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38  作者: 碧ヰ 蒼
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第一幕:過積載思考オーバードライブ④

カクヨムでも投稿してます。カクヨムの方が更新早めです。

ぜひよろしくお願いいたします。


https://kakuyomu.jp/users/aoaoaowi


⇩⇩⇩それでは本編始まります⇩⇩⇩

 ところどころ錆びた金属ラックが十畳ほどの室内を囲うように配列されており、そこには古びたDVDや、まだビニルの匂いが漂うブルーレイなどが整然と並び、部屋の奥にある一段だけ上がった舞台染みた場所にマイクスタンドとマイクが燦然と輝いていた。

 「おっ。部活見学? 入って?」

 長髪を後ろでまとめたスタイリッシュな男が、笑顔で手をこまねいている。ドアの前で突っ立っているのも失礼かと思い、ひとまず入室するのだが、少しばかりの違和感が脳裏をよぎる。

 空気感が著しく明るい。こんなことを言ったらダメなのかもしれないけど、もっと陰りのある人物たちが鼻息を荒くしながら、漫画やアニメについて熱い弁論をしているものだと思っていた。が、それはすぐに誤解だと分かった。

 「ふ~ん、男女コンビか。いばらの道だねえ」

 金髪おかっぱ頭の女子学生にこんなことを言われた段階で、察しの良い彼は感じ取っていた。ここは想像していた漫研ではないのだと。

 「あ、部屋間違えました~。失礼します」

 「ダメダメ。入ったからにはちょっとだけでも見学していってね」

 いつの間にか背後に移動していた長髪の男が、ドアの前に立ちふさがるようにして仁王立ちしている。その威圧感といったら―いや、特に圧は感じない。ただただ山の如き不動を体現しているだけであって、にこやかな表情と柔らかい口調がこちらの固まった心をほぐしてくるようでもあった。

 「はい、じゃあキミたちはここ座って。損はさせないから」

 まとめられた髪を揺らしている男が、舞台と正対するように二脚の椅子を設置すると、彼らの肩を持って半強制的に椅子へと座らせて、袖へと掃けていく。袖とは言っても狭い室内という性質上、部屋の端にはなってしまうのだが。

 「なあなあ、これって今から漫才すんのとちゃうか? もしかして、それ知っててウチにわざわざ漫研を見に行くって言うてくれたんか?」

 「そんなわけないだろ。俺はちゃんとした漫研に行きたかったのに…」

 なにやらあらぬ勘違いが発生しているらしかった。これではまるで彼女のためにサプライズ的についてこさせたように思われてしまうではないか。当然、そんな意図は全くないわけで、もし仮に、百歩譲って、彼女のためにそうするのであれば、この集団のことを伝えるだけに留めるだろう。その方が彼女のためになるのだし。

 「ほんまはウチと漫才したいっちゅうこっちゃな! な!」

 勘違いした脳内にはもはや彼の言葉は届いていないようで、薄暗い室内でも輝く黒瞳が煌いている。いやしかし、彼女の誤解を解くためには、フリがいささか効きすぎているというのも事実だった。

 屋上ではコンビ申請を断り、その後に付き纏われても断り続け、ついに道を分かとうとこちらから言ったのに、こんな状況を生み出してしまったのだから。

 「ようこそ漫才研鑽会、略して漫研へ。そっちの男子は見事に引っかかってくれたみたいでとても満足してるよ」

 「ほんと、おかげで毎年一〇人くらいは引っかかてくれるんだよね。みんな文字読まないから」

 そしていつの間にやらマイクをセンターに挟んでいた長髪と溌剌の男二人組が、『大城大河おおしろたいがです』と告げて小粋なトーンで話し始めており、それを皮切りにネタへと移行していた。ネタの内容は「人間あるある」を題材にした関東しゃべくり漫才で、お互いの揚げ足を取っては返してを繰り返し、そのうちにヒートアップしてきた二人の放つ熱は部屋中へと散りばめられ、狂気にも似た正気の沙汰を放ちながら、最後には肩で息をして頭を下げていた。

