第31話:支配の囁き(ロイドサイド)
ロイドは剣を振るいながら、密かに己の身体の鈍りを感じていた。
かつては軽々と放てていた連撃も、今はどこかぎこちない。鋭さに欠ける。
呼吸が乱れ、腕が重い。彼は舌打ちした。
(……やはり、最近は鈍っているな)
だが、すぐに思考を切り替える。
冒険者としての力など、もう必要ない。
王になるという大望を抱いた今、戦場ではなく政場こそが彼の舞台だ。
(俺は、もう次元が違う場所にいる。剣の腕など、もはや不要だ)
彼はそう自分に言い聞かせた。
しかし、本当の原因には気づいていなかった――
レオンの料理を失って以降、彼の肉体は少しずつ衰えていた。
長年、当たり前のように口にしていたレオンの肉体強化の食事の
効果が落ちてきていたのだ。
だがロイドにとって、レオンは過去の“敗者”でしかない。
その存在の価値に、未だ気づくことはなかった。
彼はゆっくりと剣を鞘に収め、空を見上げ口元を緩める。
「ティアナを俺のスキルで堕とした時に、俺が王になることは決まっていた。すべてが、俺の思い通りだ」
ロイドが仲間にも隠しているスキル《支配の囁き》
――それは、決して強制的な洗脳ではない。
だが確かに、人の心に“隙”を生む力だった。
疑念を鈍らせ、判断を緩ませる。
「この人の言うことなら……」
「なぜか、逆らいたくない……」
それは、ほんの微かな感情のゆらぎ。
されど、ロイドにとってはそれで十分だった。
なぜなら――
「媚薬とスキルを合わせれば、どんな女でも堕ちる」
彼の言葉に、嫌悪や良心のかけらはなかった。
媚薬で感覚を曇らせ、判断力を奪う。
その二重の罠に堕ちた相手は、自分の意思で選んだつもりでロイドを受け入れる。
「全部、自分で望んだと思ってくれるのがいいんだよな」
まるで人形に糸を仕込むように、
まるで舞台を整えて観客を演じさせるように、
ロイドは、相手の感情を「自然に見える形」で導いていく。
抵抗はない。
むしろ、快楽と共に訪れる“従順”は、支配の悦びそのものだった。
「媚薬も、言葉も、香も、酒も――全部、“演出”だ。気づかれないように導いて、支配して、壊していく。それが楽しいんじゃないか」
ロイドはそう笑った。
まるで、人の心を弄ぶことが「芸術」であるかのように――。
甘い言葉と、計算された優しさ。
「支配の囁き」というスキルの効果など、最後のひと押しでしかなかった。
王女のティアラもそうやって堕とした
あの夜、宮殿の一角。
王女であり聖女であるティアナが、ひととき心を解いた夜があった。
それはごく私的な宴。
政務の合間の“休息”として設けられた小さな集いだったはずが──
そこにいたのはロイドただ一人。
淡い灯火、舞う香煙。
杯に注がれた透き通った琥珀の酒には、微かに香草が混じっていた。
味は柔らかく、だがゆっくりと意識の境界を曖昧にする。
「今日は……随分疲れているようだね、ティアナ」
ロイドの声は低く、落ち着いていた。
《支配の囁き》のスキルは、この時すでに発動していた。
あくまで自然に。
だが、逃れようのない“圧”と“誘導”を含んで。
ティアナの肩から力が抜けたのは、ほんの数分後のこと。
聖女という立場。
王女という孤独。
その隙間に染み入るように、ロイドは“心”に手を伸ばした。
「お前が必要なんだ。俺の妃として、隣にいてくれ」
その言葉に、《支配の囁き》は絡む。
魔術的な拘束ではない。ただ、言葉の「重さ」を強めるスキル。
受け手の心に染み込み、“真実”のように感じさせる。
ティアナは、静かに頷いた。
その瞬間、彼女の歩む道はロイドの隣へと定まった。
それが本当に自分の意志だったのか、それとも彼の言葉に導かれた結果なのか──
今となっては、彼女自身にも分からない。
けれど、確かに心は傾いていた。
ロイドの声に安心し、彼の視線に意味を見出し、知らず知らずのうちに彼の存在に寄りかかっていた。
“私は自分で選んだ”──そう思っていた。
だが実際には、“選ばされていた”のかもしれない。
ティアナはいつしか、ロイドこそが次代の王にふさわしい存在だと、自然に疑うことなく信じるようになっていた。
──迷えないように、仕組まれていたのだ。
ロイドの《囁き》は、記憶を操作するような術ではない。
だが、心の判断に“枷”をかける程度には、充分すぎるほど強かった。
気づかぬうちに、ロイドの言葉に絡め取られていた者は数知れない。
フローラも、他の仲間たちも──皆、いつしか彼の掌の上にいたのだ。
だが実際には、彼らの思考はすでに彼のスキルに染められていた。
気づくこともなく、自らの足で沼へと沈んでいったのだ。
ロイドは、それを見届けるたびに快感を覚えた。
心を絡め取り、意志を捻じ曲げ、信頼を欲望に変える――
その“征服”こそが、彼にとって最高の悦びだった。




