妖精たちとの平穏な日々
「リュミエル〜! また人間つれてきたの〜!?」
「えっ!? ほんと!? 人間!? しかも男!? レアーッ!」
草むらの影、花の上、木の枝の先――
どこからともなく現れた小さな光が、次々とレオンを取り囲んでいく。
「うわ……増えてる……」
レオンは思わず一歩後ずさる。
手のひらサイズの妖精たちが、目をキラキラとさせながらじーっとこちらを見ていた。
「リュミエル、この子、なにができるの? 歌う?飛べるの?」
「違うよ〜! この人ね、“めちゃくちゃ美味しい料理”を作るの! ねっ、レオン! はい今すぐ作って!!」
「いや、なんで!? 今!?」
「おなかすいてるの〜!」
「さっき食べたでしょ! 」
「でも、“おいしいごはん”は別腹〜〜〜!!!」
「その概念、誰に教わったんだよ……」
レオンは大きくため息をついたが、周囲のキラキラした視線にじわじわ押し負けていく。
「……はぁ、わかったよ。少しだけな」
「わあああああい!!!」
「ごちそうだー!」
気づけば、即席のテーブルとイスが用意され、
妖精たちはわくわくと待機していた。
レオンは背負い袋を開き、野草と干し果実、持ち歩いていた香草ときのこを組み合わせて、
甘塩っぱい妖精サイズのスープ煮を作り始める。
「……こんなに小さい鍋で作ったの、初めてだな」
「わぁあぁぁ! いいにおいぃぃぃ!!」
「はやくはやくはやく! 熱いうちにくちに!!」
ひとくち食べた瞬間――
「……んまっ!!!」
「これが……これが伝説のうまうま!!」
「レオン! 明日も! 明後日も! 一生分つくって!!」
「はい無理〜〜!!」
レオンの返答に妖精たちは「ええ〜〜!」と叫びつつも、口いっぱいにスープを含んで幸せそうだった。
そんな様子を見て、リュミエルがにっこり笑った。
「ね? レオンはやっぱり、妖精界一の料理人だよ」
「……勝手に就任させるな」
「ふふ、でもあなたの料理はほんとうに不思議。
お腹が満たされるだけじゃなくて……心があったかくなるの。ただ美味しい料理を作るだけなら
この世界には連れてこないわ」
レオンはしばらく黙ってから、小さく微笑んだ。
「……そう言ってもらえるなら、作ったかいもあるってもんだな」
こうして、レオンは妖精たちの料理人として、
少しにぎやかで、とても優しい日々を過ごし始めるのだった。
妖精の森に入り1週間がたった。
妖精たちの歓声と、ふわふわと舞う光の中。
小さな鍋の中で、スープがぐつぐつと音を立てる。
レオンはそれをかき混ぜながら、ふと指先の動きが止まった。
(……こんなふうに料理を作るの、いつ以来だろう)
妖精たちの無邪気な笑顔。
香草の香り、焦がさぬように火加減を調整する感覚。
そして、誰かの“喜び”のためだけに鍋を振るう、この感触。
記憶の奥で――柔らかく笑う彼女の顔が浮かぶ。
妖精たちの小さな集落に、今日も香ばしい香りが立ちのぼる。
レオンは野草のペーストを焼きたての根菜に塗り、小さな葉の皿に並べていく。
器用に作られた“妖精サイズ”の料理は、味も見た目も完璧だった。
「やっぱりレオンのごはん最高〜〜!!」
「おかわり! もう三回目だけど!!」
無邪気な声が飛び交い、レオンは肩をすくめながらも、口元を緩めていた。
(……料理ってのは、やっぱりいいもんだな)
喜ぶ顔を見るために作る料理。
それは、彼が心を取り戻す時間でもあった。
だがその夜。
月が高く昇った静寂の森に、もう一つの“彼”がいた。
「――いたな」
森の奥。
黒く膨らんだ影のような魔獣が大地を踏み鳴らして唸る。
レオンは無言で短剣を構える。
戦いは、静かに始まり素早く終わる。
魔獣が倒れると、レオンはその肉に触れ静かに呟いた。
「喰わせてもらうよ。君の力は、さらなる力を得るために」
(料理だけじゃ、守れないものもある)
かつて奪われたすべてを、ただ取り戻すために。
翌朝、レオンはまた妖精たちにスープを振る舞っていた。
昨夜のことなど何もなかったように。
妖精たちがスープを飲み干し、満足そうに空を舞う。
リュミエルはレオンの肩にちょこんと座りながら、うっとりとため息をついた。
「やっぱり、レオンのごはんってすごいよねぇ。
あったかくて、やさしくて、なんだか安心しちゃう……」
レオンは笑っていた。
確かに、こういう時間は嫌いじゃない。
誰かのために作り、誰かが笑う――それだけで、生きていていい気がする。
(けど……)
ふと、鍋の底を見つめる。
湯気の向こうに、かつての仲間たちの顔がよぎった。
自分を侮辱し、追放し、笑った顔。
「でもな、それでも……“憎しみ”は消えちゃいないんだ」
レオンは立ち上がった。
焚き火のそばにあった短刀を、しっかりと鞘に収める。
「魔獣を狩る。喰らう。そして、力を得る」
リュミエルが、静かに彼を見つめる。
「レオン……前に顔の傷を治す方法を探してるって言ってたよね」
「……ああ。顔を声が直せれば、別人として街へ戻れるはずだからね」
リュミエルはそっと膝の上に座り、声を落とす。
「……じゃあ、教えてあげる。妖精に伝わる秘薬”を。古い記憶にしか残っていない、特別な癒しの薬。
《月の雫》のことを」




