第75話『学園祭開始』
学園祭開始です!
――約一ヶ月後、学園祭当日。陽が差し込む朝にラインは目を覚ます。隣に眠る白銀の髪と瞳を持つ神秘的な美貌の女性、『知恵の神』アステナを起こし、彼もベッドから起き上がる。
「ん……おはようライン君。今日は学園祭だったよね?」
「ああ。アステナも来るんだよな?」
「うん。途中からだけどね。私は呼びに行かないといけないし」
目を擦りながら彼女はそう答える。誰を呼ぶんだと聞く前に、部屋の扉が開けられた。
「おはようございますライン様、アステナ様。朝食の準備は出来ていますので」
「ああ、ありがとうセレナ」
銀髪ロングをリボンで結んだ猫耳としっぽ付きの獣人メイド、セレナ・クラヴィールに礼を言う。
笑顔でしっぽを振っている彼女について行き、食卓につく。
既に座っていた兄妹三人と、金髪ツインテールのメイドのエルフィーネ・モランジェに挨拶し、ライン、アステナ、セレナは席に着く。
セレナとエルフィーネが作ってくれた料理が並べられていて、どれも美味しそうだ。
「セレナ、料理のメニューってどうなった? ちゃんと作れたか?」
「はい、出来ましたよ。多分驚くと思います!」
「兄さんたちはメイド頑張ってね。特に兄さんとか」
「笑うなアレス」
ラインのメイド姿を想像し、バカにするようにニヤニヤするアレス。
――そうこうしているうちに、時間は過ぎていき登校時間になった。
「ほら、みんな行くよ」
「あ、ちょっと待て」
セツナが扉を開けようとすると、ラインがそう言った。全員が首を傾げていると、彼はエルフィーネの方を向く。
「性別反転の薬ってまだある?」
「ありますよ〜。もしかして使うつもりですか〜?」
「まあ、一応持っておいて損は無いと思って」
エルフィーネから薬を渡され、ラインは落ち着いたような顔をする。兄を見て、セツナは心の中でこう思った。
(ずる……)
◆◇◆◇
学園に着くと、まだ朝なのに賑わっていた。正門には「学園祭」と書かれたでかい看板があり、教室や広い校庭にはたくさんの店が出ている。
ラインたちのクラスの出し物であるメイド喫茶は、教室だ。そのため、彼らは校舎に足を運んだ。
「すっげえ……」
この学園の学園祭は近隣の人たちも楽しめるのだが、既に多くの人がいた。
校舎に入ると、大量の看板が張り出されていた。それを見て彼らはメイド喫茶のある教室へ向かった。
「あ、ライン。来たんだね。早くメイド服着て。僕だけじゃ恥ずかしい」
「こりゃ傑作だな。『剣聖』のメイド姿なんて滅多に見られねえぞ」
既にメイド服を着て恥ずかしそうにしているアッシュの隣には、彼をバカにするように大笑いしながら肩を叩くグレイスがいる。ラインとアッシュがメイドをしないといけないのは彼のせいだというのに。
「着替えてくる。空き教室行くぞ」
ラインとアッシュ、セツナとエルフィーネはそれぞれ別の空き教室に行き、メイド服に着替えた。
ラインはしっかりとポケットに「性別反転の薬」を入れている。もしかしたら必要になるかもしれないし。
「フッ、まあ似合ってると思うよ」
「お前も俺を笑っていられる姿じゃないけどな」
ラインのメイド姿を見て吹き出しそうになるアッシュをじっと睨み、ため息をつく。
そんな時、大きな声が学園全体を覆った。それは、魔法で拡声された誰かの声だ。
『これより、聖煌魔法高等学園の学園祭を開始します! 皆様、一日中楽しみましょう!』
放送が切れた途端、各教室から歓声が上がったのが分かる。
「戻るか。もうお客さん来てるかもしれないし」
◆◇◆◇
「メイド喫茶やってます! 来てくださーい!」
外では、既にレンゲが客を集めている。本当ならメイド服を着るのはライン、アッシュ、セツナ、エリシア、エルフィーネのはずなのだが、何故かレンゲもメイド服を着ている。
