「たぶん、きみは忘れてるけど」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
お風呂あがり、ベッドに転がって、天井を見上げながら、
今日のいろいろをぽつぽつと思い返す。
――ブランコの達人と呼ばれたことよりも、
“あのとき蓮が言ったあの言葉”が、じわっと心に残ってる。
荻野目 蓮
スマホを充電器に差しながら、
寝る前に陽葵とのトーク履歴をスクロールするのが日課。
ふと浮かんだのは、小さい頃の陽葵のある一言。
――本人は絶対忘れてるだろうな、と思いながら、
なんとなく、その言葉が今もずっと胸にある。
【こんかいのおはなし】
ベッドの中、
電気はもう消して、
スマホの画面の光だけが
部屋の天井に反射してる。
《おしるこ、また今度リベンジしようねー》
《おう。クロノにも報告しとけ》
《まかせて!クロノはうちの情報屋だから》
《……陽葵が寝ぼけて言ったの、メモしてんじゃないかな》
くすっと笑いながら、スマホを置く。
まぶたを閉じると、
今日の風景がゆっくり浮かんでくる。
――ブランコの音。
――子どもたちの声。
――となりで、蓮が静かに笑ってたこと。
「……あのときも、そうだったなぁ」
たぶん、小2くらいのとき。
わたしが泣いてたとき、
蓮が言ったの。
「陽葵って、泣いてても風の音聞くの好きだよね」
やさしくて、
不思議で、
泣くのを忘れそうになるような声だった。
――あの一言、
蓮は絶対覚えてないと思うけど。
わたしは、あれで気持ちがすっと楽になったから、
今でも風の音が好きなんだと思う。
静かな夜の風が、
カーテンを少しだけ揺らした。
「……おやすみ、蓮」
同じ頃、
別の部屋でスマホを伏せた男の子も、
天井を見上げていた。
――たしか、小さいころ。
陽葵が、一生懸命ブランコこいでたとき、
こっち見て叫んだ。
「見てー!あたし、空まで届くかもー!」
夕焼けがにじむ時間だった。
本当に飛んでいきそうで、
ちょっとだけ心配になったのを覚えてる。
今思えば、あれって、
“誰かに見ててほしい”って気持ちだったんだろうな。
だから、
いまも、ずっと見てるんだと思う。
「……陽葵って、全然変わんないな」
カーテンのすきまから覗いた夜空に、
ふっと、微笑んだ。
「……おやすみ」
ふたりの部屋には、
同じような静けさが広がっていた。
言葉にしなかった記憶たちが、
胸の奥で、そっと手を振っている。
【あとがき】
“たぶん、覚えてないだろうな”って思いながら、
ずっと覚えてる言葉。
それは、もう“心の一部”になってる証拠なんですよね。
言わなくてもいい。けど、言葉にしたら、
もっと好きになっちゃいそうな夜でした。