第110話『誓ったのだから』
――一度目。
それは、数えるのが嫌になるほど昔のことだ。後の『知恵の神』アステナとなる女性に、魔族の部下を送った。
目的は至って単純だ。『魔王』ヴァルザードの目的――吸血鬼、魔族、悪魔だけの世界に作り替えるためには頭脳明晰な存在が欲しかった。
ただ力任せに襲うのではなく、戦略を考え、こちらの被害を最小限に抑えるためだ。
毎日毎日、魔族の部下を各地に派遣し、頭の良い存在を探す。しかし、ヴァルザードの求める人材は見つからなかった。
――そんな時、部下からある連絡が入った。
「――何? レガリア王国の村に、頭脳明晰で女神とまで呼ばれている女がいるって?」
レガリア王国のある村に、そんな女性がいるらしい。これはもう捕まえるしかない。
「捕まえてこい。その女の頭脳を貰おう」
部下に命令し、ヴァルザードはその帰還を待った。だが、いくら待っても帰ってくることは無かった。
――そう、失敗したのだ。彼の初めての計画は。
――二度目。
かなりの時が離れた。およそ四百年前、後の【十執政】『第一位』となるソール・アスタリウスの村を部下に襲わせた。
『創世神』アルケウスに敗北したことで、石像にされてしまった『魔王』。年々、その封印は剥がれ、いつかは完全に解かれる。
だが、そんな時間を待つつもりはない。そのため、彼は一緒に封印された『破壊神』と一緒に、【十執政】という十人の部下を作ろうと考えたのだ。
「十人か。それほどの人数をどう集める? お前が使役する魔族を【十執政】にするのか?」
「いやいや。【十執政】には人間になってもらう。部下たちに、まずは一人、丁度いい人間を探させているんだ。友達も少なく、平凡な人間をな。その方が、我々の命令を楽に聞いてくれるだろう」
そう言って、『魔王』は続ける。
「おっと。丁度いい人間を見つけたそうだな」
◆◇◆◇
「はぁ、はぁ……」
炎に包まれる故郷の村を目撃し、動揺が止まらないソール・アスタリウス。
吐きそうになりながら必死に口を抑え、家まで走る。しかし、家は全焼。跡形もなかった。呆然としていると、後ろから声をかけられた。
「あれ、子供か。こいつであってんのか?」
「――っ!?」
後ろにいたのは、人でも吸血鬼でもなんでもない。ソールの知らない種族の化け物だ。その手がソールに触れそうになる瞬間、彼の全身を紫色の光が覆った。
「眩し!? なんだ!?」
「これは……」
目を覆う化け物に対し、紫のエネルギーが炸裂する。すると、化け物は唸り声を上げながら消えてしまった。腰が地面に落ち、唖然としていると、知らない空間に飛ばされてしまった。
「ん……ここは……」
冷たく、暗い空間だった。吐いた息が白くなるほどの寒さ。ゆっくり立ち上がり、周りを見渡す。目の前にある巨大な石像と目が合った。
恐怖……というよりも、驚愕の方が大きい。村は燃え、自分はこんなわけの分からないところにいる。夢なのかと思って顔を叩くが、夢では無いことを悟る。
唾を飲み込み、じっとしていると、石像から声が聞こえた。
「やあ。危ないところだったじゃないか」
「……あなたは?」
「私は『魔王』だ。あのままだとお前も殺されていたな。私に感謝するのだ」
「あ、ありがとう……ございます?」
――こうして、まずは一人、忠実な部下を持った。
――三度目。
それから四百年近く経ってからのこと。数百年かけて各地から人間を集めたことで【十執政】は七人となり、残りは三人ほどとなった。ここ数十年、相応しいと感じた人間がいない。
困っていた『魔王』だが、ある日、部下の魔族があることを伝えてきた。
「何? 『権能』も魔法も使わず、原理不明のワープが出来る少年がいる? さらに、感情のない少女に口下手な少年?」
「はい。ある村の男に聞いたところ、そのような存在がいると」
「その三人を連れてこい。無論、村は滅ぼして構わない。この先何があっても故郷に戻れないようにするためにな」
魔族の部下に命令し、彼らはある村に飛ばされていったのだった。
――そして、『魔王』はある男を部屋に呼び出した。
「お呼びでしょうか、『魔王』様」
「ああ。ソール、何やら謎の化け物が村を襲っているそうだ。それに襲われている三人の子供を救出してこい」
「え? 分かりました。三人を助ければ良いのですね」
『魔王』は返事をせず、『第一位』を村に送り込んだ。
◆◇◆◇
「さて、死んでもらおうか」
逃げ回るロエン、サフィナ、ヴァルクを追いかける謎の男。
その手に紫のエネルギーの球体が現れる。ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを向け、その球体は放たれた。
「っ――」
咄嗟にサフィナを守ろうと、ロエンとヴァルクが覆い被さる。だが、このまま当たれば全員関係なく即死だ。
――そんな未来は、一人の男によって妨げられた。
「《反射》」
「なっ!?」
当たるはずだった紫の球は突如現れた男を介して反射し――
放った本人に向かってぶつかった。突然の事すぎて対処できなかった男は、そのまま消滅してしまった。
