平穏なる日常
ダンジョンでの戦いを終え、夕暮れの空の下、レオンは郊外にある自宅へと帰ってきた。
煉瓦造りの二階建ての家は、決して豪奢ではないが、丁寧に手入れされた花壇と木の柵が、その住まいにどこか“帰るべき場所”の雰囲気を漂わせていた。
中からは温かい灯りが漏れ、微かに木の香りが鼻をくすぐる。
「おかえり、レオン」
玄関を開けると、フローラの優しい声が出迎えた。
「ただいま。遅くなってごめん。思ったより魔物の処理に時間がかかってね」
「でも無事でよかった……」
フローラは安堵の笑みを浮かべる。傷が癒えた今、その表情は以前よりも柔らかく、美しささえ感じさせた。
ふたりはこの家で一緒に暮らしている。
火傷で心も体も傷ついた過去を抱えながら、それでも共に支え合って日々を過ごしていた。
「お腹空いてるでしょ? すぐに晩ごはん作るよ」
「うん。手伝おうか?」
「いや、座ってて。今日はちょっと、いい食材が手に入ったんだ。腕を振るわせてよ」
レオンはエプロンをかけ、手慣れた動きで台所へと向かった。
炙った香草を魚に挟み、炭火でじっくりと焼いていく。
その香ばしい香りが部屋に広がり、フローラの鼻先をくすぐった。
彼の動きには、戦いとはまた違う集中と美しさがあった。
無駄のない包丁さばき、火加減の見極め、彩りにまで気を配る盛りつけ。
料理人としての矜持が、そこにあった。
「はい、お待たせ。今日はハーブ焼きの魚と、トマトとカブのサラダ。それとスープ」
「……すごい。レオンの料理、レストランみたいだね」
「喜んでくれるなら、それが何よりのご褒美だよ」
ふたりは向かい合って食卓についた。
焼き魚は表面はカリッと、中はふっくらと柔らかく、香草の風味が食欲をそそる。
サラダの野菜は瑞々しく、スープはやさしい味わいで身体に沁みる。
フローラは一口ごとに頬を緩めながら、ぽつりとつぶやいた。
「ねぇ、私……何もしてないのに、レオンにばかり甘えてばかりだね」
「そうかな? 君がここにいてくれるだけで、僕はもう十分なんだけど」
「でも、料理も掃除も洗濯も……全部レオンがやってくれてるでしょ。私が何かしてあげられてること、あるのかなって……」
「あるよ。君の“ただいま”が、僕にとっては一番の力になる。君が笑ってくれるだけで、僕は何度でも立ち上がれるんだ」
フローラは静かに目を伏せ、照れたように微笑んだ。
「……レオンって、ほんとずるいくらい優しいよね」
「自覚ある。でも、君にはそうしてあげたくなるんだよ」
スプーンがカップを鳴らす音と、湯気のたつ料理の香り。
ふたりを包む空気は、静かで、穏やかで、温かかった。
「ねぇ、明日って、少しだけ時間ある?」
「うん、午後は空いてるよ。買い出しだけ済ませたら、あとは自由」
「じゃあ……少し散歩でもしよう? 二人で。なんとなく、歩きたくなったの」
「うん、いいね。君と一緒なら、どこへでも行くよ」
湯気の向こうで笑い合うふたり。
その姿には、大きな何かを失った過去すら、もう遠くに感じさせるような静かな幸福があった。