第一幕:過積載思考オーバードライブ①
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⇩⇩⇩それでは本編始まります⇩⇩⇩
もし自分の人生が伝記になったとして、それを書店で手に取り立ち読みし、あまつさえ購入の意思を示した輩がいたならば、間違いなく俺はそれを阻止するだろう。いや、間違いなくそうするべきだ。
だって高校の入学式という、ある種では人生が変わるかもしれないような日に、感情のひとかけらさえも踊りださず、簡単に過ごせるような日常にしてしまうような、退屈な毎日を平凡に生きてしまうような人物が主人公だから。
藤山葵は高校一年生になろうとしている。いや、心構え次第ではすでにそうなのかもしれないけれど、日々に対する彼の無気力さは偽善的な心構えを説く以前にだらしがないのだ。
彼が今日から通う彩玉高等学校は、特に変わった点も無いごく普通の私立高校。偏差値もちょうど五〇くらいだ。
校舎脇に植わっている桜は昨今の温暖化のせいか開花が早まってしまい、彼が入学する頃にはすっかり一面緑色の葉桜へと変容していた。
ただでさえ普通の桜を見ても、特段感情を動かすことの無い彼が、葉桜程度に心が動くなど到底あり得るはずもなく、只々無関心に彩られた桜色の地面を踏みしめて、当然それを意識することもなく校舎の中へと入っていった。
今日は入学式に加えて在校生の始業式があるらしく、廊下はかなりの人が行き交っており、すれ違う生徒たちは涼しいとも暑いともつかない風に浮かされて、リノリウムの床の上で軽やかにステップを踏んでいる。
新品の上履きは少し歩きにくい。ちょうどのサイズを買ったつもりでも、履く靴下によっては小さく感じてしまうし、今日に限って言えば些か分不相応な余裕が踵のあたりで生まれてしまっている。まあそれは靴下が薄いせいだろう。
踵に余裕があるならと、他にも余裕を産んでみることにした。まずは学ランを第二ボタンまで開け、シャツのボタンを開けるには勇気が無かったのでそのままに。この時点で余裕なんて無かったけれど、悔しかったのでポケットに手を突っ込んで、教室のドアを足で静かに開けてやった。豪快な音を立ててドアを開ける勇気は無かったので、足のつま先を使って静かにそろそろと。
一年生の初日、それも初登校の日ともなれば、通例行事のように人間関係の構築が行われるのだが、あいにく同じ中学から入学した親しい学友は特にいない。いや、正確には中学に友達なんていなかった。少しだけ見栄を張りたかった。
黒板に貼ってある綺麗に整列された名前順の座席表に目を通して指定された席へと、ぶかぶかな踵を引きずって着席した。可もなく不可もない木材の冷たさが制服越しの臀部に浸透してきて、突っ伏した顔からは僅かな不快感が露わにされる。
澄ませようとしたわけでもない耳に、周囲の喋り声が収集されていく。いっそのこと聞かない方がマシな会話がこの世には多すぎる。やれミュージシャンが不倫しただの、やれしょうもないインフルエンサーがしょうもない動画を上げただの、やれテックトックの動画を撮ろうだの。そんな話をするくらいなら、今日の夜にやるネタ番組の演者がどんな平場を見せてくれるのかを考えていたほうがまだマシである。
そもそも入学初日から人間関係を円滑に進めようとして、安易に流行りものの話題を出して安っぽい共感を共有しようだなんて、関係性としてはあまりにも不純なのではないだろうか。異性同性に限らず、そんなものは不純交友だ。
そんな淫行現場に颯爽と現れた女教師が場の空気を引き締めて、定型文的な挨拶を一方的に放り出すと、入学式の段取りを淡々と説明してきた。
彼女が言うには入学式では、校長のありがたいお言葉をいただいた後、校歌を歌い、各学年の代表あいさつ、それが終われば部活勧誘のためのちょっとした出し物があるらしい。と、これまた定型文的な説明を終えたところで、彼女に率いられて体育館へと移動させられてしまった。
特になにか変わったこともなく入学式を終えた。いや、ひとつだけ変わったことがあったとすれば、校長がバレバレのカツラをしていたことだろう。あれはツッコミ待ちだったのだろうか。だとすれば申し訳ないことをした。身を挺してまで笑いを取ろうとしていた彼に恥をかかせてしまっただろうか。
ただあの場でツッコむ勇気があったかと問われれば、それは否である。今でさえ、担任が儀礼的に始めさせた各人の自己紹介という場でも、ツッコミ所満載な面白くもない同級生たちの言葉に非礼を働く勇気さえないのだから。
「ウチは春川笑咲。大阪出身です」
そんな退屈が満ちた騒がしい教室の中、たったの二言。大阪訛りの活発な声がやかましいほどにギラギラと輝いて、部屋の空気を一瞬にして支配する。
「ああ、大阪言うても難波やから安全なとこよ」
前の席ということもあってか、彼女の声がよく聞こえてうるさい。いや、腹から発声する習慣でもついているのだろうか、うるさいとは別種のよく通る声だ。というか難波に安全なイメージ無いって。
「でもたしかに西成の方がええかもしれんな。治安なら負けなしやからな」
その負けなしは悪い方に負けてないだけなのでは。というか、そんなローカルネタはたとえテレビっ子だとしても小耳にはさむ程度だし、なにより関東ではほとんど耳にしない情報だろうに。
「まあそんなん言うたら関東も大したもんやと思うけどな。盗んだバイクで走り出すやつ多すぎやて。ウチの愛車も盗まれてもうてん。あんたら小手先豊かかて」
なんだ、その尾崎豊のコピーバンドみたいなのは。もっと大胆であれよ。なんてことを思っている間に、教室の中で笑いが増えてくる。陽キャたちの放っていた傲慢な自己肯定感が、室内を蔓延っていたはずだというのに、彼女の喋りがその鬱屈を晴らしていくようだ。
「まあ愛車いうても、買い替える予定のサビッサビのチャリやってん。せっかくなら鍵も渡したかったんやけど誰か心当たりある人おる?」
そう言って自ら挙手して周りを見渡す彼女だが、居たとしてもこんな場所で手は挙げないだろう。というか渡された側の気持ちを考えてやれよ。
「ほうかー。ウチがこの前ぱくったチャリの持ち主もこんな気持ちやったんかなって思たんやけど」
あ、え、それで手を挙げてたの? やった側として自白してたの?
「おかんがな、人の気持ちが分かる人間になりなさい言うから、ついやってもうてん。そしたらおかんがあまりの嬉しさに泣いてましたわ」
それは嬉しさじゃなくて不憫に思ってるだけだよ。
「そんで、そこから始まる恋愛小説考えたんやけど、どう思う?」
「自己紹介どこ行ったんだよ。もういいよ」
不意にそんな独り言が出てしまった。幸いなことに小声だったから周りの人には気付かれていないらしい。ふうと安堵の息を漏らして、周囲の笑い声と拍手に紛れて手のひらを打ち合わせて、自分に回ってきた自己紹介のターンを可もなく不可もないようにやり過ごした。
ただ、この時の俺はまだ気付いていなかった。
やかましいまでに輝く眼光が自分の方に向けられていたことに。
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