 「おもろいな! ええネタやったな!」

 「お、おう…」

 万雷の拍手を彼らに送りながら言う。

 拍手を浴びた二人が袖へと掃けると、次に出てきたのは目尻の下がったやる気の無さそうな金髪おかっぱの女子と、教室に居ても存在が希薄そうな眼鏡おさげの女子。

 『ゆっけいじり』と名乗った二人は、大喜利系漫才コントを披露してくれた。大型商業施設に来たという設定から始まり、金髪のボケに対して、おさげ女子が終始慌てふためくと言ったスタイルで展開されていく。

 「そろそろやめさせてもらいまーす」

 と、金髪女子の気の抜けた声が漫才の終わりを告げ、気付いたら笑顔で拍手を送っていた。

 「ごっつおもろかったな! ええもん見させてもろたな~」

 春川が同意を求めてくるが、こちらが相槌を打つよりも前に、漫研の人らが間に割って入ってきた。彼女の方には『ゆっけいじり』と名乗った女性コンビが、自分の前には『大城大河』と名乗った男性コンビがそれぞれ満面のドヤ顔で感想を待っているようだ。

 「俺、大城勇将おおしろゆうしょう。こっち大河ね。で、ネタどうだった?」

 まとめた髪を傲慢に揺らしながら大城が聞いてきた。

 彼のセリフを文字起こしだけで読んだなら、不愛想という感想を抱くには十分なのだが、実際には不愛想というより、傲慢でありつつもユーモアのある声質が彼の文言の自律性を援助しており、それを強調するかのように、顔面には不遜にも思えるけれど憎めない微笑みが磔にされていた。

 ちなみに個人的に、誰かから感想を聞かれた時は「面白かったです」という一言を終始一貫して使うようにしている。これは別に波風を立てたくないということではなく、お笑いに対してはそういう接し方をすると決めているからこそのリスペクトでもある。

 「まあ大城さんは素で面白いっすからね。おかげでネタ書くのも楽っすよ」

 大河と紹介された闊達そうな茶髪の青年がイタズラな笑みを浮かべて言う。

 本名は、真島大河ましまたいがというらしい。そんな彼からは漫才をしている時と同様に、全体から滲み出る余裕のオーラが独特の空間を生み出していて、内容の薄い話でも聞き入ってしまいそうな魅力が放たれている。

 しかし、オーラというと些か具体性に欠けるので補足をするのであれば、いや主観的補正をするのならば、彼はイケメンであった。目鼻立ちの整った顔面にくわえて、親しみやすい距離感に、周囲よりもワントーン明るい声質。それらが彼の性質をより引き立て合っているようだった。

 「いつもあんな感じなんすよ? 困っちゃうっすよね~。イジリ甲斐があるとも言えるっすけど」

 「おい大河。一応先輩なんだけど、俺」

 「先輩アピールとかいいっすから。もう手遅れっすよ」

 「なんでだよ! お前はいつもいつもそうやってイジリやがって! 今日という今日は怒ってやろうか!」

 「なんで提案なんすか。普通はもう怒ってるとこでしょ」

 顔を真っ赤にした大城を見るに、今の発言は素でやったものだとわかった。

 愛すべきポンコツと、そのポンコツを修正する愛嬌のある後輩。取っ組み合いではなく、あくまでも舌戦を繰り広げているところを見るととても仲の良いコンビらしい。

 そして、先輩面をしたい大城に威厳があるかといえばまったくない。しかし、それはそれで良いポイントなのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、早々に感想を聞かれることをやめられてしまった自分が、今とても居心地の悪い状態にあることに気が付いてしまった。放置プレイは趣味ではないというのに。いや、今まさに目の前で「後輩に煽られる先輩」という面白い状態が続いているのは事実なのだが、いかんせんアウェーの場所で放っておかれるというのは、どうにもやきもきするものだ。

 「ちょっと大城部長! こんな可愛い子を放っておくなんてどうかしてるんですか!」

 金髪おかっぱの女子が「ごめんねー。あんなコンビ放っておこうねー」と言いながら手を引っ張ってくれる。と、次の瞬間には全身が柑橘系の爽やかな香りに包まれていた。

 俺はその時、人生で初めて女性のみが与えられた柔らかさを知った。これほどまでに優しく温かみに溢れたものが人体に付属しているとは、なんとも珍妙な気分になるのだけれど彼女の持つ柔和な世界に囚われてしまっては、もはやそこから抜け出す術はなかったのだった。

