伝説の秘薬エリクサー
魔人オークリアの体が崩れ落ちた瞬間、部屋中に白銀の光が弾けた。
その場にいた全員が目を細める。
そして、光の収束と共に、硬貨や装備品、宝石、魔法具といった膨大な戦利品があふれ出した。
「こ、これは……!」
ティアナが目を輝かせる。「白金貨が……ざっと五十枚はありますわ!」
ノエルが転がるアイテムの中から黒曜石のナイフを手に取り、唸るように言う。
「これ、希少素材だ……かなりの戦利品だな」
「この辺りは後で分配するとして……」
フローラがふと、小さな木箱に目を留める。「これ、なにかしら……?」
彼女がそっと蓋を開ける。
中には、翡翠色に輝く小瓶が、慎重に保護されるように納められていた。
その液体は、ほんのりと温かい光を放っていた。
「……これ、間違いない。伝説の秘薬エリクサーだよ」
レオンがゆっくりと口を開く。
その表情は驚きよりも、どこか安堵に満ちていた。
「エリクサー。魔法でも治せない深い火傷や傷痕を、根本から癒せる……ずっと探してたんだ。こんな形で出会えるなんて……」
パーティーの面々はその名を知らないのか、怪訝そうな顔をする者もいたが、誰もレオンに疑念を向けなかった。
「ほぉ、そんなに価値があるもんなのか」
その小瓶を、不意にロイドが横からひょいと奪い取る。
「回復魔法でも治らない火傷が治る? へぇ、それはすごいな。だったら余計に俺が持っておくべきだな」
「……ロイド、それは……僕に譲ってもらえないかな」
レオンが静かに言った。
だがその言葉に、ロイドは鼻で笑った。
「は? お前、何を寝ぼけたことを。ドロップアイテムの取得優先権はリーダーであるこの俺にある。規則だろ?」
レオンはうつむき、深く息を吐いた。
「お願いだ。君にとってはただのアイテムかもしれないけど、僕にとっては……この薬じゃなきゃ癒せない傷があるんだ」
「だからってタダでくれてやれってのか?それなりの対価を払えよ、料理人」
そう言ってロイドは、わざとらしく小瓶をくるくると指先で転がした。
「……わかった。だったら、報酬をすべて君に譲る。それでいいなら、売ってくれないか」
その視線に、ロイドはわずかに眉をひそめ――
「……チッ、好きにしろ」
不機嫌そうに小瓶をレオンへ放り投げた。
レオンは静かにそれを受け取り、丁寧に両手で包み込んだ。
そしてフローラの方へ向き直る。
「……これで、君の顔が元に戻るかもしれない」
「えっ……わ、私に?」
「君が飲んでほしい。君の笑顔を、また見たいんだ」
その言葉に、フローラは言葉を失い――
そっと、小瓶を受け取った。
レオンが差し出した小瓶を、フローラは震える手で受け取った。
その翡翠色の光が、傷跡の残る彼女の頬にやさしく反射していた。
「……これを、私に?」
「うん。ずっと、探してた。君の火傷を……治せるかもしれない唯一の薬だから」
レオンは静かに微笑んでいた。
フローラは小瓶を見つめたまま、口を開いた。
「でもレオンにも必要でしょ? あなたの顔だって、声も……」
彼女の瞳に涙がにじむ。
「私だけが綺麗になって、あなたがその傷のままなんて、そんなの……」
フローラの手が震える。小瓶を差し出しながら、必死に言葉をつなぐ。
だが、レオンは小さく首を横に振った。
「……ありがとう、フローラ。でも……僕は、これでいいんだ」
「どうして……?」
「君が笑ってくれるなら、僕の顔なんてどうでもいい」
その言葉は静かだったけれど、誰よりも強い意志が込められていた。
フローラの瞳から、静かに涙がこぼれ落ちる。
「……ありがとう、レオン」
彼女はすすり泣きながら、小瓶の蓋を開ける。
そして、震える唇で中身を口に含んだ。
淡い光が彼女の体を包み込む。
焼け爛れていた肌が滑らかに戻り、やがて、かつて“村一番の美少女”と称された面影が蘇っていく。
頬を伝う涙が、今はただ美しかった。
レオンは黙って、それを見守っていた。
満足そうに、どこか誇らしげに――けれど、その顔には微笑すら浮かんでいなかった。
(君が幸せであれば、それだけで十分だよ)
その心の声が、誰にも聞こえることはなかった。