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第2話 『吸血鬼vs学園2位』

 魔法実習場の広い芝生の上で、ラインたちのグループが集まっていた。アッシュが期待に満ちた表情でグレイスを見上げながら言った。


「じゃあ、とりあえず魔法を教えてください。グレイス先生!」


 銀色の髪を風になびかせながら、グレイスは眉をひそめて答える。


「先生じゃねえよ。まあいいや」


その様子を見て、アレスは思わず笑みをこぼした。普段は感情をあまり表に出さない彼にしては珍しい反応だった。ラインがアレスの横に立ち、興味深そうに尋ねた。


「二人とも仲良いんだな」


「まあ幼なじみだからね」


 とアッシュは答えた。


 会話を続けながらグレイスに魔法を教わる三人。緑の芝生の上で魔法の光が輝き、風が穏やかに吹き抜けていく。

 しかし、気が付くと周囲に多くの人だかりができていた。生徒たちがざわめき、何かを期待するように彼らを取り囲んでいる。


 ラインたちが不思議に思っていると、突然人群れを掻き分けて紫髪の男が現れ、何の前触れもなくラインに向かって炎の魔法を放った。


「ん……」


 ラインは瞬時に防御魔法を展開し、その攻撃を受け止めた。炎は青白い光の壁に阻まれ、消え去る。


 眉をひそめたラインがその男を睨み言った。


「なんだお前。急に攻撃してきて」


 紫髪の男は冷たい視線を向け、鋭い口調で言った。


「黙れ。俺はレオ・ヴァルディ。お前を殺す」


「はぁ? 初対面で何言ってんだよ」


 ラインは困惑した表情で応じる。しかしレオはラインから目を離さず、殺意を向けた目で睨み続ける。


 周囲の生徒達はどよめいた。レオは学年内で2位の魔法の実力を持つ男で『煌星の影』(こうせいのかげ)という称号を持つ実力者だ。そんな彼が、なぜか10位以内にも入っていないラインを殺すと言い放ったのだ。


 アッシュが二人の間に割って入り、理性的な声で言った。


「殺すって、決闘じゃない限り殺すのは禁止されてるはずだよ」


 レオは不敵な笑みを浮かべ、


「ああ、そうだったな。なら俺はお前に決闘を申し込む!」


 と言った。

 

「えぇ……」


 ラインはため息交じりに応じた。


 決闘は本来、十位以内に入れなかった者が十位以内に入っている者と戦い、勝てばその順位を奪えるというものだ。勝敗は相手を殺すか、相手が敗北を認めたら決まる。

 決闘内では魔法以外にも武器や『権能』を使用することが許されており、時間制限なども特に設けられていない。


 ラインは周囲を見回し、考え込むような表情をした後、


「……わかった」


 と答えた。


 ラインの返答に対して、興奮した歓声を上げる生徒と、心配そうに顔を曇らせる生徒がかなりの割合でいた。やはり他人の決闘を観戦するのは、観客としては刺激的なのだろう。


 アッシュとグレイスはラインを心配そうに見つめていた。グレイスは『魔導師』の血を引き、学校内で1位の魔法の実力を持つ天才だ。彼女ならレオにも勝つことができる。アッシュもまた、剣を手にすれば学校内で最強の戦闘力を誇る『剣聖』の子孫だった。


 アッシュが真剣な表情でラインの肩に手を置く。


「ライン、決闘は強制じゃないんだ。受けなくてもいいんだよ」


「あいつは二位だぞ。『権能』もなかなかのものを持ってる。戦わない方がいい。まあ俺一位だけど」


 グレイスが付け加えるようにそう言う。最後のはちょっと嫌味に聞こえたが。


 しかし、ラインは二人の心配を打ち消すように笑顔で答える。


「ありがとな。でも攻撃してきたのあいつだし」


「やる気があるなら始めようぜ!」


「もう少し声下げろよ。うるさいな……」


 レオの叫びに対してとラインはそう小声で呟いた。


  風が吹く魔法実習場で、ラインとレオがお互いを見つめ合っていた。周囲には多くの生徒が集まり、野次を飛ばしながら応援している。中には兄妹たちの姿もあり、心配そうにラインを見守っていた。


 刹那、レオの初撃がラインに向けられた。


「フレイムスパーク!!」


 レオの指先から炎の弾丸が放たれ、ラインを取り囲むように連続的に攻撃を仕掛ける。空気が熱く歪み、赤い光が実習場を照らした。


 ラインもそれを冷静に防ぎながら、反撃の機会を伺う。


「ウィンドカッター」


 そう低く唱え、風の刃で次々と炎の弾丸を切り裂いていく。


 周囲の生徒は驚きの声を上げた。学年二位のレオの炎魔法を難なく切断するラインの姿は予想外だったのだ。


 その姿を見たレオは表情を引き締め、『権能』を使うことを決意した。


「――っ!?」


 その瞬間、ラインの飛ばした風の斬撃がラインに命中する――自分の放った攻撃が自分に返ってきたのだ。


「《覇王の支配(はおうのしはい)》、俺の1つ目の『権能』だ!」


とレオは誇らしげに宣言した。


「強ええ!! さすがレオの『権能』だ!!」


 周囲の生徒も興奮し、レオの『権能』を絶賛しながら戦いを観戦する。


(《覇王の支配》か…視界に収めたものを一時的に支配できる『権能』……攻撃を続けても無駄だな)