「レンゲもメイド服着る必要あった?」
「うん! こんなメイドさんがいるんだよーってアピールになると思うし! そしたらお客さんがたくさん来てくれるんじゃないかな?」
ただ着たかっただけ。というような理由ではなく、意外としっかりした理由でアレスは感心する。
セレナのメイド服を着ているようだが、似合っていて可愛いと兄目線でも思う。
――そして、看板を持って立っているレンゲに大量の人が集まってきた。
「メイド!? 可愛い! どこどこ? どこであるの?」
「あちらの教室にありますよ!」
大量の男女が次々と近づき、レンゲの指さす教室に向かって走り出していった。
「め、メイドってそんなに人気なんだね……。初めて知ったよ」
「私もびっくりしちゃった! 沢山お客さん来たね。ラインお兄ちゃんたち大丈夫かな?」
「多分大丈夫だと思うけど……。僕たちはお客さんを集めよう」
そう話す兄を見て、レンゲは「うん!」と元気よく答えた。
◆◇◆◇
――一方の調理班。想定よりも客が大勢来たせいで料理が追いつかず焦り始めている。
「っ。これは想定外でしたね……。こんなにメイド喫茶が人気とは思いもしませんでした」
「宙苺の星空タルトの注文入ったよ!」
「またですか!? どんだけ人気なんですかそれ!!」
先程から「宙苺の星空タルト」の注文が何度も来ている。作り置きはしていたのだが、それでも足りないほどの注文だ。
セレナはナイフで宙苺を切り続け、作り終えたタルトに宙苺の断面を乗せる。
星や宇宙を感じさせる美味しそうなタルトに、セレナは満足気な顔を向ける。
「えーっと、宙苺の星空タルト注文入ったぞー」
「また!? こうなったら……。誰か、エルフィーネを呼んできてください!」
――エルフィーネが来るまでの間、セレナは重労働だ。料理班の他のメンバー達は別の料理やドリンクを作っていて、手助け出来ない。
それに、セレナの料理のスピードに誰も追いつけないのだ。多分、それに合わせられるのはエルフィーネだけ。
「宙苺の星空タルトの注文またまた注文入ったよ。人気だねー」
「またですか……。エルフィーネ、早く来てくださいよ……」
「はいは〜い。来たよ〜」
セレナが呟いた時、声が後ろから聞こえる。
パッと振り向くと、いつも通り気だるそうな雰囲気を醸し出しているエルフィーネがいた。
「も〜セレナはアタシがいないと何も出来ないんだから〜」
「いやそういう訳では無いんですけどね!? 一人じゃしんどかっただけです。手伝ってください」
「はいは〜い」
◆◇◆◇
「い、いらっしゃいませー、ご主人様……」
「……いらっしゃいませ」
そんな中、ライン、アッシュ、セツナ、エリシアはどんどん増えてくるお客さんにそう挨拶をしていた。男のラインとアッシュがメイド服を着ているのを笑う者もいれば、セツナとエリシアのメイド姿を見て「可愛い」と口に出す者がいた。
まあ、後者の方が圧倒的に多いが。
(チッ、こんなメイドに客が集まるか? エルフィーネが料理に行っちゃったし……)
エルフィーネが料理を手伝いに行ってしまったことで、残る四人はメイドの責務を全うしなければならない。
しかし、普段の制服より露出のあるメイド服のせいでセツナとエリシアは顔を赤らめて声が小さい。
アッシュもその格好のせいで恥ずかしく、声が小さい。
それでも頑張っているようだが、この状態がずっと続けば客が居なくなってしまうかもしれない。
(……嫌だけどやるしかないか)
――そして、ラインはポケットにある「性別反転の薬」を静かに掴んだ。
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