第106話『最終手段』
『――俺がいない間、あの子たちを見守っていて欲しいんだ』
『時間の神』アスタリアが、『創世神』アルケウスから聞いた最後の言葉。現在、彼は妻のルナミア・ファルレフィアと一緒に夫婦旅行をしている。
いくらしっかり者の四つ子とはいえ、まだ十五歳。親からすればまだまだ心配だ。
そのため、セレナ・クラヴィールやエルフィーネ・モランジェをメイドとしてファルレフィア邸に送ったりと世話を焼いていた。
『――俺がいない間、あの子たちを見守っていて欲しいんだ』
――そして、夫婦旅行に出発する日。そこまでやっても心配だったアルケウスは神々にそう囁いた。
『はい、アルケウス様。わたしたちが見守っておきますね』
アスタリアはそう返した。それからというもの、彼女は四つ子を見守り続けた。同時に、平和な世界を保つために。
そして、今回の戦い、彼女は時間を支配する大権を用いて何度も時間を繰り返しているのだ。
――『破壊神』と『魔王』が復活し、外の世界に出てから時間を繰り返している。
何度も何度も。十回……百回……千回を超えるほど時を巻き戻した。巻き戻った時間中に起きた出来事を知っているのは、アスタリアだけ――否、彼女と『知恵の神』アステナだけだ。
繰り返された『破壊神』たちとの戦いを解析し、次に繋げるため。
『アスタリア、解析したよ』
――確かにそれは成功した。巻き戻る事に戦いやすくなり、一瞬で壊滅させられることは無くなった。だがそれでも、彼らには勝てない。
本来なら、ラインたち全員が地面に落とされてしまった後、世界が崩壊させられるはずだった。
――しかし、今回のループでは転機が訪れたのだ。
『な、なんですかこれは……』
ロエンたちが外に出てくるのが前回よりも早かった。さらに『剣聖』が少しの時間、足止めをしてくれたおかげで『炎神』たちは戦闘が出来るまで回復し、今も空で戦っている。
ここまで初めて来れた。もう、ここで決着をつけるしかない。ただそれには圧倒的に火力が足りないのだ。
この場で火力が最も高いのは紛れもなく四つ子。しかし、彼らでも倒しきれない。
彼らがまだまだ未熟というのもあるが、大きな理由がある。それは――
――力がアスタリアたちに分けられていること。
『知恵の神』、『時間の神』を含め、この場にいる神々の力はアルケウスの『創世神』の力から分けられた力。
そのため、四つ子は時間を、空間を、法則を、生死を、夢を、知恵を、五属性を自由自在に支配できないのだ。
――四つ子が力を取り戻すには方法がある。たった一つの。
「……いざという時の最終手段、だったよね。みんなもそれで良いかな?」
アスタリアが地面に横たわり、空を見上げながらそう呟く。
――『最終手段』という方法を取れば、四つ子は力を取り戻せるのだ。元々の、なんでも出来る万全な力に。
◆◇◆◇
「――もう終わりだ。貴様らも、この世界も木っ端微塵に消し飛ばしてやる」
「チッ!! クソが!」
「イグニス! 離れるわよ!」
「……お姉ちゃんたち危ない。下に降りて」
先程までとは比べ物にならない破壊のエネルギーを全身から放出し、力を解放する『破壊神』。それでも近づくイグニスの腕を引っ張り、全員が下に降りていった。
「――おい、アスタリア。やるんだな?」
「……うん。何度繰り返してもこれしか方法が思いつかなかったんだ。ごめんね」
「アスタリア……。私は……」
「アステナ」
降りてきたイグニスたちに覚悟を決め、伝えると同時に謝る。隣には今もなお悩んでいる『知恵の神』がいる。
やらなきゃいけないとは分かっている。それでも、心が決断できない。
だって……だって……
出そうになる涙を必死に堪え、何か言おうとするアステナ。そんな彼女に、アスタリアは名前を呼んであげた。
「わたしたちは貴女を見てるから。ずっとずっと、見てるから。過去も未来もどこでもね。幸せを願ってるよ」
「アステナにはこの先幸があるよ。僕も、僕たちも見届けるよ。どこからでもね。僕には距離なんて関係ないからさ」
「ワタシたちはいつでも傍にいますので。心配せずとも大丈夫ですよ。あなたは心配性なので、初めは慣れないかもしれませんが、頑張ってくださいね。あなたはワタシたちの初めての人間の友達なのですから」
