第一幕:過積載思考オーバードライブ②
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⇩⇩⇩それでは本編始まります⇩⇩⇩
平穏無事に入学初日の学校を終えて帰宅の途に就こうとしていた。たしかにそうしていたはずだったのに、クラスの自己紹介にて注目の的になった関西少女に、校門前で手を引かれたかと思えば、いつのまにか痛々しいまでの陽光が降り注ぐ屋上で、致死量の大阪弁を小一時間ほど浴びていた。
「ほんでなー、こっち来て思たんよ! こっちゃの方が劇場多いんちゃうかって! ここいらだと大宮とか新宿とか近うて便利やねん!」
「へ、へー。劇場は何回かしか行ったことないなー、うらやましー」
なにを小一時間も話す内容があるのかと思えば、特筆して出てくる話は『お笑い芸人』の話ばかり。出身が大阪の時点で薄々気付いていたが、彼女は生粋のお笑い好きらしい。たしかに関西のテレビ番組は基本的に笑いに溢れているし、そもそも難波で生まれ育ったからには、お笑いに触れない方が難しいのだろう。なんせ、お笑い界をけん引する某大企業の漫才劇場があるのだし。
「アオイも劇場行ったことあるんか! どこの劇場? 誰出てたん?」
「大宮だよ。たしか寄席の時に行ったから、色んな人出ててあんまり覚えてないや。けっこう小さいころだったし」
「…ほな、おもろかったネタは?」
「えーっと、ごめん。ホントに思い出せない。小学生のころに行ったのが最後だから」
「そっか…」
そうつぶやいた彼女から視線を外してしまった。
こんなにも悲しそうな顔をするなんて思いもしなかったから。自分にとっては親に連れられて行っただけの記憶。だけれど彼女の中では『お笑い』というものは特別なのだと分かってしまったから。不覚にも大変申し訳ないと思ってしまったのだ。
「そ、そういえば、大阪はどこの劇場に行ってたの?」
長らく他人とのコミュニケーションを絶ってきた自分としては、最高の話題フリはできたと思っているが、不確かな感触が彼女の耳に反射していないことを祈るばかりだ。
「え~? 聞きたい? そんなに聞きたい?」
ニヤニヤと自慢げな笑みを貼り付けているのを見ると、尻上がりな語尾とともに気力が復活してくれたらしく、釣られてこちらまで嬉しくなってしまいそうになる。
こちらの返答を待たずして語りだした彼女の顔は爽やかに輝いていて、まるで心の底から言葉を放っているような錯覚に陥る。いや、好きなものを語る時は必然的にそうなるものであるから、それについては言及をしないでおこう。よくあるオタク特有の早口というやつだし。
ただこれほどまでに熱を上げて、自身の言葉で語れる趣味があるというのは少し羨ましいもので。彼女の語りのギアが上がれば上がるほど、己の恥ずべき部分が炙られてチリチリと音を立てて焦げていくのが分かる。この感情を言語化できるほどの国語力も持ち合わせていないことを自覚して、自尊心が火に晒されて唸っていた。
うだうだと嫉妬の炎を燃やしていたところで、ふと彼女が静かになった事に気付く。
「ど、どうしたの?」
先ほどまでの熱い語りのせいか、頬を赤らめて俯いている彼女に困惑しながら声をかけたのだが、あえなく無視されてしまった。
「体調悪かったりする? 保健室行く?」
それでもめげずに声を掛け続けると彼女は意を決した様子で立ち上がり、燦燦と輝く太陽のもと天使のわっかを作った黒髪を風に揺らしながらこう言った。
「ウチと、コンビ組まへんか!」
なんて突飛な提案だろうか。話の流れなどなかったかのように、あまりにも唐突に話題の転換を強いられてしまった。
「いや、普通にセンス無いって。俺じゃなくても他にたくさんいるだろ?」
頭の整理が覚束なくなり、ついこんなことを口走ってしまった。
自分にセンスが無いのは自覚しているところだけれど、彼女は違う。磨けば光るダイヤモンドの原石だ。クラスの自己紹介という、ある種では下手なネタでも笑いが取れてしまう場面で、一切手を抜かずにオリジナルの笑いで勝負した勇気も持ち合わせた人物だ。それがどうして自分のような、笑いのセンスに欠けた凡人とコンビを組みたがっているのだろうか。
「それはあかん。ウチのアレに反応したんはあんたが初めてや」
「アレっていうのは?」
「ウチの自己紹介。違和感あったやろ」
「ああ、たしかに。もう少しでツッコむところだったよ」
