結露の果て
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
もうそろそろ、正月気分も抜かないといかんかなあ。
寒さはまだまだ厳しいし、時間と事情が許してくれるなら、ふとんの中でずっとぬくぬく、もたもたしたいところさ。
これも明日の糧にはなるだろうけど、結局は「糧」なんだよねえ。いつかは動かなきゃなんだよねえ。このまま終わりとはいかないんだよねえ。
他の動植物たちも同じだ。
冬の間、眠ったり姿を見せなかったりと、目立たないことはあれど、終着点じゃない。
やがてくる暖かい時期にそなえ、相応の準備を進めている。彼らがどれだけのことを思っているかは分からないが、鳴かず飛ばずでいるというのは、なかなか精神力を求められる行為だ。
ことによると、それは寒さにこわばる冬に限った話じゃないかもしれない。
いついかなるときにも、雌伏の時を強いられている存在はあり、ふとしたきっかけでその尾を踏み、思わぬ事態を呼び込む恐れが横たわっているかもしれない。
どうやら、私もその尾を踏んだことがあったようなんだよ。その時の話を聞いてみないかい?
結露。はじめて見ると、なんとも不思議に思う現象のひとつと思う。
暖かい水蒸気を多く含んだ空気が冷やされることで、飽和水蒸気量を超えたことにより、余分な水蒸気が水へと変わる現象。
特に暖房をきかせるようになる冬場は、こいつが起きやすい。窓際などは空気がどんどん冷やされるから、水蒸気もまたどんどん水へ変わっていく。
結果として、雨にでも降られたかのようにガラスがぐしょぬれになっちまうわけだ。
窓を開けて、空気を入れ替えたりすればこの手の事象は減らせるんだが、寝ている間はそうはいかない。
目覚めてみると、コタツの中にいたときの自分に負けず劣らず、ガラスは大量に「汗」をかいていたりするのさ。
ひとりで寝るようになったばかりの私は、この現象を楽しんでいた。
まだまだめずらしもの好きな気分が抜けず、親に雨戸を閉めるよう注意をされても、守るのは親の目の前でだけ。
寝る直前になると、こっそり雨戸を開けて、冷たい外気に窓をさらす。室内の暖気も必要以上に逃がさないよう閉じ込めて、眠りについていた。
やがて目覚める時、しとどに濡れた窓の表面から、雨だれのごとく水滴が垂れ落ちていくのを眺めるのが、私なりの古文的「おかし」だったわけだ。
親もそれを察したらしく、あまりいい顔をされなかったね。
濡れた箇所は傷みを生じやすくなる。それはやがて将来のコストとなって、お金を出す側の自分たちへ降りかかってくるのだから。
うちでは親の権力は強い。表立っての反抗はしづらい空気がかもされ、よほどの理不尽でなければそれも受け入れていく素地ができていた。
それもあって、私の部屋の窓際にはカーテンとは別に、レールの上へハンガーを引っかける形で、服がいくつも吊るされるようになったときも、目立って逆らう気にはなれなかった。私の着る服がメインだな。
ややもすると、その袖はぴったりと窓へ張り付いてしまう。
「服を汚したくなければ、結露に心惹かれるのをやめるんだな」。
親からの遠回しの注意と、私は受け取った。
かけられる服は何着もあり、重みでレールがたわむ恐れもあるようだったが、親は抗議の意味を込めてか、服をかけることを止めない。
押さえつけられると、反発したくなるのも子供のさがで、私は相変わらず、結露上等な窓さらしを続けていたんだ。
レールにかけられる服は、いずれも冬場用ということもあり、長袖だ。
結露した朝などは、重さを感じるほどに湿っている。こいつに腕を通すなど冗談ではない。
幸い、これ以外の服は別にある。親の寝室に近いクローゼットの中だが。親からの挑戦状に対し、安易に白旗をあげるわけにもいかない。
冬の寒いなか、わずかな道を起きて歩くのはしんどいが、嫌がらせこそが心を燃やす薪となる。嫌がっていた布団からの離脱も、力強さを増していった。
あとは、どちらが根負けするかの勝負だ。私は親が部屋から、くだんの衣服たちを撤収していくときを、いまかいまかと待っていた。
そうして日々を過ごすうち、気づいたことがある。
私の部屋にかけられる服たちのことだ。ときおり、取り換えられることがあるようだが、そのうちの一着だけは、位置こそずらされるも、ここまでずっと出ずっぱりだ。
挑戦と受け取る私は窓の開け閉めや、陽をよく取り入れるためにのける以外は、これらの衣服に触ることはしない。並びをいじるのは、もっぱら親のはずだ。
そのいつも見かけるシャツは、親戚からのもらいものだ。大きくなって、いらなくなったものという、いわゆるお下がり。
黒くて長袖と、暑い日には絶対に着たくない一着。冬場だから下に着こむものになるだろうが、私はこれまで数えるほどしか着用したことがない。
試しに、その袖をぐいっと持ちあげて見ると、雑巾のようにしぼれてしまうくらい重く湿っている。洗面器を持ってきたうえで、ぐいっとひねってみたところ、音を立ててそこにいくらか黒い水が溜まった。
色落ちしている。これほどまでに袖を湿らせてまで、私に警告を与えたいのか?
身震いしたのは寒さのせいばかりじゃない。このこだわりにどこか寒気を覚えて、その日はさっさと床に入ったんだ。
その晩、私はえらく咳が出たんだ。
夢の中へ入るのを徹底して邪魔をしてくるくらいにさ。胸まで痛くなってきたような心地がして、つい目を開けて、寝返りを打っちゃったんだよね。
で、そのときにちらりと見えた。
じかに外気にさらす窓のそば。例の黒い長袖のシャツ。その垂れ下がった袖から、ぽたりぽたりと水が垂れている。
だが、問題はその下だ。サッシとかに落ちているなら、それはそれでいい。
しかし、そこにあったのは一本の毛。いやツタだったかもしれない。
蛇のようにうねりながらそびえたつそれは、何センチほどの大きさだったろうか。
袖口に自分の背丈をあてがうそれは、黒ずんでいる水を体中へ緩やかに浴びながら、その全身をくねらせている。
息を呑んだ拍子に、私はまたついせき込んでしまう。
それを聞きつけたように、ツタはびくりと動きを止めると、その先が袖口よりだらりと垂れる。
瞬間、ぐはっと大きく息を吐いてしまう。
首が絞めつけられいる。けれど、私の首には何もくっついていない。両手を当てても、自分の指が首へ触れるばかり。
一方で、袖下に生えるあいつはというと、私の苦しむさまを前に、まるで踊るかのように左右へ身を大きくひねり出していた。
――あいつのしわざ、なのか?
さすがに、そう直感するも、同時に首絞めの強さが一気に増して、私は気を失ってしまったんだ。
気づくと、すでに朝になっていた。
サッシのところのツタは影も形もない。だが、私は昨晩の気味悪さ、息苦しさをはっきり覚えている。
私は白旗をあげ、雨戸をしっかり閉めるようにした。すると親は、それを待っていたかのように衣服をしまいにいってしまう。あの黒いシャツも一緒にだ。
あのツタは、私をしつけようとして親が用意したものだったのだろうか。私が結露を指せ続けて、あの袖を伝う水があいつを育てるだろうことも見越した上で。
あれがあいつが、生き生きと動けた機会なのかもしれない。