魔獣の森
朝霧が立ち込める街の中心広場は、群衆のざわめきと罵声で埋め尽くされていた。
鎖で繋がれたレオンが衛兵に引き立てられ広場を通過する。
彼の顔には衛兵の暴力による痣が浮かび服は破れていたが
瞳には不屈の意志が宿っていた。
ギルドの役人ガストンの宣告が、冷たく響く。
「レオン、反逆と詐欺の罪により、汝を魔獣の森に追放する。異議は認めん。」
群衆の嘲笑がレオンを飲み込む。
衛兵が彼を街の門へと連行する中、フローラは広場の端、群衆の影に立っていた。
簡素な灰色のドレスに身を包み、髪にはかつてレオンが贈った花の髪飾りが揺れる。
彼女の手は震え、胸に押し当てられた拳は白くなるほど強く握られていた。
「……さようなら、レオン」
声は震えていたが、はっきりと聞こえた。
「私は、あなたを……信じたかった。でも、もう……」
フローラは唇を噛み、視線を逸らさない。
「過去のあなたは、もういない。
なら、私も……ここで、終わりにするわ」
彼女の拳が、胸元で固く握られていた。
何かを堪えるように――フローラの目から、涙がこぼれる。
彼女は群衆に気づかれないよう、袖で顔を覆う。
「……フローラ。僕は必ず自分の潔白を証明する。
全部明らかにして、真実を掴んで――もう一度、この街に戻ってくる」
衛兵が焦れたように腕を引いた。
だがレオンは振り払うように踏み出し、最後の一言を投げた。
「今は信じられなくてもいい……
でも、もしほんの少しでも信じてくれる日が来たら――
そのときは、笑って迎えてくれ。何も言わなくていい。ただ、それだけでいい」
フローラは答えなかった。
けれどその瞳は、まるで言葉の代わりのように、レオンをまっすぐ見つめていた。
背後から低く響く声がした。
「別れは……言えたようだな」
その声に、フローラの肩がびくりと揺れる。
振り返れば、ロイドがいた。
白銀の鎧に身を包み、髪をかき上げながら、どこか皮肉げな笑みを浮かべている。
「……ロイド。いつから?」
「君がどんな顔をするのか、少しだけ気になっていてね」
そう言いながらも、ロイドの瞳はフローラの細かな変化を逃さず捉えていた。
――震える手。
――歯を食いしばった唇。
――逸らされた視線の奥に残る、ほんの微かな“ためらい”。
(まだ揺れている……あの男に、心の一部を残したままか)
ロイドは表情を変えず、穏やかな声で続けた。
「君は強い。自分の手で過去と決別できた。
それは、誰にでもできることじゃないよ」
フローラはただ黙って頷く。
その瞳の奥に、未練の光が微かに残っていることを、ロイドは見逃さない。
(その未練も、やがて消えるさ。俺が塗り替えてやる)
「これからは……俺が君の傍にいる。安心していい」
ロイドは、まるで恋人を気取るように、フローラの肩に手を置いた。
フローラはその手を拒むことも、受け入れることもできず、ただ小さく目を伏せた。
レオンは衛兵に押され、街の門を越える。
そして魔獣の森へと連行される。
彼は粗末な剣と水袋を渡され、魔獣の森の入り口で鎖を外される。衛兵が冷たく告げる。
「進め。戻れば即刻処刑だ。」
レオンは振り返り、遠くに霞む街の灯を見つめる。
フローラの姿はもう見えないが、広場での彼女の震える瞳が脳裏に焼き付いている。
「フローラ…僕は生きて戻るよ」
レオンは剣を握り、森の闇を睨む。
森に対する恐怖はあったがそれ以上の憤怒が彼を支配していた。
さらに封印していた力が疼き始める。
彼のスキル――魔獣を料理して食べることでその力を吸収する能力。
その名も「饗魔転生」
レオンの故郷は、幼い頃、巨大な魔獣に滅ぼされた。
あの時、家族も友も全てを失い、彼は魔獣への深い嫌悪を抱いた。
スキルを発見した後も、魔獣の力を取り込むことは、憎むべき敵と同化するようで耐えられなかった。だからこそ、彼はこれまでその力を封印してきた。
これまで冒険者として使ってきたスキルはこの能力の一部に過ぎず
調理した料理を仲間に食べてもらう事で彼らの能力を一時的に底上げしていたにすぎない。
生き延びるためには手段を選んでいられない。彼は封印を解く決意を固める。
魔獣の森を進むとすぐに狼のような魔獣が襲ってきた
体長は馬ほどもあり、牙と爪は鋼のように鋭い。レオンは剣を構え息を整える。
「来い…僕は負けない」
魔獣が飛びかかる。レオンは咄嗟に横に転がり
剣を振り上げるが、刃は魔獣の厚い毛皮をわずかに切り裂くだけ。
魔獣の爪が彼の肩をかすめ、鋭い痛みが走る。
血が滴るが、レオンは歯を食いしばり、反撃する。
彼は料理人としての観察力を活かし、魔獣の動きを読み始める。素早い突進、左へのフェイント――その癖を見抜き、レオンは木を利用して魔獣を誘導。
魔獣が突進した瞬間、剣を喉元に突き刺した。魔獣は咆哮を上げ、倒れる。
レオンは息を切らしながらその死体を見つめる。
嫌悪感が胸を締め付けるが、彼はナイフを取り出し、魔獣の肉を切り取る。
「こんな汚い力…使いたくなかった。だが、生きるためだ。」
調理道具などはない。料理するといっても今は焼く以外の方法がなかった。
魔獣を丁寧にさばき。肉を焼いて口に運ぶ。瞬間、体内に熱い力が流れ込む。
魔獣の敏捷さと力が彼の身体を強化し、目が鋭く光る。
「...これが僕の本当の能力か。力がみなぎってくるのを感じる」
レオンは立ち上がり、森の闇を睨む。
「足りない・・・こんなものでは僕の飢えは満たされない」
魔獣の森は魔獣だけでなく環境そのものが敵だった。
昼間でも光が届かず、湿った空気は体力を奪う。
食べられる植物は少なく、水源は魔獣の縄張りに囲まれている。
レオンは水袋を節約しながら飲んでいたが、このままでは水が尽きるのも時間の問題。
「まずは水を何とか確保しないと・・・どこか魔獣の縄張りでない水源を見つけるしかないか」




