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 今や、場内は静まり返っていた。


 さっきまで共に演奏していたバンドの中で、これほどの諍いが渦巻いていた事に誰もが驚き、どう反応して良いか判らないようだ。


 このライブ・イベント全体を支配する炎上商法的なやり口に限界が生じたと言っても良いだろう。


 そんな中、ハンマーを握ったまま茫然自失の史子へ寄り添いつつ、達樹は、スタッフ数名を呼び寄せた田宮へ意識を集中させている。


「オイ、カメラ止めろ!」


 スタッフの耳元で田宮が囁く。


「まだ視聴者の数は伸びてますけど……」


 スタッフの小声も辛うじて聞こえた。バンドメンバーが素顔を晒した今、ネズミ・マスクを付けたままの彼らは酷く滑稽に見える。


「俺はな、プロレスは好きだが、ガチのセメントは嫌いなんだよ」


「は?」


「ライブは終わりだ。ほとぼりが冷めた後、適当な嘘で全部シャレにしちまうのが得策だろう」


 田宮の命令一下、スタッフの一人が舞台袖から奥の暗がりへ引っ込んだものの、間もなく青い顔で戻ってきた。


「……ダメです。機材がコントロールできません」


「中継を止められないのか?」


「……ハイ」


「何で?」


「わからないんです。何者かのハッキングを受けた可能性も」


「元から電源、引っこ抜け!」


「そんな事をしたら壊れるかもしれません。レンタルの機器もあるんで、大きな損害が出る可能性も……」


「ざけんな、手前ェら! それでもプロか!」






 冷静さをかなぐり捨て、スタッフへ当たり散らす田宮の前に達樹がヒョイと飛び出して、呑気そうに笑って見せる。


「え~、すいませんねぇ。その不具合、こっちの方でちょっとした小細工をさせてもらいました」


「小細工だぁ!? ふざけんな」


「ハイ、至ってマジメですヨ、僕」


 怒声の矛先が自分へ向いても、達樹は動揺も見せず、静かな口調で受け流す。


「それにお前、一応、ウチのスタッフだろ? バイトで雇った奴だよな? 乱入女と訳アリらしいが、何を狙ってそんな真似……」


「え~、ボスの指示です」


「ボス?」


「あなたの会社へ潜り込んだのもそうだし、キリンの神父役に立候補したのも、すべからく」


「俺に恨みがあるのか? それとも、面白ちょっかいのYOUTUBER?」


「さあね」


 焦らされ、煽られ、その姿もネットへ流れている事を自覚して、田宮は一層逆上した。


 人を弄ぶ炎上商法はお手の物でも、自身を晒すのは苦手らしく、もう先刻までの慇懃無礼さは欠片もない。


 下卑た声を荒げ、達樹へ詰め寄って、


「お前、どんな手を使った? 何なんだよ、ボスの目的は!?」


「フフ、思い出してください。この会場、都内の相場と比べたら、凄く安くレンタルできたでしょ? オルガン奏者さんや受付係さん等、イベント用に追加したスタッフも含めてね」


「……だから、何だよ」


「さぁ 何故だと思います? 実はここ、ボスの旧友が地主でして、再開発で取り壊す前に貸してもらったんです」


「はぁっ!?」


「で、あんたらに又貸しをした。つまり、ライブハウスの一時的オーナーはボス。で、こう見えても僕、ITは得意なんで、アレコレ小細工し放題でね」


「誰だ、そのボスって!?」


「教えても意味ありません。あなたの知らない人ですよ」


「ふ、ふざけるな!!」


「付け加えますと、敢えてライブ中に仕掛けた目的の一つはね。人の痛みを売り物にしてきたあなた自身を世間の晒し者にしてしまう事。どうですか、一寸先はハプニング……楽しんで頂けましたか?」


 怒りを剥き出しにする田宮の耳に、会場の所々から盛り上がる声が届いた。


 帰れ! 帰れ!


 えぐい田宮達のやり口が暴露され、流石にファンも拒否反応を示したらしい。


「……プロデューサー、まずいです。生中継しているサイトに抗議のコメントが殺到、SNSも大荒れに」


「炎上してンの?」


「ハイ」


「……シャレにならないレベルで?」


「ウチのスポンサー筋からも、手を引きたいとの知らせが届いたそうで」


 恐る恐る口に出すスタッフの話しぶり、狼狽しきった物腰が、事態の深刻さを物語っている。


 勿論、達樹はそんな気配は意に介せず、


「ん~、残念ですけど、あなたの演出は破綻しました。メジャー進出計画、かないそうにありませんね」


 あくまで飄々と語る嘗ての恋人を、史子は相変わらず呆然と見つめていた。


 もう別人としか思えない。以前の陰気さ、頼りなさが嘘のようだ。姿を消してから四年余りの悪戦苦闘が、ダメ男の成長を促したのだろうか。


 それにしても一体、何がここまでの変化を……。


 史子が思いを巡らす間も場内に鳴り響く「帰れ」コールは止まず、間もなく最高潮に達した。


 タイミング良く、ステージ袖でカメのオルガン奏者が「蛍の光」を奏で始める。


 動作を止めない天井のカメラから逃げるように、田宮、純司、咲枝は舞台袖の奥、闇の領域へ消えていく。


 台座の前で俯いたまま、肩を震わす亜理紗は彼らを見ようとせず、徹也もその肩を無言で抱きしめていた。






 兎にも角にも、今日のイベントはこれにて終了。


 そう感じ、溜息をついた史子は次の瞬間、台座に指輪が二個しか載っていないのに気付く。


 達樹の安物は一組揃っているのに、何時の間にか父と母のセットリングだけ、そこから消えていた。


 折角見つけ出したのに、まさか又、振り出しに逆戻りしてしまったと言うのか。


「ねぇ、誰か……誰でも良いから、母さんの指輪、知らない?」


 鳴り響く「蛍の光」の最中、ステージから客席へ向って大声で叫んだ史子は、次の瞬間、体がフッと宙へ浮くのを感じた。


 慌てて足元を見ておらず、段差の部分を派手に踏み外してしまったらしい。勢いあまって丸い体がステージの端を飛び越えていく。


 ダイブの演出さながら客席へ転落する史子の脳裏に、何故か八代亜紀のハスキーな歌声が流れた。






 雨、雨、降れ振れ、もっと降れ……。


 私のイイ人、連れて来い……。


 あ~あ、結局これって、私の現実逃避のテーマソングなのよね。



読んで頂き、ありがとうございます。


身内の法事がありまして、あと1エピソードなのですが、明日は投稿できないかもしれません。

その際はお許しください。

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