 「ちょ、ちょっと! なに、な、ななにやってるんですか!」

 訂正。抜け出す術はなくともしっかりと理性と自我は生きていたので、結果的に抜け出すことには成功したけれど、いきなりの抱擁に戸惑いを隠せず顔を真っ赤に蒸かしあげてしまった。

 「あ~ん、焦ったとこも可愛い~。ねえ彼女いる? もしかしてエミちゃんと付き合ってたりする?」

 妙に間延びした語尾が鼻につくのだが、それがコロンの香りをあおってくるようでもあって、煽情的な彼女の容姿を遺憾なく引き立てている。くわえて、局所的な膨らみが著しく激しいこともあって、一人の青年はだらしないまでに鼻の下を伸ばしていた。言うまでもなく俺である。

 「そうだ。私、芸名は『キング』で本名は池尻冬優いけじりふゆね~。まずはお付き合いから始めてみる?」

 「あんた年下好きもいい加減にしなさいよ? 年下なら誰でもいいのかって」

 そんなだらしない彼をも一喝するように、麗らかだが張りのある声が少々ばかり艶やかになっていた場を制してきた。

 「ごめんね。この子、ただの変態なの。許してあげて」

 漫才中に『セナ』と名乗っていた少女が自己紹介がてら、少し下にずれた眼鏡の位置を直しながら言ってくる。一見すればあだ名は「委員長」と呼ぶに相応しいようだけれど、いかんせん広瀬夏海ひろせなつみと名乗った彼女の放つ存在感が異質であった。

 意志の強そうなこげ茶色の瞳はタイガーアイのように輝き、おさげが揺れただけだというのに、そこにおのずと視線が吸い寄せられ、発せられた言葉はまるで魔法のように耳へと侵入してきて、子守歌のごとく全身を包み込んでくる。そしてそれらが全て違和感として脳内を支配してくるのだ。

 「変態とは心外だよ~。まだ処女貫いてるし~」

 「それは性的対象に著しく問題あるからでしょう?」

 「それも心外だな~。私は幼くてあか抜けてない顔が好きなだけであって、ショタコンなんかじゃありませ~ん」

 「その好みこそがショタコンと呼ぶに相応しいのよ。いっそのこと犯罪する前に捕まりに行ったらどう?」

 「自主的自首ってことねー。…う~ん、なんかもっと良い言い回しないかな~」

 いまだ多少の動揺が身体に襲ってきていたものの、こちらの二人も自分たちの世界に入ってしまったようで、それを眺めているうちに落ち着いてきた。

 春川もアオイへの突然の抱擁に目を丸くして驚いていたようだったが、先輩たちのネタ合わせのようなものを見ているうちに我に返ったようで、こちらに話しかけてきた。

 「ウチ、ここ入るわ。アオイはどうや? 一緒に漫才せえへんか?」

 その言葉に少しだけ心が動いてしまっている自分がいる。

 それはきっと、魂同士がぶつかり合っているかのような、熱い漫才を見てしまったからだ。それはきっと、知性とセンスが溢れるような、興味が湧いてきて堪らないクールな漫才を見てしまったからだ。

 冷熱入り混じる熱狂が、今も頭の中で反芻されている。

 今日ほど自分の冷静すぎる性分を恨んだことは無い。熱狂に浮かされて身を投じられる人間だったらどんなに良かっただろうか。このまま春川とコンビを組んで、先輩たちのように楽しく漫才ができたのなら―――。

 ジワリ、と脳裏に苦い記憶が蘇ってくる。今となっては遠い昔の思い出話。だけれど、拭い去るには海馬に染みこみすぎた負の感情が。

 「俺は…いいよ。悪いけどやっぱり俺にはできない」

 「そっか。ほな、ひとまずウチ一人で頑張ってみるな」

 「ああ、頑張ってくれ。…って、ひとまず?」

 「コンビに誘わんとは言うてへんやないの。なにを勘違いしとんのよ」

 「いや、俺はほんとに…」

 「まあ誘い続けるから、気が向いたときにしよや。それでええやろ?」

 彼が言葉を続けるよりも前に春川が言う。全部を言わせまいとしたその態度は、高慢とも強欲とも、はたまた嫉妬とも取れるようでもあるが、その感情は勇ましく変換されて彼へと伝播したらしく、さしものアオイも納得の頷きと諦観の溜め息を示すしかなかった。