「ボクももう少しみんなと居たかったな。でも、悲しんでるだけじゃダメだよ? 生きるために、幸せになるためにその先を見据えないとさ。『生と死の神』からの助言、かな?」
「みんなにしてはしっかりしたこと言うじゃんー。あたしもたーくさん夢を見せてあげる。幸せな夢をねー。だからあたしたちのこと忘れちゃダメだよ?」
アスタリア、スピリア、ファルネラ、アリシアス、フォカリナが次々と述べ、アステナの綺麗な瞳から涙がこぼれ落ちる。
「み、みん――」
――そこまで言って、アステナは、属性神たちは一緒に消えてしまった。
「天空に送ったよ。僕たちの神殿にね」
「アステナの最後の言葉、聞かなくても良かったのですか?」
「聞かなくても、わたしたちなら分かるでしょ? 数え切れないほど一緒にいたんだから」
――世界が壊されるまでもう時間が無い。スピリアにアスタリアが合図し、アステナと属性神たちは天空の神殿に送られたのだ。
最後の言葉は聞きたかったが、大丈夫だ。聞かなくても、彼女らには分かっているのだから。あの子が言おうとしていたことが、彼女らだけには。
そして、上空で力を放出し続ける『破壊神』と『魔王』を見つめた後、まだ倒れているラインたちを見る。
「終わりだ。さらば、兄さんの子供たち」
溜まったエネルギーを地面に向かって投げ下ろす。そのエネルギーの影響で、各地の地面が崩壊していき、止まらない。
地面に膝を立て、崩壊を楽しむ化け物を睨む四つ子。力は出ず、立ち上がれない。
――そんな中、崩壊する世界が止まったのだ。
そして、目の前に現れたのは美しい女だった。腰まである金髪をなびかせながらこちらに向かって歩いてくる。銀色に光る砂時計のような模様が散りばめられたドレスはふんわりと広がり、時の流れを紡ぐようなものを感じさせた。
「――俺たちは、ただ平穏に暮らしたかっただけなのに……」
そう呟くと、時を操る女神は言った。
「わたしたちの力を、貴方たちに返すよ。これで貴方たちは『破壊神』たちを倒せる力を取り戻すことができる」
「そんな、ことを?」
「うん。わたしたちの力も、アステナの力も、イグニスたちの力も貴方たちに戻る。ただ――」
アスタリアがそう切り出し、言葉を紡いだ。
「アステナも、イグニスたちも元々人間。神の力を与えられただけ。でも、わたしたちは違う。アルケウス様直々に生み出された存在なんだ」
そして、続ける。
「だから、力を失っても人間として生きていけるアステナたちとは違って、わたしたちは消えてしまう。だって、わたしたちは力そのものだから。だからさ、みんな。世界を、アステナたちを救って」
そう言って、アスタリアはラインに手を差し伸べ、ラインは涙を堪えながら握りしめる。残った兄の左手を、兄妹たちはぎゅっと握りしめた。
「元気でね。貴方たちの中で見守るから。アルケウス様からの頼みだからね」
『――俺がいない間、あの子たちを見守っていて欲しいんだ』
アルケウスからのその頼みを果たすとアスタリアは決意する。そして、最後の一言を呟いた。
「ありがとう」
女神の最後の言葉を聞き、止まった時間の中でそれ以上会話を続けることはしなかった。ただお互いに見つ合い、彼女らの願いを、彼女らとの約束を、守ることを決意する。
――『時間の神』アスタリアが金色の粒子に光る。そして、ゆっくりと四つ子の体内に入ってくる。
さらに、金、三つの銀、白銀、橙赤、紫、薄緑、青、水色の光の粒子が四つ子に集まり、全身に入っていった。
――時が動き出すと、四人は全身に力が溢れ出して来る感覚を覚える。
それは、今まで彼らになかった大権が在るべきところへ帰ってきたことを意味する。
力を取り戻したラインは空を睨む。
「俺たちが――」
「俺たちが世界も神も救う。ここで終わらせる」
力強くそう叫び、それに呼応するように兄妹たちも首を縦に振り頷いた。
――もはや力を失った知恵の権化が、遥か彼方で嬉しそうに、そして悲しそうに微笑んだ気がした。
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