第112話『『剣聖』アッシュ・フェルザリア』
「――終わりだ」
悪魔の力を最大限放出し、アッシュの腹に一撃を入れ、遠くに吹き飛ばす。
――そして、この国最強の剣士である『剣聖』は、『悪魔』に二度敗北した。
「『剣聖』だろうがなんだろうが、『権能』を封じれば意味ねえもんな」
そう言って、エリゴスは自身の手を見つめる。アッシュの動きが突然遅くなり、『神剣』が手から飛んで行った理由。
それは、エリゴスが力を溜めた手で地面を叩いたことが原因だ。
飛ばされたアッシュの方向にゆっくりと歩き、彼に教えるように喋り始める。
「俺は『権能』を一時的に封じる力を持ってる。だからお前の《超加速》も、その強さの源である『剣聖』の『権能』も封じられたってわけだ」
土埃が舞い上がり、地面には倒れているアッシュが目に映る。馬鹿みたいに丁寧に教えてくれるエリゴス。しかし、倒れているアッシュに聞こえているのだろうか。
――まあ、そんなことはどうでもいい。一番厄介な『剣聖』を始末し、次は『魔導師』を……。
そんな事を考えながら両手を構える。
悪魔の紫色のエネルギーが掌に集まる。『剣聖』を狙って撃ったそれは、ビームのように一直線を描いた。
『剣聖』の『権能』がない今、『神剣』を扱うことが出来ない。絶対に、防ぎようがないのだ。
「――さてと。『権能』が無ければ、『剣聖』もただの人だ。先代『剣聖』も、これには勝てなかったんだから」
地面を壮大に削り、アッシュのいる所も一気に破壊した。その威力に感心し、『悪魔』エリゴスは過去の事を思い出す。
それは、今回と同じように『剣聖』と対峙した時のことだった。
◆◇◆◇
――緑が生い茂り、途方もなく広い平野に、大勢の騎士が佇んでいる。百……いや、千以上はいるだろう。
だが、負傷している騎士が多い。きつい戦いをしたのだろう。
騎士団の先頭にいるのは、騎士団団長である『剣聖』エルン・レイ・フェルザリアだ。
そして、彼らが見上げる空には――
「――『神龍オメガルス』」
レガリア王国に神出鬼没で現れる『神龍オメガルス』。その討伐依頼があり、こうして騎士団が来た。
初めは『剣聖』のおかげで互角以上の戦いを繰り広げていたが、『神龍』が謎の力を使い、半数以上が一気に亡くなった。
――こんな危険な場に、騎士たちを残しておけない。だから、『剣聖』は撤退命令を叫んだ。
「ちょ、団長、本気ですか!? ここで『神龍』を倒さないと、これから先に被害者が続出するかもしれないですよ!?」
と、慌てたように副団長が申し上げる。彼の言う通り、ここで撤退してしまえば、『神龍』がこれから先、また人を襲うに決まっている。
そんなことは、エルンも分かっている。それでも、王国の騎士半分が殺され、これ以上殺されたら国を守れる兵士も居なくなってしまう。
だから、『剣聖』は決断した。
「うん。だから、僕がアレを倒す。負傷した兵士を連れて、先に王国に帰ってくれ。大丈夫だからさ」
「団長……。――全員、撤退!!」
副団長が叫び、兵士たちは負傷者や死者を連れ、「ガルホーン」という巨大な角を持つ、馬のような獣に乗り込み、土埃を立てながら撤退していった。
「――さて」
撤退を確認し、『剣聖』は帯刀している炎の『神剣』アグナシスを手に取った。
七本ある『神剣』だが、エルンには全てを持って行けるほどの便利な『権能』はない。そのため、いつも使い勝手のいい炎の『神剣』を使っているのだ。
「――――」
エルンの持つ、《跳躍》の『権能』で一気に空高くまで飛び上がり、炎の斬撃を『神龍』に浴びせる。
硬い装甲を持つ『神龍』だが、『神剣』の威力には敵わない。
再生する皮膚もすぐに燃やされ、『神龍』は為す術なく――
「――おっと、こんな所で負けたら困るんだよ」
「――っ!?」
突如現れた、謎の男が割り込み、『剣聖』を地面に蹴り落とした。
『神剣』を地面に刺し、こちらに向かってくる男を見つめる。
「お前ら、誰だ?」
こちらに歩いてくる三人の男に、エルンは問いかけた。
「俺は【十執政】『第四位』セルヴィ・ミレトスだ」
「……俺は【十執政】『第九位』レヴ・ダイナス」
「俺は【十執政】『第二位』ルシェル・バルザーグ。ま、エリゴスでも良いぜ? 呼ぶんだったらな」
【十執政】と名乗る謎の男が三人。それぞれご丁寧に自己紹介をしてくれるが、こちらへの敵意が丸見えだ。だが、とりあえず、挨拶を。
「……僕は――」
「あー挨拶は良いぞ。知ってるからな。『剣聖』さんだもんな」
セルヴィと名乗る男が、そう叫んだ。
「なぜ僕の邪魔をした? 『神龍』の味方なのか?」
「まあそうだな。ま、俺と『神龍』は兄弟みたいなもんだからな」
