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幼馴染に捨てられた俺は、素材と恨みを喰って最強に至る  作者: 雷覇
第2章

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第45話:意識の奥に差し込む光

「(……こんなに、静かな心は……いつ以来だろう)」


ノエルは椀を両手で包み込んだまま、動けなかった。

身体の芯から温まり、瞼の奥に眠っていた何かがそっと目を開けたような感覚。


心が軽い。

頭が冴えている。

そしてなにより、感情が……はっきりと自分のものとして戻ってきていた。


「……なぜ、私が彼に従っていたのか――」


自室の鏡の前で、ノエルはぽつりと呟いた。

薄い唇が震えることなく動いたのに、それを発した自分自身の声に、ほんのわずかな違和感を覚えた。


いつもなら、こういう時、迷いはない。

ロイド――彼は優れた戦士で、王族との連携も強く、論理的に考えれば従うべき存在だった。


(……それは、当然の選択だったはず)


そう、思っていた。ずっと、そうだった。

だが――


今日のあの料理を食べてから、思考の芯に何かが解けるように揺れ始めた。

彼の命令に従うのは正しいからだったか?

感情を排して判断していたはずなのに、なぜ逆らうという選択肢がなかった?


(……おかしい。私はこんなにも、従順だったか?)


ノエルは椅子に腰を下ろし、指先をぎゅっと握りしめた。

ロイドの声が脳裏によみがえる。


「君の判断は正しい。だからこそ、私に従うのが最善だ――ノエル」


いつの間にか、それが自分の意志だと錯覚していた。

冷酷な決断を下したのも。

レオンを、切り捨てたのも。


(あれは……本当に、私の意志だったのか……?)


不意に、胸が締めつけられる。

それは後悔か。

それとも、今まで感じなかったはずの罪悪感か。


「……ロイド」


その名を呼んだ瞬間、ひどく冷たい響きに聞こえた。


(私は、あんな男に従うような人間だったか?)


もう一度、そう思った。

そして――初めて、違うという声が、心の中に立ち上がった。


(ずっと、どこかで、私は正しい判断をしているつもりだった)


レオンを追放したこと。

ロイドの命令に、疑問すら抱かなかったこと。


だが今、その正しさの根本が、ぐらりと揺らいでいる。


(あれは私の意思ではなく従わされていた感覚だった……)


そして、改めて気づく。

その支配が――もう、ない。


胸の奥に巣食っていた声も、鎖も、何もかもが抜け落ちている。


(……私の中から何かが消えた)


信じがたい。だが、事実として、それ以外に考えられない。


「アッシュを、今すぐここに呼んで。……それとしばらく誰もここに近づけないように」


側仕えに静かに告げると、ノエルはゆっくりと立ち上がる。

足取りは重い――だがそれは迷いではなく、これまで囚われていた鎖を断ち切った後の静けさだった。


(私は自分の意思で問い直す。今、私の前に現れた男に、どう向き合うべきかを)


静寂の中、扉が軽くノックされる。


「――アッシュです。入ってよろしいでしょうか」


ノエルは静かに応じた。


「……どうぞ」


扉が開きレオン――アッシュが静かに一礼して入室する。

その姿に、ノエルの瞳がわずかに揺れた。


変わった。

顔も声も違う。

だが、所作も、立ち方も忘れようとしていたあの男のままだった。


ノエルは、問いかけるように見つめた。


「……さっきの料理。貴方が作ったのね」


レオンは淡く微笑み、静かに頷いた。


「はい。お口に合いましたか?」


「合うどころじゃないわ」


ノエルは椅子から立ち上がり、ゆっくりとレオンの正面まで歩く。


「あなたの料理には、何かがある。……ただ美味しいだけじゃない。食べた者の心に、触れてくるような――そんな感覚があった」


レオンは一瞬、視線をそらした。


「……それが、俺のやり方ですから」


「料理で救う……かつて、そんなことを言っていた人を知っている」


その言葉に、レオンの指がぴくりと動いた。

ノエルは、それ以上追わなかった。

あくまで思い出話のように静かに微笑む。


「ねえ、アッシュ。なぜ私にこの料理を作ったの?」


レオンは答えに詰まりかけたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……貴女が、必要としていた気がしたんです。誰にも気づかれない痛みを、抱えているような気がしたから」


その言葉に、ノエルの胸がわずかに震えた。


「……ありがとう。とても、助けられたわ。――言葉にできないくらい」


「それなら、何よりです」


二人の間に、短い沈黙が落ちる。

だが、それは気まずさではなく、静かな呼吸の共有だった。


アッシュが退出し、扉が静かに閉じられる。

部屋に再び静寂が戻ると、ノエルはゆっくりと椅子に腰を下ろし、膝の上で手を握りしめた。

蝋燭の灯がかすかに揺れ、彼女の横顔を照らす。


(間違いない……あれは、レオン)


名を偽り、顔も声も変わった。だが確信した。


ノエルの目に、静かに涙がにじんだ。

冷たい領主。

冷酷な判断者。

それが自分の役割で、自分の在り方だった。


けれど今――

その仮面が、彼の料理によって剥がされ始めている。


「ごめんなさい、レオン……あの時、私は――」


彼がいない部屋で、絞り出すように呟いたその謝罪は、誰にも届かない。

だが、それは間違いなく人間としてのノエルが流した、初めての涙だった。



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