「あ、貴方は……?」
「ん? 僕は【十執政】『第一位』ソール・アスタリウス……って、【十執政】って言っても分かんないよね。表立って行動してないから」
ソールと名乗る男を見て、助けてくれた感謝はあるがまずは警戒するロエン。三人でゆっくり立ち上がると、サフィナを守るようにそっと彼女の前に立った。
「……助けてくれてありがとうございます。あなたはどうしてここに?」
「僕の従うあの方が、君たちを助けろって命令してきてね。僕と一緒に来てくれない?」
救ってくれたとはいえ、素直について行くのはあまり良くないだろう。しかし、もう帰るべき村も、家もない。三人は顔を合わせ、仕方なくついて行くことにした。もし何か危険があれば、ロエンの力で逃げればいい。そう思って。
――そして、【十執政】は揃った。
◆◇◆◇
――眩い虹色の光が視界を遮り、ライン、レンゲ、『破壊神』アズラエルを包み込んだ。光が収まり、ゆっくりと目を開く。そこには現実離れした光景が広がっていた。
どこまであるか分からない広い空間、緑の広がる大地、星のように流れる滝などと、周りを見渡せば神秘的なものばかり。
この光景は、ラインが生み出したものだ。彼が取り戻した、『夢の神』の力を使って。
「……夢の世界に連れて来たか。……この世界では、思ったように力が使えないようだな」
空間を破壊し、現実に戻ろうとするアズラエル。だがしかし、力が発動できなかった。
それもそうだ。この夢の世界の主はラインだ。ここでのどんな事象も彼の思い通りになる。こんな危険な世界に、アズラエルが引き込まれた理由。
もちろん、彼も最初は抵抗した。だが、それは意味もなく、夢に引き込まれてしまった。『破壊神』のような存在であっても関係ない。対象を強制的に引き込めるのが『夢の神』の力の一つなのだ。
「こんな所に誘い込んで、何をするつもりだ?」
「――」
ラインからの返答はない。この世界はラインの思い通りにできる。そのため、『破壊神』はここで破壊の力を使えない。脱出しようにも、出来ないのだ。
ため息をつき、ラインを見つめて呟く。
「……無言か。閉じ込めるつもりか?」
「そういうつもりじゃない。――父さんとは、仲が悪かったのか?」
「――は?」
突然、予想外の質問をされ、アズラエルはそう反応してしまう。近くにいるセツナもまた、「何を聞いてるの?」というように不思議な顔をしていた。
「フッ、何だ? 俺の昔話でも聞きたいのか? 悪いが、そんなものに付き合っている暇は――」
「あんたがそのつもりでも、俺には出来るんだよ。この力があれば」
ラインの瞳が白銀に光る。右手を横にかざすと、何やらディスプレイのように巨大なものが出来上がった。だが、そこには何も映っていない。真っ黒だ。
――いや、何か見える。小さな光だ。この宇宙のどこにあるかは分からないが、星だ。ラインが腕を振ると、ズームアップされ、ディスプレイには二人の人物が浮かび上がった。
「――なっ……」
それを見て、アズラエルは目を見開いた。なぜなら、そこに映っていたのは過去の自分と――
「あ、お父さんいる! 若い……のかな?」
と、レンゲが呟いた。父は神なので老けてはいないのだが、ディスプレイに映る彼はまた違う雰囲気がある。
「――っ。なぜこれが……。まさか――」
「ああ。『知恵の神』の力を使ったんだ」
これも、『知恵の神』の力の内の一つだ。相手の過去も、これから起こるであろう未来も全て知ることが出来るのだ。
まず、『夢の神』の力で夢に引き込み、『破壊神』の力を行使出来ないようにした。その後、『知恵の神』の力でアズラエルの過去を知り尽くし、『創世神』の力で過去を映し出すディスプレイを生み出したのだ。
ディスプレイをじっと見つめ、アズラエルはラインを睨みつける。
「俺に……『創世神』を見せるな……! 憎い……憎いそいつを……!」
これまで静かで落ち着いた印象だった『破壊神』が、ディスプレイに『創世神』アルケウスが映った途端、怒りを露わにするように低い声色に変わった。
「……何でそんなに父さんを嫌ってるのか、俺は知らない」
「知らなくていい……。早く消えろ……!」
「本当なら、この夢の世界でお前を倒すべきなのかもしれない。でも、俺はあんたも助けたい。だって、あんなに優しい父さんの兄弟だから」
『破壊神』アズラエルを倒す前に、ラインは彼を知ることを決めた。彼のやったことを考えれば、今すぐにでも屠らなければならない。
でも、いつも優しい父親の双子の弟だ。きっと、優しい心だってあるはずだ。
四つ子の兄妹を持つ兄として、アレスも、セツナも、レンゲも全員がお互いのことを一番に思っていることを知っている。
そんな気持ちが、『破壊神』にも残っていると信じているのだ。
――それに、ライン・ファルレフィアは誓ったのだ。世界も、神も救うと。
それがたとえ、世界を崩壊しようと企む『破壊神』だとしても。
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