない。騎士団でも話題だった。気になって来ただけだ」


「……ありがとうございます」


レオンは内心でほっと息をつきつつも、次の一手を練り始める。


(ロイドのスキルがかかっているなら、下手に動くべきじゃない。

 まずはスキルにかかっているのを確認できる程度のメニューにしよう)


彼は厨房へ戻ると、香草の調合を少しだけ変えた。

眠っている異常を感じさせる程度の、ごくわずかに調整された料理。


(これで揺れが出れば、次は解除だ……また店に来てもらうためにも最上の料理を用意しよう)


レオンは厨房の奥で、一度だけ深く息を吐いた。


(この街、この店、この一皿――今の俺が出せる最高の料理で彼女の心に問いかける)


鍋の火力を調整し、香草のタイミングを緻密に見計らい、氣の流れを整える。

彼女の氣質、体格、戦闘で蓄積された疲労に合わせ、整えるための素材を一つひとつ選んだ。


そして、ほんの一滴、バクルアのエキスを溶かす。

器に盛る直前、レオンは香を立てるために蓋をして数十秒待った。


「――お待たせしました」


彼は丁寧に盆を運び、そっとレイナの前に置く。


「……いただこう」


ひとくち。


それは衝撃ではなく、静かに疲れがほどける感覚だった。

筋肉が弛緩し、氣の流れが整い、心の奥に眠っていた声なき違和感がゆらぎを始める。


(……これ、は)


レイナの眼差しが、ほんの僅かに揺れた。

最初に舌を撫でたのは、柔らかな旨味。そして、ふわりと抜ける香草の清涼感が鼻腔をくすぐる。

だが、それよりも。


「……?」


その違和感は、味覚ではない。

飲み込んだ瞬間、全身に広がった軽さだった。


肩が自然と落ち、拳に無意識に力が入っていたことに気づく。

呼吸が深く、楽になる。


(まるで……何かが、解けていくような……)


胸の奥が温かく満たされ、今まで染みついていた重みがゆっくりと剥がれていくような、そんな感覚。思わず握った拳を見つめ、ぎゅっと力を込める。

すると――


「……力が……湧く?」


疲労で鈍っていた筋肉がよみがえり、氣の流れが鮮明に感じ取れた。

ずっと霞がかったように感じていた自分の感覚が、今、澄み渡っていく。


(こんな感覚……最後に味わったのは――)


ふと、記憶の底からぼんやりと浮かぶ影。

遠征の前、焚き火の横で出された一皿。

香ばしい香りと、温もり。

そして何より、どこか懐かしい安心感。


スプーンを置いたレイナは、しばし黙していた。

口の中に残る余韻を確かめるように、目を閉じて静かに呼吸を整える。


(この感覚……間違いない。あの時、レオンの料理を食べた時の――)


けれど、次の瞬間、理性がそれを否定した。


(……あり得ない)


(彼はただの料理人だった。剣も魔法も扱えない。いなくなっても代わりを用意できるただの支援職)


……否。

そう信じてきた。そうでなければ、自分たちの選択が

正しかったと思えなくなるから。


視線を前に戻す。

その男は、静かにこちらを見ていた。


整った顔立ち。余裕ある物腰。

あの頃のレオンとは、まるで違う。


けれど。


(もし、もしも……)


スープの味が記憶を引きずり出す。

あの、焚き火のぬくもりと、疲れた体を包み込むような、優しい味。


――あれを再現できる者など、他にいるのか?

その疑念が、レイナの心に小さな波紋を投げかけた。


(……まさか。でも、そんな……)


揺れる心を、彼女は表に出さなかった。

ただ、次の一手を冷静に探る戦士の目に戻り、静かに言った。


「……悪くない。こんな店が、王都にあったとはね」


「ありがとうございます。騎士団の方には、よく来ていただいてますから」


レオンは微笑む。その笑顔に、どこか見覚えがある気がして

レイナは、首を横に振った。


(……違う。違うはずだ)


否定したのは、相手ではない。

揺れかけた自分の心だった。

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