第24話:新たな力
苦しみの波が引いていく。
だが、その代わりに――静かな“確信”が、レオンの中に満ちていった。
右手に力を込めると、指先から微かな“氣”が滲み出す。
それはやがて、刃のような形を取り始めた。
「……これは……?」
彼の掌に、まるで包丁のような“氣の刃”が浮かび上がっていた。
だが、それはただの武器ではない。レオンの“料理人”としての経験――研ぎ澄まされた技術と感覚――が、戦闘術として顕現したものだった。
《料理スキル:【氣刃包丁】》
“対象の動きを読む力”、“筋繊維の流れを見抜く直感”、“一撃で急所を断つ刃筋”――
すべてが、料理を極めた者だけに許された精密なスキルへと昇華した。
その瞬間、レオンの脳裏に無数の“レシピ”が閃く。
ただの料理ではない。“素材を理解し、力を引き出すための調理術”――
それは同時に、“対象を分解し、必要なものだけを吸収するための戦術”でもあった。
「……これが、俺の進化か」
静かに、だが確かな手応えを感じながら、レオンは自らの手を見つめた。
その時、休む間もなく、森の静寂を引き裂くような咆哮が響いた。
木々が揺れ、地を震わせながら姿を現したのは――
鋼のように硬質な甲殻をまとった四足の魔獣だった。
「この力、試すにはちょうどいい相手だな」
手にした氣刃を、まるで包丁のように扱い、獣の動きを読み、隙を突く。
鋭い突進を紙一重でかわし、斬撃を甲殻の継ぎ目に滑り込ませる。
──ザシュ。
悲鳴を上げて倒れる魔獣
すぐさま血抜きと内臓処理を行い、解体を始めるレオンの手際は、まさに熟練の料理人そのものだった。
そして、肉を口に含んだ瞬間――
「……っ!」
全身に重く鋭い力が走った。
骨まで軋むような衝撃。しかし、その痛みの奥に、得も言われぬ“感覚”が宿る。
(これは……?)
右手を広げる。
意識を込めた瞬間、掌の上に銀色の“おたま”が浮かび上がる。
さらに集中すると、フライパン、鍋、蒸し器のような形まで。
「……創り出せる。俺の氣で、理想の調理器具を」
すべては、これまでに触れてきた数々の道具と記憶の蓄積。
《喰らう》ことで獲得した魔獣の硬質な甲殻性と耐熱性が、素材として力を貸していた。
「これで……どこにいても、どんな素材でも、料理ができる」
森での焚火が無理でも、蒸気熱式の氣窯を即席で生み出し、低温調理も可能。
野営地でも、騒がしい街中でも、あるいは……戦場の真っ只中でも。
“調理”こそが、レオンの戦い方であり、生き方だ。
彼は拳を握りしめ、口元に笑みを浮かべた。
レオンはで新たなスキルでに生成したまな板と、淡く輝く刃のナイフを手に取った。
それは魔獣の素材を調理するためだけに生まれた調理道具。
森の中でも火を使わず、魔力を熱源とする特殊な加熱術でがレオンが魔獣を調理していく。
「リュミエル。ちょっと特別な一皿を作ってみるよ」
「ほんと!? やったー! 今日も絶対おいしいやつだね!」
レオンは微笑み、手早く魔獣の肉を捌いていく。
筋繊維の流れ、脂の質、香りを魔力で感じ取りながら、まるで彫刻を彫るような包丁さばきで整えていく。
「……よし、後は軽い燻製をしてっと」
即席の蒸し器を使い、素材から引き出された香りが空気を漂う。リュミエルは鼻をくすぐられて目を輝かせる。
「うわぁ……いいにおい……これ、ぜったいすごいやつ……!」
仕上げに魔力で冷やしたソースをかけ、一皿が完成する。
「さあ、召し上がれ」
リュミエルはスプーンより小さな器を抱えて一口――
「……おいしっ! ふわっとしてて、でも香りが深くて……! うーん、しあわせーっ!」
その反応に、レオンは少しだけ肩の力を抜き、静かに笑った。
「……忘れかけてたなこの感覚、料理をする喜び。少しずつ、取り戻せてるのかもしれないな」
「レオンって、本当に不思議な人だよね」
「……どうしてだ?」
「さっきみたいに魔獣と戦う時は、怖いくらい鋭い顔になるのに、料理をしてる時は、すっごく優しい目をしてる。まるで、誰かために作ってるみたいに」
リュミエルの何気ない言葉が、胸に小さな波紋を広げた。
――誰かを守るために料理をしていた日々。
フローラと並んで火を囲んだ、あの穏やかな日常。
けれど、その記憶の中に染み込んでいるのは、焼けつくような裏切りの記憶だった。
「……俺は、まだ許せていない」
「うん、知ってる。でも、いいんだよ。怒ってても、悲しんでても……美味しいものを作れるって、すごいことなんだよ?」
リュミエルはそう言って、最後のひと口を名残惜しそうに口へ運んだ。
その仕草に、レオンは少しだけ微笑み――再び、立ち上がった。
「食事は終わりだ。行こう。……《月の雫》が眠る場所へ」




