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幼馴染に捨てられた俺は、素材と恨みを喰って最強に至る  作者: 雷覇
第2章

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第23話:桁違いの魔獣

森に踏み入れてすぐ、世界はひどく静かだった。


風がない。

なのに、木々の葉が、どこかの意志でわずかに震えている。

遠くで聞こえるのは、水音ではなく――獣のような、低いうなり。


レオンは地を蹴って前へと進んだ。

森の空気は粘り気を持ち、まるで足枷のように全身に絡みついてくる。

だが、彼の歩みは止まらない。


レオンは剣を握り直し、薄暗い森の奥へと一歩踏み込んだ。

《止まりの森》――その名の通り、迷い込んだ者の足を止めると言われる魔獣の巣窟。


周囲の空気は異様に重く、木々の枝からは不自然なまでの静寂が降り注いでいた。

鳥も虫も声をひそめ、ただ、風だけが冷たく這うように流れている。


「……来るか」


レオンが一歩踏み出した瞬間――

地面が裂けるように唸った。


飛び出してきたのは、全身を黒い甲殻で覆った《裂牙獣》。

体高はレオンの倍以上、鋭い前脚が空気を切り裂く音を立てる。


「速っ――!?」


ぎりぎりでかわした一撃。だが、その速度はこれまでの魔獣とは一線を画していた。

刃を滑らせるような攻撃の連続に、レオンはまともに反撃できない。


「これまでの魔獣とは……“格”が違う!」


かろうじて一撃を叩き込んでも、厚い甲殻がそれを弾く。

魔力を帯びた剣の斬撃すら“かすり傷”でしかない。


焦りが喉を焼き、汗が額を伝う。


「これが……止まりの森の魔獣か」


そして彼の背後で、リュミエルが息を呑んでいた。


「レオン……今の、まだ下級の魔獣だよ……」


「……マジかよ」


レオンは肩で息をしながら、歯を食いしばる。


だが――


(こんな奴を、喰らえれば……きっと、もっと強くなれる)


傷だらけの剣を構え直し、再び跳び込む。

恐怖と、興奮と、渇望が、同時に胸を満たしていた。


魔獣の咆哮が森に響き渡る。

だが、レオンの目は冷静だった。

彼は剣を納め、腰に差していた“料理用のナイフ”を手に取る。


「……魔獣相手なら、こちらの方がやりやすい」


魔獣が跳躍する。

大地が揺れ、巨体が空を裂く――その瞬間。


レオンの姿が、ふっと掻き消えた。


次の瞬間、魔獣に一閃。

「――関節の切り離し」


魔獣の前脚がその場に崩れ落ちた。


「――腱の断裂」


もう一閃。後脚の動きが止まる。


魔獣が雄叫びを上げてのたうつが、その巨体にレオンは跳び乗る。


「――最後に血抜き」


薄く、鋭く、力を入れずに滑らせるだけ――

包丁職人の研ぎ澄まされた技術が、魔獣の首を正確に裂く。


「仕込み完了、っと」


ズン、と地響きと共に魔獣が崩れ落ちた。


リュミエルが唖然として言葉を失う。


「な、なに今の……何したの……?」


レオンはナイフについた返り血を拭いながら、静かにうなずいた。


「食材と変わらない。動きと構造が分かれば、解体は造作もない」


森の中でひときわ強く香る血の匂い。

その中でレオンは静かにつぶやく。


「料理人として、研いできた包丁技術……こうして使うとはな」


その目には、かつて見せた温かさはない。

ただ、研ぎ澄まされた覚悟だけがあった


レオンは、倒した魔獣の肉を見下ろし、唇の端をわずかに吊り上げた。


「……これは初めて見る構造だな。筋繊維の並びも、常識とは違う」


血の匂いと共に広がる野生の香り。

異形の肉塊にすら、料理人としての本能が疼く。


「ここで火を使って調理するのは危険すぎる。焼けないなら……それ以外で旨味を引き出すしかない」


レオンはすぐに周囲を見渡し、森の中でも使える“調理環境”を整え始めた。


まず、岩場の冷気が集まるくぼ地を探す。そこに魔獣の肉を置き、野草の葉で包み、流水で冷却。


さらに、香りの強い葉と、かすかな甘味を持つ木の樹皮を削り、肉に巻き付けて寝かせる。天然の発酵を応用した即席の漬け込み技法だった。


「熱を使わなくても、旨味は“引き出せる”。……料理に火は必須じゃない」


仕上げには、森に入る前に作った即席のソース添える。

独特な香りが森の空気に溶け、どこか深い静けさの中に食欲を呼び起こす匂いが広がる。


レオンは一口、肉をかじる。


「――驚くほど、柔らかい」


旨味が舌に広がると同時に、体内に何かが走った。


魔獣の特性――音を感知する感覚が、じわりとレオンの五感に染み込んでくる。


「……やっぱり、お前は“食材”としても逸品だったな」


彼は満足げに目を細めながら、残りの肉を丁寧に包み込んでいった。


「美味しい!やっぱレオンは凄いよ!!」


リュミエルも大喜びでバクバクと肉を頬張っていた。


だが、レオンの全身に、雷が落ちたような衝撃が走る。


「――ッ、ぐぅ……!」


次の瞬間、彼の身体は弓のように反り返り、膝が崩れ落ちる。


「どうしたのレオン!まさか毒とか!?」


「……違う。僕のスキルでこの魔獣の力を吸収してるんだ」


全身の血が逆流するかのような熱。心臓が鼓動ではなく“爆ぜる”かのように脈打ち、肺が焼けるように喘ぐ。


「これは……何だ、力が……違いすぎる……ッ!」


視界が揺れ、地面が歪む。

全身の細胞が無理やり書き換えられるような違和感――いや、“痛み”とも呼べぬ激変。


骨の軋む音が響き、筋肉が膨れ、神経が光に焼かれるような感覚に襲われる。


これまでに喰らってきた魔獣とはまるで違う。

この力を受け入れるには、体も、心も、まだ未熟だったのかもしれない。


「だけど……僕は……負けないッ……!」


レオンは地面を握りしめ、噛み締めた歯から血が滲むのも構わず、ひたすらに耐えた。苦悶と共に身体の奥底で、確かな“進化”の感触が芽吹いていく。


やがて、震える指先が、ゆっくりと力を取り戻す。


「……はぁ、はぁ……取り込んだぞ……力がみなぎってくる」


その瞳には、かつてなかった鋭さが宿っていた。

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