妖精との出会い
レオンは立ち上がり、水辺に近づく。
冷たい水で顔を洗い、鏡のような水面に映る自分の顔を見つめた。
焼け爛れた頬。
かつての自分とは、まるで別人のような姿。
だが、目だけは、変わっていなかった。
諦めを知らず、悔しさを燃料に前へ進もうとする目。
「(まずは、“この顔”と“声”を治す。そこからだ)」
ただの治癒魔法では無理だと知っていた。
だが、この世界にはまだ知られざる秘薬や、失われた古代の術、魔獣の特性を使った再生法が存在する。
それを探し出し、取り戻す――それが“再起”への第一歩。
「情報が要る。金も要る。そして……協力者も」
一人では限界がある。
だが、レオンはもう、かつてのように“助けを乞う”つもりはなかった。
必要なのは対等な契約。
“喰らう者”として得た力で、他者に価値を示し取引を成立させる。
焚き火の上で、小さな鍋がぐつぐつと煮えていた。
木の実の酸味と野草の香りがほんのりと混じり、レオンはそれをスプーンで軽くかき混ぜる。
「よし、これで一応……形にはなったか」
と、ふわり。
風でもないのに空気が揺れた。
次の瞬間、耳元にふっと光が灯る。
「ねえ、それ……何つくってるの?」
その声は、鈴の音のように軽やかだった。
レオンが顔を上げると、目の前に、
手のひらほどの小さな存在が、ふわふわと浮かんでいた。
髪は星屑のようにきらめき、羽根は光を透かすように揺れている。
いたずらっぽく笑うその瞳が、スープに吸い寄せられるように揺れた。
「……君は……」
「わたし? 妖精だよ。名前はリュミエル!」
「妖精……って、本当にいたのか」
「いるよー。でもふつう、人間には姿を見せないんだけどね。
そのスープ、すっごくいい匂いだったからつい出てきちゃった!」
レオンは驚きながらも、笑みを漏らす。
「……食べたいのか?」
「うん!」
あまりに素直な返事に、レオンは木の器をひとつ取り出し、少しだけすくって差し出した。
リュミエルは器の縁にちょこんと腰掛け、小さな手で湯気をはらいながらそっと一口
「……おいし……!」
その瞳が大きくなり、ぱあっと笑顔が咲いた。
「ねえ、あなたって料理人? ねえねえ、ずっとここにいてよ!」
「さすがに“ずっと”は無理だな。でも……」
レオンは、ふっと空を見上げる。
「少しくらいなら、いいかもな」
だがリュミエルは、うれしそうに羽をきらめかせながら、
レオンの肩にふわりと降り立って囁いた。
「じゃあ決まりだね。今日からあなたは――“わたしの料理人”!」
勝手な事をいう妖精に飽きれつつ、自分の料理をほめられた事に悪い気はせず
彼女の言う事に従うことにした
「こっちこっち! 遅いよ、レオン!」
レオンは軽く笑いながら、その小さな背中を追いかけていた。
リュミエルの羽は月の光を浴びて、淡くきらめいている。
「どこへ行くんだ?」
「ふふっ、まだナイショ。でも、ぜったい気に入ると思うよ。
“私たちの時間”を感じられる場所だから」
森の奥へ進むごとに、空気が変わっていく。
音が遠ざかり、風も柔らかくなる。
まるで、空間そのものが歪んでいるような静けさ。
やがて木々がぱっと開け、目の前に現れたのは
淡い光を帯びた、緑の大地だった。
丘が波打つように連なり、空には雲ひとつない。
花は風に吹かれず、それでも咲き誇り、
川は音を立てずに流れ、魚は水のなかでまどろむように泳いでいる。
「……ここは?」
「妖精の世界だよ」
リュミエルがくるりと宙を舞いながら言った。
「人間の世界とちがってね、ここでは時間がとてもゆっくり流れるの。
たとえばあなたがここで一日過ごしても、外ではほんの数分しか経ってないの」




