第8話 『『剣聖』の真実』
ルシェルは、さっきから自分を妙な目付きで見てくるレンゲに疑問をもっていた。彼女だけは、なぜか他の三人と違ってルシェルを試すように戦っていたからだ。
「それで、そっちの女の子は僕と戦い始めてからどうしてそんな顔をしてるんだい?」
「……あなた、どうして――」
「――はっ!?」
レンゲが発した言葉にラインたちは戸惑った顔をした。
だがその中で、一瞬だけルシェルの顔つきが変わったのを兄妹は見逃さなかった。
「フッ……アッハッハッハッ!! あ、ごめんごめん、笑うのは悪かったね。でも今のでだいたい分かったよ。君ってすごいね!」
レンゲを褒めた後、急に手を出してレンゲに向かって襲いかかる。
しかし――
「それ以上近づくな」
その手はラインによって掴まれ、止められてしまった。
「もう、邪魔しないでくれよ。 いいとこだったのにさ? ああ、もういいや。なんも話す気起きなくなったよ」
子供かと思うくらい幼稚な事を言っているが、恐らく再びルシェルがなにかの『権能』を使ったのだろう。
ライン達は先ほどと同じ、体にダメージを受ける感覚を受けた。
「……お前の相手は俺だ」
「兄さん?」
急にラインがそんな事を言い出し、アレス達は首を傾げる。すると――
ドォォォン!
「今のは……」
神龍の方向から、大きな爆発音が聞こえた。
「お前ら向こうを手伝っててくれ」
そう言い放ったラインは、突如ワープホールのようなものを地面に作り、兄妹達を神龍の元に戦力として送った。
「ちょっと、ラインお兄ちゃん!?」
「ちょ、何してんの!?」
そんな事を言いながら、三人はワープホールに吸い込まれて行ってしまった。
「なんだよ今の……」
よくわからない方法で兄妹をワープさせたことに、ルシェルは意味がわからず呆然と立ち尽くしていた。
「次は俺からな」
「は?」
ラインの真っ赤な髪色に、少しだけ白のメッシュが入る。不可解な現象が続き、ルシェルはますます頭がこんがらがって来た。
ドォォン!
「ッ!?」
ラインの蹴りが腹部に命中し、後ろに吹き飛ぶ。だが、それだけではない。今まで攻撃を受け付けなかった彼の体に、初めてダメージが入ったのだ。
「どう……なって」
驚きが隠せないのか、何度も自分の身体を見る。
「お前が何の『権能』か知らねえけど、《無敵》なら他の防御系のやつも貫通できるんだよ」
それは、グレイスも持っている《無敵》の『権能』によるものだった。《無敵》は、もし相手も無敵状態だったりすると、その無敵状態を無視して貫通できるのだ。
今回、その《無敵》を『創世神』の力で自らに与え、ルシェルを蹴ったことで彼の防御を貫通出来た。
これまで、その絶対的防御を破られたことがないのかわからないが、ルシェルの表情は段々と焦っていた。
◆◇◆◇
「ん、なんだ?」
「ええっ!? 空から降ってきた!?」
神龍と戦っていた生徒達の目の前に、赤髪の吸血鬼三人が空から降ってきて、驚きを与える。
生徒たちの心配をよそに三人は綺麗な着地を決めるが、セツナはイライラしたように、
「もうっ! 何考えてるのあのバカは!?」
と、叫んだ。
「負けることはないけど、あの無敵みたいなものをどうにかしないと倒せないからね」
「何かラインお兄ちゃんには考えがあるんだよ! 信じよう!」
普段とは想定外の行動をとったラインに対して心配で少し怒っているセツナ、冷静でいるアレス、いつものように無邪気なレンゲはそれぞれ言葉を口にする。
アレスは何か思い出したように、「あ」と切り出す。
「そうだレンゲ、さっき言ってたのってほんとのこと?」
それは、先程ルシェルに言ったことに対してだった。
「あ、そうそう。私もそれ気になってた。私たちは何も感じなかったもん」
アレスとセツナが「気が合うねー」と言うようにお互いの目を見る。
「うん! 最初は感じなかったんだけど、戦い始めてから感じたの! あの人の――」
ドガァァン!!
