笑顔の裏に牙を隠して
癒しの光がゆっくりと引き、そこに現れたのは――まさに絶世の美少女だった。
焼けただれていた肌は真珠のようななめらかさを取り戻し、金の髪は光を帯びてゆるやかに揺れる。
頬にはほんのり血色が戻り、潤んだ瞳がそのまま宝石のように輝いていた。
「……フローラ……」
レオンが、息をのむように呟いた。
それを遠目で見ていたロイドだったが
彼は口角を上げて舌で唇をなぞる。
「おいおい……マジかよ……」
その視線はもうフローラに釘付けになっていた。
胸元から腰、そして太ももへと、露骨にいやらしい目つきで舐め尽くしていた。
「(いやぁ、こりゃ……反則だろ。村一番どころか、王都でもそうはいねぇわ)」
ロイドは口元に手をやりながら、ニヤリと笑った。
「なあ、フローラ。……こんなに綺麗になったんだ。もう少し見せてもいいんじゃねぇか? 軽装の方が動きやすいし、俺も……目の保養になる」
その言い方には“見せろ”という要求と、“俺のために”という支配欲が混ざっていた。
だが、フローラはそれを深くは読み取れず、ただ顔を赤らめて小さく笑った。
「ふふ……そんな風に言われるなんて、久しぶり……なんだか、照れるね」
恥じらいながらも、まんざらではない様子だった。
レオンにしか見せなかった微笑を、ロイドにも向けてしまっていることに――彼女自身、まだ気づいていなかった。
ロイドはその笑顔を見て、口の中で呟く。
(クク……やっぱりな。女なんて、顔が整ってりゃ簡単に“特別”になれる)
(レオン? あんなツラの奴じゃもう無理だろ。今のフローラにあいつは似合わねぇ。こ
)
ロイドはにやついた口元を隠そうともせず、ゆっくりとフローラに近づいた。
そして、あくまで自然を装いながらも、肩に手を置く――いや、這わせるように触れる。
その指先には、明らかに“所有したい”という欲望が滲んでいた。
「なあ、今度さ……二人で街に出ねぇか? ちょっといいカフェ知っててさ。騎士団員しか行けない特別なとこなんだよ。俺が奢るからさ、気軽な感じでさ」
言葉は軽やか、口調も陽気。だがその笑みに込められた“下心”は隠そうとすらしていなかった。
視線はフローラの体を一通り眺めたあと、唇へとわざとらしく留まる。
「お前、今マジで見違えるくらい綺麗になったからさ……一緒に歩いたら、周囲の目が羨望に変わるだろうな~。いや、冗談じゃなくてさ?」
軽くウィンクを飛ばしながら、ロイドはフローラの肩へそっと手を置いた。
ただの軽いノリに見せかけて、その手はじわりと二の腕を撫でている。
“偶然を装った接触”という名の執着が、そこにはあった。
フローラは一瞬戸惑ったように視線を逸らしたが、拒絶はせず、ただぎこちなく笑みを返す。
「えっと……うん……考えておく、ね」
それだけの反応でも、ロイドには十分だった。
彼女の表情には、戸惑いと、どこか居心地の悪さが浮かんでいた。
それでも――拒否の意志を示せないのは、自分が今“普通の女の子”として見られていることに、どこか 嬉しさを感じてしまっているからなのかもしれない。
ロイドはその反応に満足げに笑った。
確信していた。自分の手のひらの中に、ゆっくりと落ちてきている、と。
(やっぱりな。女ってのは、見た目が戻りゃ気持ちも上がる。今なら落とすのなんて簡単だ。あとは雰囲気とタイミング……その気にさせりゃ、こっちのもんだ)
その思考が、表情にもにじみ出る。
飢えた獣のような目で、フローラの横顔を見つめながら、指先をさらに滑らせていく。
その様子を、少し離れた場所からレオンは静かに見ていた。
視線は、フローラでもロイドの顔でもない。
彼の“触れている指”にだけ、じっと、視線を注いでいた。
表情は変わらない。怒りも、哀しみも、浮かんでいなかった。
ただ、目の奥のどこかで、言葉にならない感情が、焼け焦げたように静かに渦巻いていた。