第27話:料理の楽しみ
静かな朝の陽射しが、木々の隙間から差し込んでいた。
レオンは背後の《止まりの森》を一瞥し、深く息を吐いた。
その隣には、肩に腰かけるようにちょこんと座るリュミエルの姿。
「とりあえず妖精の森に戻る?」
「うん。月の雫も手に入れたし、顔も声も戻ったしね。次の行動を考えるためにも一度戻ろう」
「やったね。久々に戻れる」
リュミエルはいつもより少し静かだったが、それでも口元には嬉しい笑みを浮かべていた。
レオンは一歩ずつ、森林を歩く。
魔獣達が襲ってくることもなく順調に妖精の森にたどり着く。
《止まりの森》の森に入ってから時間の感覚が狂っていたが、おそらく1年ぶりくらいの帰還となるはずだ。みんな心配してるかもしれない。
「あ……リュミエルだ!おかえり!!……隣はもしかしてレオン!?」
「傷が治ったんだね。おめでとう!」
「……ああ、ただいま」
だがその反応は、レオンの想定よりもずっと軽いものだった。
「思ったより早かったね。一週間で戻ってくるなんて」
「……一週間?」
レオンは固まった。
「俺がここを出てから、どれだけ経った?」
「言ったでしょ、一週間だ。七日とちょっと」
――七日。
だが、レオンの中では、すでに春が過ぎ、夏が終わり、秋の気配すら感じるほどの時間が流れていた。
「……一年は、いた気がするんだがな」
「んん?」
「いや、なんでもない」
リュミエルは、レオンの肩でくすくすと笑っていた。
「あの森は時間がゆっくり流れるからね。この妖精の森よりも」
「……それにしたって、ここまでとは」
レオンは胸元を押さえる。
その中で確かに、“長い時間を生きた”感覚があった。
修行、戦い、調理、苦しみ、そして、癒し。
全てが幻だったとは思えないほど、濃密な“生”がそこにあった。
「さて、これからどうする?」
リュミエルが軽く羽を揺らしながら尋ねる。
レオンはゆっくりと顔を上げた。
「――とりあえず料理をするか。今は誰かに料理を振舞いたい気分なんだ」
リュミエルが目を細めて頷いた。
「うん、いいね。美味しいの期待してるよ」
レオンは、小さな丘の上で腰を下ろすと、背負っていた包みを広げた。
彼の手には、自らのスキルで創り出した調理器具。
森で得た魔獣の素材と、妖精たちから譲り受けた香草が並ぶ。
「ねえねえ、何つくるの?」
リュミエルが彼の耳元でささやくように尋ねる。
「新しい料理さ。妖精の世界で得た食材と、俺の新しい力……その全部を使ってな」
彼は葉に包んだ香草と果実を丁寧に混ぜ、時間をかけて熱を伝えた。
魚の身を細かくほぐし、木の実のソースと合わせ、じっくりと焼き上げる。
やがて、甘く香ばしい香りが辺りに満ちると――
「うわっ……いいにおい!」
「ねえねえ、もうできたの!?」
小さな光の粒が、花の間からぽんぽんと跳ねるように現れる。
好奇心と食欲に満ちた、妖精たちが次々と姿を現した。
「できたぞ。遠慮せず、食ってくれ」
木の器に盛られた料理を見て、妖精たちの目がきらきらと輝く。
「わぁぁ……」
「すごーい!人間の料理人って、本当に美味しそう!」
一口、また一口と、妖精たちは夢中で頬張る。
リュミエルも、どこからかスプーンを取り出して、ちょこんと座って食べていた。
「ん~~~~~! しあわせ……!」
レオンは、彼らの笑顔を見ながら、ふと遠い記憶を思い出す。
――誰かのために料理を作って、その人が笑ってくれる。
それだけで、こんなにも心が温かくなるのだと。
「やっぱり、僕は料理人なんだな……」
そう、心から思えた。月の雫は自分の古傷だけでなく心の傷まで癒してくれたのかもしれない。
それは――“失われた誇り”が、静かに戻ってくる瞬間だった。