 「あれ~、アオイくんは入らないの? エミちゃんとコンビ組んでるんじゃないの?」

 池尻先輩こと芸名『キング』さんが、呑気な言葉尻とともに会話に割って入ってくる。いったいいつからどの程度の会話を聞いていたのか。さっきまで相方と話していたのに。

 「アオイは天邪鬼なんです。誘えば誘うほどコンビ組んでくれんようなるんですわ」

 「そうなの? じゃああんまり『好き好き』言うのも考えないといけないか~」

 「それは普通にやめなさい。ね、アオイくんも困っちゃうよね?」

 「い、いえ、好意は普通に嬉しいですよ」

 彼の人生で女子三人に囲まれるという経験は今までになく、それも興味の矛先が自分に向いているともなると、少しばかりの男心が強がりを見せるには十分すぎる状況でもあった。まあ要するに、理性よりも欲求が勝っただけだ。

 「じゃあ付き合って~」

 「ちょ、アオイくん? 本気で言ってるの?」

 彼の返答に目の色をピンクに変えた池尻先輩が食って掛かり、瞳を丸くした広瀬先輩がなだめるように言ってくるのだが、

 「あ、やっぱり今のなしで。ついでに漫研に入れられそうなので…」

 彼女らの異様なまでに対立した空気感が、彼の思考を現実へと引き戻したのか、気まずい空気を纏いながら言った。

 「な~んだ~。期待させちゃってさ~」

 「言うたやないですか~。アオイは押すと引いて、引くと押し返すんですって」

 「よかった…アオイくんに正常な思考回路と理性が残っていて」

 いまだ囲まれた状況で、なおかつ話題は彼のことばかり。春川は彼を知ったようなことを面白おかしく言っているし、それに対して二人は笑ったりツッコんだりしている。この状況は感じ方によってはイジメと言っても差し支えないのではないだろうか。性癖が受け身な人にはご褒美なのかもしれないが、やはり彼自身はMではないので羞恥プレイを前にしてしまっては赤面するほかないくらいにはリアクションのほどに困ってしまうのだ。かわいそうに。

 「じゃあ帰って。ここは漫研の部室だよ」

 池尻が背筋の凍り付きそうなほどに冷徹な声と、冷ややかな視線を投げつけてくる。困惑のあまり吃音を放ることしかできずに目を見開いていると、

 「あれ~? アオイくん固まっちゃった。エミちゃんに嘘つかれた~」

 「押してダメなら引いてみろにも加減ってものがあるのよ。あんたのは引きすぎて引かれてんの」

 「あっはっは! 先輩の演技えぐいですね!」

 どうやら春川の言葉を真に受けた池尻が本気で突き放してしまったらしい。おそらく彼女の脳内では、これでアオイが手のひらを返して好意を受け入れてくれるものだと思っていたのだろうが、演劇をやった方がタメになるのではないかと思うほどに彼女の演技力はずば抜けており、想定の範疇を超えるに相応しいまでの冷酷さを持ち合わせてしまっていた。

 「ごめんね? 一目惚れしたのって初めてだから、接し方とかよくわかんなくて」

 「い、いえ。あ、でも嬉しいのは本当のことなんで…漫研には入りませんけど」

 「ダメだよ、アオイくん。そんなこと言ったら、ショタコンに付き纏われることになっちゃうよ?」

 「そんなことします~。私にだって一握の乙女心ぐらいあるんだから~」

 「だったら少しは恥じらって、声をかけるのも躊躇いなさいよ」

 広瀬は池尻の行動に対して非難の言葉を口に出しているものの、彼女のように自分の心に正直に生きるというのは、彼みたいに頭の中でナメクジばりの粘着質な思考を塗りまわしている日陰者にはとても眩しく思えてしまう。

 それに面と向かって好意を伝えられるのは、少しだけむず痒いものはあるのだけど、なんとも言えない心地の良さがあった。いや、これは彼が気付いていないだけかもしれないが、無自覚で純粋な飴と鞭を喰らっているがゆえの心地良さなのかもしれない。ただ、いつまでも浮ついた気持ちに浸っているわけにはいかない。

 思考の末にそう結論付けたアオイが、彼女らに「それじゃあ失礼します」と一声かけて退室しようとしたところで、大城の不遜な声が尊大な長髪とともにドアとの間に割って入ってきた。

