第76話『学園祭に来る神々』
――メイド喫茶の教室がお客さんで溢れてる中、レンゲのところに集まるお客さんは少しずつ数を減らした。
校舎から出てくる人の中には、メイド喫茶に満足したのか「宙苺の星空タルト」の味の感想を語っているのもいて、アレスとレンゲは嬉しくなる。
「もう少ししたら交代だけど、もっとお客さん呼ぼ!」
「うん。頑張ろうレンゲ。って、あれ?」
アレスはレンゲを奮い立たせ、校門を向く。すると、何やら見た事のある二人が歩いているのを見つけた。
「あ! おーい! こっちこっち!」
それに気づいたレンゲが大声をだし、そちらに向けて手を振る。すると、彼女に気づいた彼らもこちらに向かってきた。
「久しぶりだね」
「ええ、まあ。ヴァルクから聞いてましたが、本当にメイド喫茶なんですね」
アレスにそう返答した男と、彼の隣に立つ女。
それは、"元"【十執政】『第七位』ロエン・ミリディアと、同じく"元"【十執政】『第八位』サフィナ・カレイドだった。
『第六位』クロイツ・ヴァルマーを倒した日から会っていなかったが、元気そうにしているようで何よりだ。
「メイド喫茶かー。アタシ行ってみようかなー。ロエンー行こうよー」
「まあ良いですけど。教室ってどこですか?」
「校舎に入って、左に進めばあるよ。人が多いからすぐ分かると思う」
丁寧に教えてくれたアレスに礼を言い、二人は手を繋いで校舎に向かっていった。そんな彼らを見て、レンゲと目を合わせる。
「あの二人って……」
「「恋人なの?」」
と、言葉が重なる。それにクスクス笑っていると、また声が聞こえてきた。
「あ、アレス君とレンゲちゃん。しっかり仕事してるんだね」
「あ、アステナさん。――って!?」
「えぇ!? なんで!?」
話しかけてきた女性は『知恵の神』アステナだった。それに気づいたアレスが彼女の方を向いたのだが、驚きの声が出てしまう。レンゲも同じく。
なぜなら、彼女の後ろには十人の人が――いや、神がいたのだ。
◆◇◆◇
――アッシュ、セツナ、エリシアがメイドとしてお客さんを相手にしている中、ラインは廊下を走っている。
そして角に着くと、ポケットから「性別反転の薬」を取り出した。
「ま、アステナが来るんだし治して貰えばいいよな」
以前、エルフィーネがこの薬を間違えてご飯に入れた時、四つ子はそれぞれの性別が逆転してしまった。
結局、アステナが治してくれたのだが、その彼女が今日の学園祭に来るなら問題ないと思った。
薬の蓋を開け、口に入れようとする。
その瞬間、肩を叩かれラインはビクッとしてしまう。
「おーライン。メイド服着てんのか? こりゃ面白い格好だな」
それは、『煌星の影』レオ・ヴァルディだった。
「お前かよ。驚かせんな。てか俺の格好見て笑うな」
出会って早々にラインの姿を見て吹き出しそうになるレオの頭を軽く叩き、ため息をつく。
「悪い悪い。歩き回ってたらついお前を見つけてさ。その薬なんだ? 飲むの?」
「これは魔法グッズ専門店に売られてる性別を反転させる薬なんだよ。メイドを全うするために飲もうと思って」
「そんなのあるんだな。初めて知った」
彼が話終わるより先にラインはその液体を飲む。最初は何の変化も起こらなかったが、一分ほど経った瞬間――
「おっ……。よし、こんなもんか?」
身長が少し低くなり、女性らしい身体つきに変化する。さらに、赤髪は腰まで伸びてレンゲと瓜二つの見た目へと変わった。
「すげえなその薬。妹と瓜二つだな」
「四つ子だしな。当たり前だろ」
レンゲのような声で男っぽい口調は違和感がある。そのため、彼女のように明るく振る舞う準備を始めた。
「よし! こんな感じかな? じゃあ行ってくるね!」
「おう。……何してんだか」
と、ラインが消えて見えなくなったところでレオはそう呟いた。
◆◇◆◇
一方、料理班のセレナ、そして彼女を手伝いに来たエルフィーネは二人で「宙苺の星空タルト」を作り続けている。他の料理ももちろん頼まれているのだが、これだけは圧倒的に多い。
「エルフィーネ、それ取ってください」
「は〜い」
「あれ取ってください」
「りょうかー〜い」
などと、傍から見れば「何を取るんだよ!」とツッコミたくなりそうだが、エルフィーネは彼女の欲している物を正確に渡している。
長年一緒に過ごしてきたから分かるのだろう。四つ子が何も言わなくてもお互いに大体察せるのと同じことだとラインは思う。
「星空タルト二個注文来たよ。あ、ごめん。十一個だって」
「十一個!? わ、分かりました!」
誰だそんなに一気に頼んできたのは。そう内心で一瞬思ったが、セレナは黙々と作り続ける。
先程からずっとこの作業をしているのに手はブレず、完成したタルトも全て同じくらいの出来だ。本当に凄い。
「作り終わりました! 持っていってください!」
「おう、分かった」
「はいレンゲ様。……え? なんでレンゲ様!? 外で宣伝してるんじゃ!?」
作り終えたタルトを持っていこうとするメイド服を着た女を見て、セレナはびっくりする。なぜなら、外で客を集めているはずのレンゲなのだ。目の前にいる彼女は。
そう思っていたが、朝の出来事を思い出しすぐ理解した。
「あ、ライン様ですか。びっくりしましたよ……」
「よく気づいたな。すげえ」
「朝にアタシが薬あげたもんね〜。使ったんですね〜ライン様〜」
腰に手を当てて何故か威張っているエルフィーネに「おう」と返し、ラインはタルトを運んでいった。
「ライン様も大変ですね。私たちもしっかり働きましょう!」
「はいは〜い。セレナは真面目だね〜」
そうして、セレナは《刻律の調律》を使い、自身とエルフィーネの動きを早めることで更に回転率を上げた。
◆◇◆◇
「宙苺の星空タルトを十一個頼んだお客様ーどちらですかー?」
タルト十一個をプレートに乗せ、客が集まる教室を回る。だが、どこからも「私たちのです」とか返事が来ない。
ラインがため息をついていると、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「あ! ライン君こっちだよ! ここ!」
「え? あ、アステ……ナ!? えぇ!?」
外にいたアレスやレンゲが驚き、今もラインが驚いた理由。それは、彼女たちが原因だ。
アステナはまだ良い。だって学園祭に来ると言っていたのだから。
しかし、おそらく彼女に連れてこられた十人。
それは、『炎神』をはじめとする属性神と、『時間の神』をはじめとする天空に住んでいる神達だったのだ。
こんな祭りに来るような神達なのかという驚きもあるが、もう一つ驚いていることがある。
(なんでアステナは女子になってる俺をラインって分かるんだよ)
以前も、今回もアステナはレンゲのような女の子になっているラインを一目見ただけで「ライン」と理解している。
先程のセレナも一目では分かっていなかったし、アステナ以外の神たちも「はぁ?」という顔でアステナを見つめていた。
一体、彼女はなんでそんな事が分かるのだろうか。彼女が『知恵の神』だからか?
――否、おそらくそれは――
「愛」だろうか。
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