第33話:信じられない情報
街の地下に設けられた拠点の一室――
そこは今やロイドに奪われた者たちが集う静かな拠点となっていた。
レオンは粗末な地図を前に、静かに呟いた。
「まだ足りない……このままでは王都に届かない」
欲しているのは戦力より、情報、商売に長けた人物。
ただ強いだけでは足りない。情報と金があれば自分の追放が不当であったことが証明できるはず。
「……いっその事もう自分で乗り込むか?……いや、まだ慌てる段階じゃない」
レオンは小さく呟いた。
焦りはない。だが確実な歩みが求められる。
「もう一度、情報屋のところに行くか。何か王都の情報を掴んでいるかもしれない」
レオンは情報屋の住処へとむかった。
相変わらず湿った空気と香のような煙草の匂い。
古木の机越しに、情報屋の男が目を細めていた。
「……あんたが欲しがってた“例の男”の続報だがな」
レオンは無言で椅子に腰を下ろし、黙って金貨の小袋を机に置く。
じゃら、と音が鳴った瞬間、男は口元を歪めた。
「ロイドって奴……今、王都じゃ“大出世”中だ。
なんでも、あの王女ティアナと婚約して、次の王になるって話だぜ」
その一言に、レオンの眉がピクリと動いた。
「何だって!?」
「信じがたいって顔だな。だがこれは、王都で流れてる正式な筋からの情報だ。
病に伏せてる今の王が、彼に譲位する方向で動いてるってさ。
お前の獲物は玉座に座るってわけだ。」
レオンは無言のまま、拳を固く握る。
指先の関節が軋み、小さく鳴った。
(あのロイドが……王に……?)
目の前の男は気付いていない。
この男の言葉が、どれほどレオンの胸を焼いたかを。
リュミエルがそっとレオンの肩に手を添え、静かに言う。
「王に……なろうとしてるの? レオンの復讐相手が?」
「……ふざけるな」
低く、押し殺したような声。
「奪って、裏切って……それで、王だと?」
怒りというには冷たすぎる声だった。
氷のように沈んだその声に、情報屋も思わず口を閉じた。
レオンは立ち上がると、再び金貨を一枚、机の上に置いた。
「もっと詳しい情報を集めてくれ。奴の動き、奴の周囲の人間……すべてだ」
「へっ……了解だよ……。これは今までで一番上等な依頼だぜ」
情報屋の嗤いが背後に残る中、レオンは部屋を出ていく。
「……ロイドが、王に?」
リュミエルが隣で静かに首をかしげる。
「王女と婚約したって、それだけで王になれるの?」
レオンはその言葉に応じるように、低く唸った。
「いや……おかしい。いくらティアナが王女だとしても、ロイドはただの騎士だった。 血筋もなければ、功績も決して王族に比肩するほどじゃない。
……そんな奴が、たった数年で玉座に手を伸ばせるなんて……」
そこまで言いかけて、足を止める。
──何かが、ある。
「裏がある。そうでなきゃ説明がつかない」
まるで、あらかじめ用意された道を歩かされているような違和感。
ティアナとの婚約も、ロイドの出世も……すべてが偶然にしては整いすぎていた。
(まさか!何かのスキルか!?)
レオンの記憶にある限り、ロイドのスキルは《肉体強化》系だった。
かつて同じパーティーとして肩を並べていた頃、レオンはその言葉を信じ、彼の肉体をさらに補強する料理を幾度となく提供していた。
だが――もし、それすら虚偽だったとしたら?
もしロイドが、真に持っていたのが“肉体”ではなく“精神”に干渉する、例えば《洗脳》系のスキルだったとしたら?
「……そうだとしたら、すべてが辻褄が合う」
レオンは街の片隅、人気のない路地裏に佇んだまま、拳を強く握りしめた。
フローラが、仲間たちが、王女のティアナまでもが、なぜロイドに心を許し従っていったのか。
あの頃の違和感が、今になってすべて繋がっていく。
「ロイド、お前……最初から仲間なんて必要としていなかったんだな」
彼は戦力ではなく、操りやすい駒を求めていた。
――欺かれていた。
その想いが、心の奥底で冷たい憎しみに変わる。
自分は、あの頃――仲間を見ていなかった。
目を向けていたのは、フローラだけだった。
その事実が、胸の奥底でじくじくと疼く。
「……見ようとすらしてなかったのかもしれない。あのときの僕は」
気づかなかったんじゃない。
気づこうとしていなかった。それが、何よりの後悔だった。
実はみんなもロイドのスキルの影響を受けていたのかもしれない。それに気付けていればフローラも……。
「……許さないぞ、ロイド。お前が王になろうが必ず追いつめる!」