 「おっと、アオイくん。漫研には入らないのかな? 絶対に損すると思うけど」

 「え、そうなんすか? もったいねー! 絶対に入った方がいいっすよ!」

 「お誘いはありがたいんですけど、やっぱりやるより見てる方が好きなので」

 「やだやだ~。アオイくん入ってよ~」

 「無理にとは言わないけど、このままだとエミちゃんがピン芸人になっちゃうわよ?」

 春川の誘いを断ったというのに、その矢先に漫研の人たちが動きを封じてくるというありさまだ。『漫研』を通常の漫研と思い込んで訪ねてしまった自分にも非はあると思うのだが、そうだとしても勧誘を断ったのであれば、再び誘うなんてことはしないのがマナーというものであろう。それに春川はピンでも面白いのは分かっていることだ。

 「いや、あの、ホントに結構ですから! お笑いはやりませんので! 失礼します!」

 彼らの拘束をなんとか振りほどいて室内から脱出した。ついに解き放たれた自我は冷静さを保ちながら一目散に下校の途へと就いたのだった。

 「あ~あ、行っちゃった~」

 「まあ大丈夫じゃない?」

 「そうだな。彼ならまた戻ってくる」

 「そうっすね。それより今は春川ちゃんの歓迎をしないとダメっすよ!」

 「なんで、みんなしてアオイの評価が高いんです?」

 春川の問いに対して、皆が一様に口を開く。

 『そりゃ、ギラついた瞳をしてたからね』と。

 「いやあ、もちろん笑ってたっすけど、面白くないところでは絶対に笑わないって強い意志を感じたっす」

 「あれはそんなのじゃないだろ。あれは―」

 大城が言葉を続けようとしたところで、

 「『俺の方が面白い』って目で語ってたよね~。ほんと生意気」

 鋭い眼光を煌かせながら池尻が言う。たったそれだけだというのに、彼女の言葉に春川以外の全員が息を呑み緊張を腹の中に押し込めている。

 漫研部員はプロのお笑い芸人ではない。だが、人を笑わせたいという思いを少しでも心の中に宿してしまった者たちにとって、彼という観客の目は屈辱を孕んだ感情をひどく押し付けてきたのだ。

 「おい、大河。来週の寄席は新ネタおろすぞ」

 「了解っす~。まあネタ書くのは僕なんすけどね」

 ある者たちは屈辱を克己の心に変え、

 「セナ~。今日のテンポ修正してこ~」

 「あー、あそこね。あんたがアドリブいれるからでしょ…」

 またある者たちは改善の余地を見出していた。

 部室に蔓延った歪さをたしかに感じ取った春川。だけれど、彼女にそんなことは関係なかった。この場にいる誰もがアオイの素質を感じ取ってくれたことが、なによりも嬉しかったから。ただそれだけだ。

 「部長! 寄席ってなんですか? どっか劇場でも借りてやるんですか? ウチが出てもええもんですか?」

 ただそれだけの嬉しさをどう表現したものか。ドギマギした心が落ち着きどころを失くして、言葉が勝手にあふれてきてしまう。引き締まった場の空気を打ち切ってしまうのは少しばかり気が引けたのだが、この抑えようのない衝動は言葉と引き換えにしなければ収まらないものがあったのは事実だった。

 同時に彼の居場所を作っておかねばならないと思ったのも、自分自身にこんな感情があるのだと気付いたのも事実であるのだけど、とどまるところを知らないそれが、嫉妬の感情を含んでいることに彼女は気付いていない。

 だが気付かずとも、コンビを組んでいる先輩を羨ましく思ってしまったから。ほんの少しでも思ってしまったから、今はこのあやふやな感情を笑いの種にしよう。

 そう決めた時、少しだけ心が軽くなったような気がした。結局、彼女はそういう生き物であるのだ。そういう生き方しかできないのだ。


最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。

面白かったらフォローといいねをお願いいたします。とってもまーごめになります。

SNSのフォローもしてくれるととても喜んでしまいます。つまりまーちゃんごめんねです。



⇩カクヨム

https://kakuyomu.jp/users/aoaoaowi

⇩X(旧:Twitter)

@aowi_ao7777


今のところ、カクヨムの方が更新が早いです。


非情にまーごめ。全てまーちゃんごめんねの中にあります。

ありがとうにありがとう。どういたしまして。

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