「締めの一言、漏れてたで」
「そ、れは、たしかにそうなんだけど、でもその最後の一言だけで決めたんなら申し訳ないけど、あれは完全に無意識で出ちゃっただけだから」
「そうかもしれへんな。けど、アオイはツッコミ入れたんやろ? ウチの自己紹介の違和感に気付いて。ちょっとやってみいひんか?」
「いや、ちょ、やってみるったって」
彼が全てを言い切る前に、彼女は背を向けて立ったまま喋り出してしまった。
「ウチは春川笑咲。大阪出身です。ああ、大阪言うても難波やから安全なとこよ」
つい一時間ほど前にも聞いた自己紹介の冒頭。よく通るやかましい声が耳を劈いてくる。彼女が向けてくる期待の眼差しから察するにやるしかないのだろう。こうなればもう身を任せるしかない。この空気に身を任せなければ恥ずかしくて喋れそうにないし。
「…な、難波に安全なイメージないけど」
「でもたしかに西成の方がええかもしれんな。治安なら負けなしやからな」
「その負けなしは悪い方に負けてないだけなんじゃ?」
「まあそんなん言うたら関東も大したもんやと思うけどな。盗んだバイクで走り出すやつ多すぎやて。ウチの愛車も盗まれてもうてん。あんたら小手先豊かかて」
「なんだ、その尾崎豊のコピーバンドみたいなのは。もっと大胆であれよ」
「まあ愛車いうても、買い替える予定のサビッサビのチャリやってん。せっかくなら鍵も渡したかったんやけど誰か心当たりある人おる?」
そう言って、自己紹介の時と同じように手を挙げる笑咲。
「渡された側の気持ちを考えてやれよ」
「ほうかー。ウチがこの前ぱくったチャリの持ち主もこんな気持ちやったんかなって思たんやけど」
「あ、え、それで手を挙げてたの? やった側として自白してたの?」
「おかんがな、人の気持ちが分かる人間になりなさい言うから、ついやってもうてん。そしたらおかんがあまりの嬉しさに泣いてましたわ」
「それは嬉しさじゃなくて不憫に思ってるだけだよ」
「そんで、そこから始まる恋愛小説考えたんやけど、どう思う?」
「自己紹介どこ行ったんだよ。もういいよ」
「どうもありがとうございました~」
彼女はそう言って腰を折ると、太陽のような眼差しをこちらへと向けて、大阪訛りの元気な言霊を突き刺してきた。
「ほらな! よかったやろ! まあ詰めが甘いところもあるけど、即興でそれだけ考えられてたんなら最高やん! 才能あるて!」
「え、いやあ~」
間延びした声が耳介を揺らす。これが照れた自分自身の声だとは気付かず、だらしないほどに目を細め、唇はだらしなく歪み熱くなった顔面をそよ風に晒していた。
「嬉しそうやん。やっぱ一緒にコンビ組も!」
だが、笑いを含んだ彼女の一言ではたと我に返る。今のは半ば強制的にやらされただけで、クオリティも低ければやる気も乗っていない。褒められたことは素直に嬉しいことなのだが、彼女はこれで一生を捧げるかもしれない相方を決めても良いのだろうか。
もし仮に自分にお笑いに対してやる気があったとして、この言葉を言われたならすぐさまに飛びついていたことだろう。が、現実は違う。違うのだ。
「お生憎さま、俺は見る専なんだ。コンビを探すなら他を当たってほしい。それこそ全校生徒は一〇○○人以上もいるんだから、チャンスなんていくらでもあるんだし」
「ちゃうねん! ビビっと来たんや! これはもしかしたら初恋と一緒なんかもしれへん。今を逃したらあかん気がすんねん」
「俺みたいなのを捕まえたところでどうする気なんだよ」
「一緒に漫才しよや」
満開の笑みでそう言う彼女がひどく輝いて見えたのは、きっと春の浮ついた空気と、降り注ぎ突き刺してくる陽光のせいだ。
「わかった。それじゃあ俺は帰るよ。別の人探せよ~」
当然そんな眩い光からは目を逸らすほかなく、背を向けて屋上の出口へと歩き出した。
「そうだ、気を付けて帰れよー」
去り際にもう一度振り返ったのは、きっと後悔と名残惜しさに後ろ髪を引かれたからだ。いや、彼女の放つ輝きがあまりにも眩しくて、遠くから見たほうが安心できるから離れて振り返ったのかもしれない。
ただ一つ、込み上げてきた建前を退けるのであれば、彼女の顔はまだ諦めていない人間の顔だったのだから、眩光から目をそばめるにはまだ早いのだろう。
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