ルシェルと名乗った男が腰に手を当てながら言った。兄弟とは、一体どういうことだろうか。
「冥土の土産に教えてやる。俺と『神龍』は『魔王』様に生み出された存在だからな。ただ、あいつの方は『破壊神』様から力の一部を貰ってるが」
『魔王』? 『破壊神』? 何を言っているのか理解できない。だが、危険な人物であることは事実だ。ここで彼らを捉え、尋問でもしなければ。
「――っ!!」
一気に距離を詰め、『神剣』を振りかざそうと横に刃を向けた。
――その瞬間、ルシェルから紫色のエネルギーが溢れた。
「なっ……」
直後、『神剣』は手から落ち、どこかに向かって飛んでいってしまったのだ。もう、武器は持っていない。何故か『権能』も使えない。そして――
「じゃあな」
ルシェルの右手がエルンの腹を貫き、絶命させた。すると、セルヴィが慌てた様子で話しかける。
「殺すのか!? 乗っとるから殺すなって言ったのお前だろ? 殺すなら俺にやらせろって……」
「悪い悪い。さて、この身体を貰うか」
――瞬間、ルシェルの身体から力が一気に抜け、地面に倒れる。それと同時に、死んだはずの『剣聖』が起き上がった。
「……おお、これが『剣聖』の身体か。結構しっくりくるな。面白い」
「そうかよ。って、ルシェル、大丈夫か?」
「ん……レヴ? セルヴィ? ああ、そっか。もう僕から乗り移りしたんだ」
『悪魔』エリゴスが体内から出たことで、本人格のルシェルが戻ってきたようだ。
「――これで、俺は最強の存在に!」
――そして、『剣聖』エルン・レイ・フェルザリアは、『悪魔』エリゴスに敗北したのだった。
◆◇◆◇
「次は『魔導師』か。多分他の奴らの中で面倒そうだしな」
『剣聖』アッシュ・レイ・フェルザリアを滅ぼし、今度の目標を『魔導師』グレイス・エヴァンスに定めた。
――そして、歩み始めた『悪魔』の耳に声が入った。
「――それは、させないよ」
「――なん、でだ? さっきのビームで、殺したはず――」
刹那、『剣聖』の斬撃が軌跡を描く。それは『悪魔』の胸を切断し、地面に倒した。
「な、なんで、お前が……? 『権能』を使えなくなるようにしたのに……。それに、なんで生きて……」
「――確かに、『権能』は使えなくなったよ。だから『神剣』が使えなくて、君のビームを喰らうところだった。でも――」
そう言って右手に持つのは、無属性の『神剣』ヴォイド。『剣聖』の『権能』が使えない今、『神剣』を使うことは出来ないはずだ。なのに、なんでそれを使えているのだろうか。
――その答えはただ一つ。彼が腰に付けていた、父親の形見の剣。
それと『神剣』ヴォイドが融合し、危険すぎて扱いずらい『神剣』ヴォイドの力を抑えた上に、『剣聖』の力無しでも使用できるようになったのだ。
「さっきのビームも、これで防がせて貰ったからね」
「はっ、だからなんだ? 剣が使えても、お前の足の速さに、剣才はグッと落ちただろ?」
「――――」
実際そうだ。エリゴスの言う通り、アッシュの馬鹿げた足の速さは《超加速》によるもの。剣での戦闘力も、『剣聖』の『権能』で人間の限界を超えただけだ。
だから、『権能』が使えない『剣聖』を、『悪魔』は容易に倒すことが――
「がハッ!?」
できなかった。馬鹿げた速度で後ろに回り込み、背中を切断したのだ。
「――僕は『剣聖』の『権能』がなくても、人間の限界までは辿り着いてる。何年、僕が一人で剣の修行をしてると思ってるの?」
エリゴスは肝心な事を忘れていた。以前、『剣聖』の『権能』を持つエルンの肉体でアッシュと戦ったことがある。
一度目は倒したが、二度目は剣では決着をつけることができなかったのだ。
普通の者なら、『剣聖』と対峙して生き残れるわけが無い。
厄介な『異能力』を持つ【十執政】を除くと。
しかし、彼が拮抗した戦いができたのは、何年もずっと剣の修行をしていたからだ。父親のエルンが消えてからは尚更多く。その努力の結晶が、今の彼を作っているのだ。
――だからアッシュが『権能』を失っても、『剣聖』だということは変わらない。
『剣聖』の役割は、王国や世界を脅かす悪を斬ること。切断の痛みで動けない『悪魔』に、剣が向けられる。
「ま、待て、待て! 落ち着け! け、剣を置け!」
殺気を感じ、エリゴスは情けなく命乞いをする。だが、そんなものに『剣聖』の心は揺るがない。
「――――」
「『魔王』さ、ま……」
――瞬間、『神剣』ヴォイドが軌跡を描き、『悪魔』の肉体を切り刻んだ。もう、誰も乗っ取ることが出来ないように。
――そして、『悪魔』エリゴスは『剣聖』アッシュ・レイ・フェルザリアに敗北した。
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