第3話 『怖い末妹』
決闘が終了した翌日、屋敷では四つ子がいつも通りの朝を過ごしていた。
「ねえ兄さん、ちょっとだけ付き合ってくれない?」
朝食を食べ終わったあと、アレスはラインに戦いを申し出た。アレスとラインは時間に余裕がある日には屋敷の庭で戦うことにしている。
これは自分の力をより巧みに扱えるようになるため、そして身体能力を強化するためだった。
「ああ。今日は時間あるしやるか」
ノリノリの二人を横目にセツナがため息をつきながら横から口を挟む。
「屋敷を壊さないでよ、二人とも」
「そこまではしねえよ」
「今まで屋敷、三回壊してるからね?」
セツナは眉を寄せる。
「まあ毎回お兄ちゃんが元に戻してるからいいけど……いや、良くない!」
これまで二人が戦った後に三回も屋敷が半壊してしまっている。その度にラインが『創世神』の力を使って屋敷を修復していた。
一方、末妹のレンゲはセツナに明るい声で提案する。
「セツナお姉ちゃん、今日私と一緒に庭園の花壇の手入れしてくれないかな?」
「うん。もちろんいいよ、レンゲ」
「ありがとう!」
可愛い妹の頼みを断れない姉は、笑顔でそう答える。あまりその顔を見せてくれないことに、二人の兄はなんだか不服そうに見つめ合っていた。
――庭園に出てからすぐに、ラインとアレスは戦いを始め、セツナとレンゲは花壇へと向かう。
「またお兄ちゃんたち、派手にやってるね……」
セツナは遠くの二人を見て呟いた。その瞳には少々呆れも入っている。
「いつも元気だよね! 夜じゃないのに」
『それをレンゲが言う?』と思いながらも、黙って花に水をあげる。二人はかなりラインたちから離れているはずなのに、彼らの戦う音が鮮明に聞こえてくる。
◆◇◆◇
一方、戦いの最中のラインとアレス。
二人が血液操作をしながら戦う姿は誰から見ても美しく、もはや芸術的ですらあった。
吸血鬼として疲労や体力の限界を知らない彼らは、気が済むまで戦いに集中できるのだ。 二人の力はまさに互角で、既に三時間は戦い続けていた。
「くっ!」
アレスの蹴りがラインに命中し、ラインは大きく吹き飛ばされる。ラインはゆっくり立ち上がり、戻ろうとした。
――しかし、これで二人の戦いは予想外の形で終わりを告げることになる。
「に、兄さん、後ろ……」
アレスが恐ろしいものを見たような声で小さく呟く。
「え?――あ」
後ろを見たラインとアレスはお互いに視線を交わし、「やってしまった…」と思った。
アレスの蹴りで飛ばされたラインは、先ほどまで妹たちが丹精込めて手入れしていた花壇に激突し、花々をぐちゃぐちゃにしてしまったのだ。
「お兄ちゃん!? アレスも!」
セツナが駆け寄りながら声を張り上げ、怒る。
「さっきまでちゃんと手入れしてたんだけど!!」
「「ごめんなさい……」」
飛ばされたラインのもとにアレスも駆けつけ、セツナに怒られている。一方、レンゲは下を向いたまま。いつもの明るく元気な姿からは想像もつかない暗い表情を浮かべていた。
そんなレンゲの姿を見たラインとアレスはすぐに謝ろうとする。しかし、そんな間もなく——―
「「うっ!?」」
見えなかった。一瞬の速さでラインとアレスはレンゲに吹き飛ばされ、二人は地面に叩きつけられる。
レンゲは兄妹の末っ子で、『創世神』の力より吸血鬼の力のほうを色濃く引き継いでいる。
そのため、吸血鬼の力だけの戦闘なら、レンゲに対して他の兄妹が束になって挑んでも一分かからずに壊滅させられるのだ。
そんな強力な力を持つレンゲだが、普段は元気いっぱいで明るく、花を愛でるのが好きで戦闘はあまり好まない心優しい性格をしている。彼女が戦闘モードになるのは、彼女の『大切なもの』が傷つけられたときだけだ。
今回はレンゲとセツナが大切に育てた花壇を潰され、怒りのあまり二人を吹き飛ばしてしまった。
「お兄ちゃん達のバカバカ!」
そう言い残して、レンゲはすぐに屋敷の中に入っていってしまった。
◆◇◆◇
「はぁ……レンゲを怒らせちゃったねバカ二人。大丈夫?」
セツナは地面から立ち上がる二人に問いかける。
「バカって言うなよ。でも悪いことしちゃったな……」
ラインとアレスは肩を落とした。落ち込むラインとアレスを見て、セツナが提案する。
「とりあえず花壇はお兄ちゃんが直して。それが終わったらレンゲに謝りに行って、それから出かけよう」
「分かった」
ラインは『創世神』の力を使い、瞬時に花壇を元通りにし、セツナは二人を連れてレンゲに謝らせようと連れて行く。
コンコン!
「入るよ、レンゲ」
セツナが優しく声をかけた。
ドアを開けると、既に泣き終わり寝ていたレンゲがゆっくりと体を起こし、ドアの方を見る。
「さっきはごめんなさい、お兄ちゃん達。あの花壇は昔から私とセツナお姉ちゃんが大切に育ててた花壇だから、凄く悲しくて……」
ラインたちが謝る前に、レンゲのほうから先に謝ってきたことに三人は驚いた。
先にやったのは兄二人なので、飛ばされても仕方ないと思っていたが。
「いや、僕たちこそ二人が育ててた花壇を壊しちゃったんだ。怒るのは当然だよ。ごめんね、レンゲ」
アレスは真剣な表情で頭を下げ、ラインも謝る。
「レンゲ、ごめん。いつも大事に育ててたもんな。壊した花壇は俺が元通りに直したから」
「「セツナもごめん」」
二人はセツナの方も見て謝る。
「良かった。私のこと忘れたのかと思ったよ」
セツナは少し拗ねた様子で言った。もちろん彼女も花壇を手入れしているので、怒っているのだ。
「私だって怒ってるんだからね!」
ラインとアレスは申し訳なさそうな顔をしながら二人を見つめる。セツナがラインを睨み、先ほどの提案を実行するよう促した。
「レンゲ、今から四人で出かけない?」
ラインが優しく提案する。
「まだ十三時過ぎだし、行きたいところとかないかな?」
「うん! お兄ちゃん達とならどこにでも行くよ! 出かけよう!」
レンゲにいつもの明るさが戻り、三人は安堵の表情を浮かべた。すぐに出かける準備を始め、四人は並んで屋敷を後にした。
――平和な日常の裏に、何かの影が動いている気がした。