第36話:野望達成(ロイドサイト)
王冠が頭上に置かれたその瞬間、ロイドの両肩がわずかに震えた。
それは緊張ではない。悦びだ。
狂おしいほどの、勝利の実感。
「……ついに、すべてがこの手に――!」
彼は玉座へと歩みを進め、腰を下ろすと、堂々と王笏を掲げた。
「民よ! 騎士たちよ! 貴族も、平民も、聞くがよい!」
声が広間に響き渡る。誰もが息を呑んだ。
ロイドの口元は笑みを浮かべている――だが、その瞳は氷のように澄んでいた。
玉座の背に身を預け、彼は両腕を広げる。
「この国は、私の意志ひとつで動く!
この声が命を与えこの手が運命を創るのだ――!
我こそが、選ばれし王であるッ!!」
雷鳴のような拍手。
誰もが跪き、誰一人として逆らえない空気が広がっていた。
側に控える聖女ティアナは、静かに微笑みを浮かべ、王の隣に寄り添う。
ロイドはそのまま高らかに叫んだ。
「私は“世界の構造”すら変える。
必要なのは、意志と支配。そして――従順だ」
その瞬間、玉座の間にいた全員が、無意識にうなずいていた。
“王の言葉”が、まるで命令のように身体へ浸透していく。
ロイドはそれを見て、心の底から愉悦を感じていた。
(ああ……これが“支配”だ。
言葉ひとつで、世界を跪かせる快楽……これ以上の悦びがあるか?)
その笑みは、かつての仲間を思い出していた。
(レオンよ。あの世で見ているか? お前には一生、届かぬ高みだ)
「(この国のすべては私のものになる。すべてな――」
ロイドはゆっくりと立ち上がり、重厚な空気を切り裂くように言葉を告げた。
「レイナ、ノエル。お前たちには、これまでの功績により、より高い地位と報酬を与えようと思う」
二人の表情がわずかに動く。
それを確認したロイドは、一歩ずつ近づきながら続けた。
「レイナ。君には――王国騎士団の団長を任せたい」
「団長、ですか」
レイナは、わずかに驚いたように目を見開いた。
「騎士団の中には、まだ私への忠誠が薄い者も多い。
だが君なら、力で黙らせられる。……何より、私の指示に忠実だからね」
だが次の瞬間、その瞳はすぐに静かな光を湛え――そして、満足げに細められる。
(ついに……ついに届いた!)
剣の才だけで上へと登ってきた自分が、ついに王国最高位の騎士を束ねる立場に就く。それは、剣士としての名誉の到達点だった。
ロイドはゆっくりと、彼女の肩に手を置く。
「君の活躍には期待しているよ。――レイナ団長」
その声音に、レイナの胸はかすかに熱くなる。
「ノエル。君には、アルトリス地方の統治を任せよう」
ロイドの声が、玉座の間に静かに響いた。
ノエルは一瞬、驚いたようにまばたきをした。
アルトリス――交易の要地であり、騎士団との連携も多い、重要な拠点のひとつだ。
「……私に、領地を?」
「君ほどの才を埋もれさせるには惜しい。
軍政、内政、民の掌握。君ならすべてを成し遂げられると、私は信じている」
それは、明確な評価だった。
だが同時に、“責任”という名の鎖でもある。
ノエルはゆっくりと頭を下げる。
「謹んでお受けいたします、王よ」
求めていたのは力だった。仕組みを作り、社会を動かす権限。
それが、今――手のひらにある。
(私は……本当に、自分の意思でここに立っているのか?)
だがその疑問も、やがてロイドの笑顔にかき消される。
彼の言葉が心に響くたびに、違和感は霞み、忠誠が形を成していく。
2人の頬には、ほのかに紅が差している。
栄誉に浸るのではなく、それぞれが「自らの望み」に届いたことへの喜びだった。
ロイドはそんな彼女たちの姿を、玉座から静かに見下ろしていた。
(君たちはよく応えてくれた。
それが“自分の意志”だと思っているのなら、それでいい)
その微笑には、支配者としての余裕と、深い満足がにじんでいた。
ふたりは確かに“欲しいもの”を手に入れた。
けれど――その歓喜が、どこまで純粋なものだったのかは、誰にもわからない。
ましてや、彼女たち自身にも。
「(……後はフローラ。お前だけは――まだ決めかねている)」
選択肢は、いくらでもあった。
彼の力があれば、どんな形でもフローラを手に入れることができる。
(あの女だけは……簡単じゃない)
忠実な部下にも、優秀な部将にもない何か――
フローラには、他の者にはなかった感情が宿っていた。
彼のスキルが作用したのか、それとも元々の想いが作用していたのか、判別がつかない。ただ確かなのは――彼女が、レオンを想っていたということだ。
他の者たちはもう、ロイドの掌の上。
だが、彼女だけは未だ“自分のもの”になっていない。
ロイドの瞳に、支配者の冷たい光が宿る。
「ならば……じっくりと仕込むとしよう」
すぐに屈服させるのではない。
自らの意志で、レオンの名を忘れ、自分に膝をつくように――
時間をかけて、心の奥底から作り変えてやる。
「私のものとして、ふさわしい姿になるまで……徹底的にな」
ロイドは立ち上がり、静かに命じた。
「フローラを、私の私室へ通せ」
その声に、一切の情はなかった。
あるのはただ、壊し、塗り替え、支配する者の――冷酷な決意だけだった。