 作戦を変更し、「ウィンドカッター」を再び詠唱する。

 レオはラインが飛ばした風の刃を支配し、再びラインに向けて跳ね返した。しかし――


「うっ!!」


 予期せぬ痛みにレオが膝をつく。


ラインは薄く笑みを浮かべる。


 防御をしていなかったレオに、風の刃が命中していた。彼が支配してラインに返したはずの刃が、なぜか自分に当たったことにレオは戸惑いを隠せない。それでも冷静さを取り戻し、治癒魔法で傷を癒やしていく。


 互いに一度攻撃を止め、息を整える時間が流れた。ラインがレオに向かって尋ねる。


「で? どうして俺に決闘を申し込んだんだ?」


 この質問に対するレオの答えが、場の空気を凍らせた。


「そうだな……教えて貰いたかったら、もっと本気で戦えよ!吸血鬼!!」


(ッ――なに!?)


 レオの発言に周囲の生徒も、ライン自身も、アレスも、セツナも、レンゲも、一瞬驚きに目を見開いた。


 周囲の生徒はラインが吸血鬼だと知らされて動揺し、アレスたちは身元がバレたことに驚愕していた。それも他クラスの生徒に。


 周囲では「吸血鬼?」「マジで?」といった声がざわめきとなって広がる。


 ラインは緊張した面持ちで問いかけた。


「……なんで知ってる?」


 その質問には答えず、レオの顔に憎悪の色が浮かび、叫んだ。


「吸血鬼は絶対に殺す!!」


 今まで遠距離からウザったらしく魔法を撃っていたレオはラインに突如として接近し、怒りにまかせた魔法を次々と放つ。その激しい憎しみに、周囲の生徒たちは混乱していた。


「チッ…お前な!」


 ラインは身をかわしながら叫び、レオも容赦なく魔法を撃つ。


「うるさい黙れ!」


 先ほどよりも激しい魔法の嵐の一部を喰らってしまい、衝撃で数メートル後方に吹き飛ばされた。


「チッ!!」


 ラインは顔をしかめたが、負った傷は吸血鬼特有の再生力で瞬く間に治癒していく。火傷で焼けた肌が新しい肌に置き換わっていく様子に、周囲の生徒からは驚きの声が上がった。


「……バカが」


 ラインの声のトーンが変わり、冷たさを帯びる。


 ラインはレオを蹴り飛ばし、撃たれた炎魔法を『創世神』の力で重力を操り押さえつけた。

 続けて周囲の空間を変容させ、夜の闇に包まれた魔法実習場に変える。吸血鬼としての能力を高めることに成功したのだ。


「周囲が急に夜に……」


 生徒たちは驚きながらも、両者が本気を出すことになったと認識し、先ほどよりもさらに興奮を高めていった。


 真っ赤に染まった髪を見て、レオは息を呑む。


「やっと本気で戦う気になったか!!」


 レオは残るもう一つの『権能』、《獅子の咆哮(ししのほうこう)》を発動させた。体から金色のオーラが放出され、驚異的な身体能力と魔力の上昇を果たす。


 二人はもはや周囲の生徒が目で追えないほどの速度で動き回り、激しく戦闘を繰り広げた。空気を切り裂く音、魔法の爆発音、そして時折見える剣と拳のぶつかり合いだけが、彼らの存在を示していた。


――三分後、突如として静寂が訪れ、レオの体が重く地面に落下した。


「おおおおお!! 吸血鬼の野郎強えじゃねえか!!」


 周囲から歓声が沸き起こる。


 しかし、レオはまだ諦めていなかった。彼は最後の力を振り絞り、身を起こした。


「これで終わり……だ」


 彼は両手を前に突き出した。

 瞬間、大きな爆撃のような音が鳴り響き、レオが《獅子の咆哮》で上昇させた魔力をすべて注ぎ込んだ渾身の魔力砲をラインに向かって放たれる。

 

