エピローグ 「終わりの唄」
現実は意外と残酷なものだ。
親が望んでいた大学に入ることが出来なかった。
一人っ子だった事もあってか、親は悲しんでいた。
あんなに落胆した親の姿を見たのは、後にも先にもその時だけだった。
俺だって頑張ったんだと、自分を鼓舞しても現実は変わらなかった。
そんなこんなで、滑り止めの私立大学に入学し、そこそこの大学生活を経て、まずまずの中小企業に入社した。
別に人生に疲れたわけではない。
なにか嫌なことがあった訳でもない。
入った会社がブラック企業だったという事ですらない。
ただ、
ただ、普通の人生だと思った。
そう思った。
そう思って、ため息を呑んだ。
俺は、何がしたくて生きているのだろう。
今はただひたすらと、生きるためにこの世界に居る。
何の意思も持たない。
まるで、壊れかけたロボットみたいだ。
だからといって、人生を投げ出すなんて出来ない。
もっとも、死ぬのが怖いだけだけど。
「お疲れ様です…。」
時計の針が8を指してからしばらくして、俺は席を立ち残っていた同僚や後輩達に声をかけ、その場を後にする。
外に出ると、10月とは思えないほど冷たい風がビルの隙間から流れ込んできた。
「コンビニで飯買って帰るか…。早くいこ…」
会社から1番近いコンビニに向かう。
その途中で、俺は身体の違和感に気がつく。
しかし、全ては既に手遅れだった。
そう、”全て”は既に手遅れだったのだ。
いや、これがある意味始まりだったのかもしれない。
足のつま先から徐々に力が入らなくなっていく。歩道で顔から倒れ込んでしまう。
思い切り顔を地面にぶつけた痛みで、俺は意識が朦朧とし始めた。
あ…、これは本格的にヤバいかも…。
腕ももう言うことを聞いてくれない。自分の身体な筈なのに。
多少の怒りと戸惑いを感じながらも、まずはこの状況をどうにかしなくてはいけない。
急に身体が不自由になるなんて、何かの病気かもしれない。
そうなると、病院に行かなくてはいけないが、この身体では行けそうにも無いのは明白だ。
「……っ…!……っ……!………。」
これはまずい。
身体だけでは無く、声も出なくなってしまっている。
必死に声を出そうとするが、出ないものは出ない。
それどころか、息がしづらくなってきた。
夜中ではないが、この辺りは人通りが少ない。
このままでは、誰かに見つけてもらった頃には既に…。
どうしようもなく襲いかかってくる現実に、胸の鼓動が早まっていく。
死んでしまうのだろうか。こんな形で。
もっと、普通に死ぬものだと思っていた。
色んな人に囲まれて、笑顔で逝くものだと。
「………っ……」
もう、ほとんど息が出来ていなかった。
何も出来なかったな、俺の人生。
後悔はある。やり直したいとも思う。
でも、きっと、もう一度人生を始めたとしても、何も変わらない。
だから、俺は……。
ずっと遠くの方で、誰かが話しかけてくる。
「あ、センセイ。新しい道具が出来たんだぁ。見てよ」
最初に聞こえてきたのは、元気そうな女の子の声。
「えーん…!私はただ微笑んでいるだけなのに…!何で逃げちゃうんですか…?」
次は、どこか大人しいようで、可哀想な声。
「もしも…、あなたが本当に必要な物を見つけることが出来たのなら、その時は…」
その次は、心が落ち着くような声。
この声を僕は知っている。
……何で知っているんだろう。
重い瞼をゆっくりと開ける。
メラメラと燃え上がる炎。
木が焦げ落ちる音と、匂いが独特な雰囲気を作り出している。
伸ばしきった手の先には、彼女がいた。
僕と同じで身体には傷があちらこちらにあり、血もかなり流している。
彼女は微笑みながら、僕の手を握っていた。
その瞳に輝きは無く、手はもう冷たかった。
その事実が、現実が、受け入れられない。
自然とポロポロと涙が流れ落ちる。
その光景を最期に、僕はゆっくりと目を覚ました。
今のは夢か、それとも…
考えても仕方ないか。それよりも、大切なのは、現実世界の自分が死んだという事。
そして、何故か俺は生きているという事。
見慣れない天井の模様。
どこだ…ここは。
声を出そうにも、言葉が喉に突っかえる。
「…あぅ…ぅ…。」
何かが変だ。変だと言えば、死んだはずなのに生きているという事も当てはまるが…。とりあえず状況の把握が最優先だ。
声の次は身体を動かしてみようとするが、上手く動けない。と言うより、身体が小さくなっている。まるで、赤子のようだ。
いや、赤子なのか?
俺は小さくなった手を見つめながら、自分の身に起きた事を冷静に考える。
そして、1つの結論に至った。
どうやら、俺は生き返った訳ではなく、新しい命として、この世界に生まれ変わったらしい。
しかも、前世の記憶を持ったまま。
俺の2度目の人生が幕を上げた。