第28話:反逆への準備
リュミエルがぽつりと呟いた。
「ねえ、レオン。傷も治ったし、このまま王都に戻るつもりなの?」
レオンは動きを止め、肩越しに振り返る。
瞳の奥には、静かな炎が灯っていた。
「まだその時じゃない。まずは……準備を整える」
「準備?」
「森で狩った魔獣の素材。あれを近くの都市で売る。あれだけの希少種だ……まとまった金にはなる」
リュミエルは頷きながら、彼の横に並ぶ。
「お金が必要なのはわかる。でも……それだけじゃないよね?」
レオンは小さく息を吐く。まるで自分に言い聞かせるように。
「……金や力だけじゃ、ロイドには届かない。奴の影響力はすでに貴族層にまで及んでいる。政治にも、聖女にも、もし奴が王になれば俺は国全部を敵にまわすことにもなる」
「じゃあ、そのロイドにどうやって挑むの?」
「情報屋を使う。ロイドに恨みを持つ人間を探すんだ。……俺のように、何かを奪われた者たちを。必ずいるはずだ」
リュミエルの瞳が揺れる。
「復讐のために?」
「違う。……取り戻すために、だ」
そう言って、レオンはゆっくりと歩き出す。
その背には、森で刈った魔獣の素材――鋭い牙、頑丈な鱗、毒を含んだ腺――が収められた大袋。
料理人としての手で切り裂き、喰らい、吸収し、手に入れた力の証。
リュミエルはその背を追いながら、そっと囁いた。
「ねえ、わたしも一緒に行くからね?」
リュミエルはすこし得意げにそういった。
「お前が? 人間の街だぞ。見えると厄介な目に――」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。わたし、普通の人間には見えないから」
そう言って、リュミエルは指先で自分の頬をつつきながら、にこりと笑った。
「人に見えないってことは、つまり……潜入、偵察、盗み聞き、尾行、情報収集……いろいろ役に立つってこと!」
「盗み聞きはともかく……本気なのか?」
「本気だよ。だってレオン、今から危ない橋を渡ろうとしてるでしょ? わたしも役に立ちたいよ」
レオンは少し口を開いたが、言葉が見つからず、やがてため息をついた。
「……わかった。ありがとう」
「任せてよ!」
そう言って、リュミエルは踊るように一歩前にでる。
その背中を見て、レオンはふと、肩に背負った重みが少しだけ軽くなったように感じた。
(見えない妖精の同行者、か……)
レオンの視線が、遠くに広がる街並みをとらえた。
情報屋、素材の売却、そしてロイドの影――
すべては、ここから始まる。
レオンは石畳の通りに足を踏み入れた。
街の名は《アストリア》。王都ほどの規模ではないが、交易の要所として知られ、多くの冒険者や商人が行き交う中規模の都市だった。
「さて……まずは、素材を売れる場所を探さないとな」
背中には、魔獣の森で狩った魔獣たちの素材が詰まった革袋。
鋼のような鱗、燐光を帯びた角、希少な内臓器官――
どれも高値が期待できる代物だ。
市場の通りを進むにつれ、焼き菓子の甘い香りや革細工の匂いが入り混じる。
リュミエルは人の目には見えぬまま、レオンの肩にひょいと乗ってきた。
「ねえレオン、あそこ、冒険者がいっぱい来てるみたい」
視線の先、そこに一軒の商会があった。
「《ラドン商会》か……聞いたことはある」
評判は悪くない。かなり質の良い商品を扱っており、それを納得の価格を出すという噂の商会だった。
レオンは袋を背負い直すと、重い足取りでその商会の中に入りカウンターへと向かう。
「素材の買取を頼みたい。珍しい魔獣のものもある」
「……どれどれ? おお……こりゃ、すげぇな!」
店主の目が輝いた。レオンが静かにうなずくと、彼の態度が一変する。
「こいつぁすごい……鋼鱗に燐牙、未加工の魔獣の心臓まで……! いったい誰がこれを?」
「――僕がやった」
そう静かに告げたレオンの声に、一瞬だけ空気が張り詰めた。
だがすぐに、店主は豪快に笑う。
「へぇ! こりゃすげぇ腕だ! いいだろ、全部で……」
――取引成立。
手元に渡った金貨袋の重みが、レオンの背中を少しだけ軽くした。
思った以上の高値で売れた。あの危険な魔獣の森の素材だ。当然と言えば当然か。
「次は……情報屋だな」
レオンは目を細めた。
逆襲への道が、またひとつ現実に近づいてくる。