 眩い光が実習場を包み、視界を奪う。


――放出が終わった後、ラインがいた場所には何も残っていなかった。生徒たちは驚きつつも、勝敗が決したとばかりに拍手を送った。


「さすがの威力だな……」


「これで終わりかー」


「まじで死んじゃったの? 嫌だな…」


――そんな声が聞こえる中、突如としてラインの声が響き渡った。


「――俺の勝ちだ」


「っ!?」


レオが振り向いた瞬間、彼の胸元に鋭い刃が迫っていた。


ラインは血液から作り出した真紅の刃をレオの心臓に向け、正面から突き立てた。レオは目を見開き、そのまま地面に倒れ込んだ。


「え!? あいつ生きてるぞ! 今度はレオが死んじまったか!?」


 周囲が騒然となる中、ラインは穏やかな表情でレオに近づき、治癒魔法を施した。光に包まれたレオの傷が癒え、ゆっくりと目を開いた。


「……なんで」


「……別に。俺は殺すつもりなかったし。それに俺の妹は争いが嫌いだから」


 ラインは肩をすくめ、ゆっくりレンゲの方を見る。「良かったー」と言うような目で見てくる妹の姿を確認して、レオを見つめる。


「……」


 レオは言葉を失い、静かに身を起こした。ラインは真剣な眼差しでレオを見つめ、尋ねる。


「それで?吸血鬼をそんなに恨む理由は?」


 レオは地面に視線を落とし、重い口調で語り始めた。


「……五年前、俺の故郷の村に一人の吸血鬼がいたんだ。そいつは一年くらい村で生活して村の人達と仲良くしていた。でもある日、俺が村に帰ったら村が……血の匂いで染まってたんだ」


 彼の声は震え、目に涙が浮かんだ。


「すぐに家に帰ると家族が全員殺されてたんだ。親も、兄も! そして……1番大事だった妹も!! その時後ろからあの吸血鬼の声が聞こえてきたんだ」


 彼は続ける。


「俺は、『なんでこんな事をしたんだよ! 仲良く一緒に遊んだりもしたじゃないか!!』って。そしたら『俺たちと仲良くしてたのは油断した俺たちを殺すためだった』って言われたんだよ」


 レオは拳を握りしめ、地面を殴りつけた。


「恐怖を通り越して絶望した俺も殺されそうになったところを通りかかったカイラス先生に助けられた。俺は先生の養子になってここに入ったんだ……」


 周囲の生徒たちも駆け寄り、レオの話を聞いて多くが涙を流した。悲しみと怒りの理由を知り、彼を理解する目で見つめている。


「俺は、ただお前が吸血鬼ってだけでお前のことが許せなかった。だから……悪かった。誤解してたんだ。吸血鬼って存在は全部悪だって」


 先程までとは態度が変わり、レオは素直に謝罪した。


「なるほどな。まあ手を取れよ」


 ラインはレオに右手を差し出した。


 レオはその手を見つめ、少し迷った後、笑いながら握り返した。周囲の生徒たちからは大きな歓声が沸き起こった。


「殺すとか言われたのは納得してないけどな」


 ラインは冗談めかして言うと、レオは照れくさそうに頭をかきながら呟く。


「悪かったよ」


 アッシュとグレイスが笑顔で近寄ってきた。


「ったく、びっくりさせるなよお前ら」


「両方とも死ななくて良かったよ」


 同時に、アレス、セツナ、レンゲもラインに向かって駆け寄ってきて、レンゲが抱きついてくる。


「ラインお兄ちゃん!!」


「うおっ!」


 緋色の瞳を潤ませながら、レンゲは必死にラインの体を調べる。


「大丈夫、ラインお兄ちゃん!怪我はない!?」


「お前はいつも心配しすぎだ。もう全部治ってるよ」


 ラインは優しく妹の頭を撫でた。


 恐る恐る近づいてきたレオがレンゲに向かって声をかける。


「えっと……君はラインの妹? 悪かったな……」


 レオがレンゲに謝罪すると、レンゲはラインの背中に身を隠し、牙を剥き出しにしてレオを睨み続けた。


 アレスが微笑みながらセツナに尋ねた。


「セツナ、あれは威嚇かな?」


「レンゲは私たちが傷つくのを見たくないからね。その元凶は許せないだろうね」


 セツナは赤い髪を風になびかせながら答えた。セツナとアレスが笑いながら話し、ライン達の元に合流する。


「まあ死ななくて良かったよ、お兄ちゃん」


「死なねえよ」


ラインは余裕そうに妹の目を見つめ、妹もまた、信じているような目で見つめていた。


「そうだよ、セツナお姉ちゃん!!」


 そんなラインにレンゲも同調して声を上げる。


「はいはい。わかりました」


 セツナは両手を軽く上げて降参のポーズを取った。アレスがセツナの肩に手を置き、互いに見つめ合って笑った。


――決闘が終わり、四つ子とレオたちの新たな友情の始まりを見て、周囲の生徒たちも笑顔に包まれていった。


 『剣聖』と『魔導師』と友達になり、彼らの輪が広がっていく。これから始まる学園生活は、予想以上に波乱に満ちたものになりそうだった。

読んでくれてありがとうございます

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― 新着の感想 ―
Xの企画から来ました! ジャンルは違いますが、私もファンタジーに着手しているので、世界観がとても勉強になりました! 魔法や権能、色んな異能力があって、これからどんどんお話が膨らんでいくのが予感させられ…
返信ありがとうございました。 感想を拒否されているのかな? と考えてしまい、疎遠になってしまっていました。(苦笑) 決闘はかなり物騒なんですね。 大勢の前で暴露されちゃいましたけど、大きな波紋を呼び…
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