第30話:料理で心を癒す
ラースは乱暴に椅子を蹴って立ち上がると、酒浸りだったとは思えない力強さでレオンを睨んだ。
「話せ。……あいつに、何をするつもりだ?」
「僕は……あいつの頂点を崩す。仲間を使い捨て、女を物のように扱い、王の座に近づいてるその傲慢を――全部引きずり下ろす」
レオンの声は、低く抑えていたが、はっきりとした怒気を含んでいた。
ラースはしばらく無言でレオンを見つめていたが、やがて鼻で笑った。
「言うだけのつもりなら、殴って終わりだった。だが……その目、冗談じゃなさそうだ」
彼は深く息を吐いた。
「俺も昔、ロイドと同じ騎士団にいた。だが、怪我を口実に追放された。“役に立たない前衛はいらん”ってな」
拳を握る音が響く。
「それだけならまだしも……あいつは俺の女にまで手を出した。俺が任務で離れてる間に“慰めてやった”とよ。スキルか薬か……知らねえが、戻った時には、彼女の目はあいつしか見てなかった」
その声は苦しげだったが、怒りと悔しさに満ちていた。
「復讐を誓ったよ。でも……気づいた時には、俺はもう何もかも失ってた。剣も、誇りも……女も」
レオンは黙って聞いていた。リュミエルも、口を開くことなく寄り添っている。
「だが、今のお前を見て、ちょっとだけ剣を握りたいと思った。……まだ遅くはねぇか?」
「遅くない。……今から始めればいい」
レオンは手を差し出す。ラースはそれを睨んだまま、しばし沈黙し──
「仕方ねえな」
と、小さく笑いながらその手を握った。
レオンとラース。
過去に傷を負った二人が、静かに歩き出す。
ラースの隠れ家は、酒と煙草の匂いが染みついた小さな一室だった。
窓を開けると、乾いた風が入り込み、埃を巻き上げる。
レオンは荷物を降ろし、静かに台所の前に立つ。
「おい、本気か? こんなとこで料理なんて……」
「……料理は場所じゃない。食べる人間がいるなら、それでいい」
ラースは呆れたように笑い、ソファに体を投げ出した。
レオンは妖精の森で得た食材と、魔獣素材を組み合わせて一品を作り出す。
香ばしい匂いが部屋を満たし、ラースの鼻先をくすぐった。
「……ずいぶんと、いい匂いじゃねえか」
「腹は空いてるんだろ?」
「……まあな。味覚なんて、もう死んでると思ってたが……」
レオンが差し出したのは、香草をまぶした焼き獣肉と、ふんわりと蒸し上げた根菜のソースがけ。野趣と繊細さが同居した料理だった。
一口。
ラースは無言で咀嚼し、しばらく黙り込む。
やがて、ぽつりと漏らす。
「……うまい。それだけじゃない。何か心が癒されていくようだ」
「そうか」
レオンは月の雫をその身に取り入れた時、癒しの力も手に入れていた。それは傷だけでなく心の傷まで癒していく。
「お前、料理で人の心をえぐってくるのな……嫌なやつだぜ」
ラースは笑った。苦笑だったが、心からのものだった。
「……もう剣も握れねぇって諦めてた。でも、今……腹の奥に何かが灯った気がする」
「そうでないとな。仲間として心もとない」
レオンは穏やかに言った。
ラースは皿を見つめながら、静かに頷いた。
「――よし。もう一度、俺も立ち上がってやる。あいつに奪われた分、全部返してやらねぇとな」
「その意気だ。だが、まだまだ仲間は必要だ。ラースにも協力してもらうよ」
次なる目的は──「同じように、ロイドに何かを奪われた者たち」を探すこと。
復讐の輪郭が、ゆっくりと、だが確実に形になっていく。