第26話:力への違和感(ロイドサイド)
陽光が差し込む王都の冒険者ギルド。
そこに現れたパーティーにざわめきが広がる。
掲示板の前に最強のパーティーと称される五人が立っていた。
聖騎士ロイド、魔法使いフローラ、格闘家ノエル、剣士レイナ、聖女ティアナ。
彼らは一様に、それぞれの事情を抱えながらも久方ぶりの共同依頼に臨もうとしていた。
ロイドが、どこか退屈そうに鼻を鳴らす。
「王になるための義務感ってわけでもないけど、民の信用ってやつは便利だ。冒険者という実績は王政でも役立つからな」
フローラは、かつての明るさを少しだけ残した瞳で、依頼書を見つめていた。
「この依頼……危険度はB級。だけど情報が少ないわ」
レイナが短く頷く。
「潜んでるのは変異種の魔獣。予測不能な動きをする」
「まあ、それでも私たちなら問題ないでしょう」
ティアナが静かに言うが、その表情にはどこか余裕がある。
ノエルが腕を組みながら呟く。
「以前なら、“彼”が最初に情報を整理してたけどな」
フローラが一瞬だけ固まる。
だがロイドはそれを切り裂くように笑った。
「あいつはいない。これが今の俺たちの力を試すいい機会ってことだ」
「そうね。どうせここには戻ってこれないし」
ティアナの言葉に、フローラの指がぴくりと動いたが、何も言わなかった。
「……いいわ。やりましょう。やるべきことを、淡々と」
そうして彼らは、新たな依頼に向けて動き出す。
かつての栄光と、いびつに歪んだ現在。
それでも、パーティはまた動き出した。
――ただ、その背後に、かすかな「違和感」を残したまま。
今回の依頼は、変異種とはいえB級の討伐依頼。
本来であれば、彼らほどの戦力ならば難しくないはずだった。
しかし――
「……チッ、こいつら、妙に連携がいいな」
ロイドの剣が、目の前の魔獣の牙を受け止める。
以前なら、回避のタイミングで背後からレオンが援護の一撃を加えていた。
だが今、斬撃の隙を狙われる。魔獣の牙が肩に浅く食い込んだ。
「ぐっ……っざけんな、なんで今さらこんな魔獣に苦戦してんだよ……!」
苛立ちが焦りに変わる。
それを見透かすように、魔獣は吠えた。
「もう少し……持てば……!」
フローラは焦っていた。詠唱が遅い。魔力の流れが乱れている。
魔法のタイミングがずれる。
前衛のサポートが遅れ、攻撃の隙が生まれる。
「(レオン……あなたがいたら、こんなことは)――」
心の奥で、名前がこぼれそうになる。
だが、口には出さない。ただ、息を呑んだ。
「……連携が乱れてるな」
ノエルは冷静に状況を見ていた。
仲間たちだけでなく自分も明らかに動きが鈍いと。
「仕方ない。切り替えろ。次は右側を牽制する」
冷静な指示は出す。けれど、その言葉に誰もすぐには反応しなかった。
「……!」
レイナは無言のまま、鋭く剣を振るった。
だがその動きには、ほんのわずかな揺らぎが混じっていた。
──迷い。
かつての彼女にはなかったはずの、戦場でのわずかな躊躇。
レオンの存在など気にも留めていなかった自分。
そう信じていたのに。
剣を振るう合間、自然と目が背後をなぞる。
そこにはもういないはずの“気配”を──思わず探してしまう自分がいた。
「くっ、癒しが間に合わない……っ!」
ティアナの回復の光が弱々しい。
回復の光が頼りなく揺れる。
手のひらに力は入らず、魔力の流れさえ鈍っていた。
「……おかしい。癒しが、追いつかない……?」
術式は間違っていない。魔力の流れも乱れてはいない。
なのに、回復の光は薄く、届くべき傷に届かない。
体は動く。けれど、いつものように“力”が出ない。
治癒が遅れる。反応が鈍い――。
「どうして……?」
後悔はない。選んだ道を悔やむつもりなど、最初からなかった。
だが、胸の奥にひっかかるような違和感がある。
まるで、何かが足りない。
何かを――失ったまま、気づいていないような感覚。
その正体はわからない。
けれど確かに、力は、今の自分から少しずつ遠ざかっていた。
高すぎる誇りが、それ以上を口にすることを許さなかった。
討伐は完了した。
魔獣の咆哮はやがて静まり、最後の一体が地に伏したとき、誰もがその場に膝をついた。
息を整えながら、ロイドが剣を地に突き立てた。
「……終わった。任務は、完了だ」
ティアナが回復の光を最後に一度だけ灯し、仲間の小さな傷を癒す。ノエルも黙ってうなずき、戦闘の分析を頭の中で始めていた。誰もが、それぞれの形で、戦いの幕を下ろそうとしていた。
ロイドは剣を見つめた。剣筋が重い。まるで、全身にまとわりつくような鈍さを感じていた。
(おかしい……俺の剣筋、ここまで重かったか?)
魔獣を両断した時の感触。かつてより「遅れて」いる気がした。動きに冴えがない。
(いや、違う。俺の力は、こんなもんじゃなかったはずだ……)
筋力でも技量でもない、何か根本的な流れがズレている。
沈黙の帰路。馬車に揺られながら、ロイドは窓の外の景色を無表情に眺めていた。
「(いや、これで充分だ。王になる者が、いつまでも剣を振るっていてどうする)」
そう、自分に言い聞かせるように呟く。
かつては誇りだった剣技。誰よりも鋭く、誰よりも美しかったその剣筋が鈍っていることをロイド自身が最も理解していた。
(もう、俺は戦士ではない。力など要らない。……必要なのは権力だ。地位だ)
王位継承のために動いている今、冒険者としての実力など、ただの飾りでしかない――そう割り切ったロイドは次の動きを考え始めていた。




