月の雫
「月の雫?それがあれば……俺の顔を治すことができるんだな?」
リュミエルはうなずいたあと、ほんの一瞬、視線をそらした。
「でも……その蜜が咲く場所は、“森”じゃない。“魔境”だよ。
時間がほとんど動かず、“止まりの森”。あの森の魔獣はこの辺の魔獣とは比べものならないほど強いよ」
「だから、俺に言わなかった?」
「……そう。あなたがそこに行けば、戻ってこれないって思ったから」
リュミエルはそっと微笑んだ。
「料理をしてたときのあなたの顔、ちゃんと見てたんだよ。
あったかくて、優しくて、誰かを笑わせながら……自分も少し笑ってた」
リュミエルは静かに続ける。
「でも、魔獣を狩るときのあなたの顔も……ちゃんと見てた。
すごく、すごく怖くて、何かを飲み込んじゃいそうな顔だった」
レオンは黙って聞いていた。
否定も、言い訳もしない。ただその言葉を受け止めるように。
「でもね、どっちの顔も……“あなた”なんだと思う」
リュミエルはそっと羽をたたんで、レオンの肩に降り立った。
「……俺のことを、ちゃんと見てくれてたんだな」
「うん。だから、《月の雫》を取りに行くなら、ひとりでなんか行かせないよ」
「ありがとう、リュミエル。……お前がいてくれるなら、俺は迷わない」
レオンは肩の小さな妖精に、確かに伝えるように頷いた。
そして、夜が明ける。
“止まりの森”――
時間が淀み、凶悪な魔獣たちが住まう地。
そこへ向かう道を、レオンはリュミエルと静かに歩き出す。