「今度はなんだよ!?」
「反撃!?」
今まで、攻撃を受け続けるだけであった神龍がついに反撃を始めた。
地面にむかって様々な属性魔法の攻撃が向かってくる。
今まで反撃されずに攻撃しまくっていた生徒らは少し怯み、先程のような全体攻撃が一時中断してしまった。
「まずい! 回復するなこれ……」
「もう少し斬ってから降りようか」
空中で神龍に長剣を振り続け何度も切り刻むアッシュ、そして横から魔法で援護するグレイスのおかげで再生を邪魔することができた。
アッシュらの時間稼ぎのおかげで、段々と落ち着きを取り戻した生徒たちもまた、魔法を撃ち続けることで少しばかりのダメージと回復阻害が出来ている。
「アッシュ、降りるぞ!」
「うん」
先程のアレスたちと同じように、綺麗な着地を決めたグレイスたちはアレスたちのところに走る。
「で、結界は解けたのか?」
「まだ解けてないよ。ルシェル・バルザーグっていう男が邪魔してきたんだ。今ラインと戦ってる」
アレスの口から出された名前に、グレイスは目を見開いて叫ぶ。
「はぁ!? そいつうちの生徒だぞ? 確かレオと同じ組で、学園五位のはずだ」
「えぇ!? 学園五位!?」
ただ制服を着ていたのではなく、本当に学園の生徒で、さらに試験上位十名のうちの一人だったことに三人は驚くが冷静に話を続ける。
「でも、なんのつもりで邪魔をするんだろうね?」
「さあ? あいつに一番仲良いのがレオだから話聞きたいけど…… 今は無理か?」
グレイスが見た方向を見ると、レオが負傷者の傷を治癒しながら神龍と戦っている姿を見た。
「そういえば、三人はどうして空から降ってきたんだい?」
「ラインお兄ちゃんが……じゃなくて! 私がアレスお兄ちゃんとセツナお姉ちゃんを担いで、《早駆》でこっちに来たんだ。空を飛ぶのなんて吸血鬼だから簡単だよ!」
アッシュの問いに正直に答えたいが、先日、授業中に言った四つ子の『権能』の中にワープできるようなものはない。
一瞬困ったが、レンゲが「そういうことか」と納得できるような発言をしてくれた。……危ない発言をしそうだったが、アッシュは納得したように首を上下に動かす。
「そういうことだったんだね。でもラインは連れてこなくて良かったの?」
「どうせ1人で戦うつもりなんだろ? アッシュ、お前ラインのとこに行ってこいよ」
「え? で、でも」
「アッシュ」
突然名前を呼ばれ、アッシュは「え?」というような目でグレイスを見つめる。すると、グレイスはアッシュの耳元に顔を近づけ、
「――」
と、何かを小声で言った。すると、アッシュは一瞬迷った顔をしたが、
「……わかった。行ってくるよ」
と言って、《超加速》で走り去る。
そんなアッシュを見届けた後、再び神龍との戦闘が始まった。
◆◇◆◇
『剣聖』アッシュ・フェルザリアが、ラインとルシェルのもとに着く。既にルシェルはラインに蹴られまくり、壁に激突していた。
ルシェルがゆっくり目を開き、アッシュを見つける。
「ああ、アッシュじゃないか。なんでここにいるんだい?」
「ルシェル、君を倒しにきた」
ルシェルとアッシュがお互いを睨み合う。
「へえ、いいじゃないか。僕も君とは戦って見たかった。お飾りの『剣聖』の力を見せて欲しいな」
「――ッ」
ボロボロになっても飄々とした態度が変わらないことに関心するが、それよりも気になる言葉が耳に入った。
「お飾りの『剣聖』? どういうことだ?」
お飾りと呼ばれたアッシュを見つめ、再びルシェルを見つめる。
「あれ? 知らなかったんだ。彼はまだ『剣聖』の『権能』を引き継いだ訳じゃない。彼が『剣聖』って呼ばれてるのは、先代『剣聖』の父親が失踪したから仕方なく『剣聖』って称号を受け継いだだけだよ」
ややこしい話に頭がこんがらがるが、アッシュは長剣を強く握りつつも、落ち着いて答える。
「……うん、その通りだ。でも僕は『剣聖』の役目を忘れずに生きてきた。だから今日もその役目を果たすよ」
アッシュのその目には、憎しみも悲しみもなく、ただ敵意だけがあった――
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