9:星は流れる。
カーターが、両親を両親と呼べなくなってから、一週間ほど経ったある日。
カーターは、クレイグと共に町の商人の所に、毛皮を納品しに行きました。
「やぁ、クレイグ。おや、見ない顔を連れているね」
「あぁ、うちで雇う事にしたカーターだ」
「……はじめ、まして」
「はじめまして!」
カーターは、覚悟していました。
ですが、覚悟が足りませんでした。
小さな頃から顔馴染みだった商人に言われた、『はじめまして』はカーターの心を抉ります。
鼻の奥がズンと痛んで、俯くことしか出来ませんでした。
毛皮をお金と交換した後、クレイグが薬屋に行くと言い出したので、カーターは焦りました。
「かぁさ…………メアリーさん、は、どこか……悪いの?」
「ん? あぁ、メアリーの手があかぎれで痛そうだから、軟膏を買いに来ただけだ。心配するな」
クレイグにポンポンと頭を叩かれ、ホッとしたのと同時に、また心臓が抉られるように痛みました。
――――他人の俺にも、ポンポンってするんだ。
カーターは、父親から頭を撫でられるのがとても好きでした。
自分だけがしてもらえる、特別な行為。そう、思っていたからです。
この日から、カーターはあまり笑わなくなりました。
カーターが、クレイグとメアリーの家に居候するようになって、半年が経とうとしていたある日のことでした。
クレイグから話があると言われて、カーターはダイニングテーブルに着きました。
向かい側に座るクレイグの顔は妙に赤く、メアリーは反対に真っ青です。
ここ数日、メアリーの体調があまりにも悪かったので、医者に見せに行った方が良い。とカーターは二人に言い続けていました。
――――やっぱり、何か病気になっちゃったんだ!
カーターは、膝の上でギリリと握りこぶしを作りました。
――――大丈夫、大丈夫。何度だって助ける!
カーターが心の中で様々な覚悟を決めていた時、クレイグが話し始めました。
「いや、そのな、こんな歳になって、まさかとは思ったんだがな」
「うんっ」
「出来た」
「え?」
クレイグの真っ赤な顔と、いつの間にか同じくらい真っ赤になっていたメアリーの顔を見て、カーターは何が何だか分かりませんでした。
『出来た』とは何なのか。
きょとんとしているカーターの反応で、伝わっていないと気付いたクレイグが、今度ははっきりと言いました。
「メアリーが妊娠した。赤ん坊が出来た」
「……っ!」
カーターは、自分が抱いた感情に、衝撃を受けました。
それは、喜びや歓びではなく、苛立ちや憎しみだったからです。
俺は、こんなに苦しんでいるのに。
俺は、こんなに辛いのに。
父さんの嬉しそうな顔が憎い。
母さんの幸せなそうな顔が憎い。
二人は、俺がいなくても、いいんだ?
二人が、憎い……。
カーターは服の上から胸を押さえつけました。
こんな感情を、外に出してはいけない、と。
二人に、こんなに醜い心を持ってしまったなんて、知られたくない、と。
カーターは、無理矢理に笑いました。
笑顔で、「おめでとう! 良かったね!」と伝えるために……。
カーターは、メアリーが妊娠したと知らされた日から、一人暮らしをする準備を始めました。
準備期間は半年。
カーターはがむしゃらに働きました。
クレイグに頼み込み、大型の獣を狩る訓練もしました。
これからは一人で生きて行く為に。
カーターは、町中に部屋を借りました。
今まで通り、毎朝の畑の世話は続けます。
狩りは、中型の獣までなら、一人で行っても良いと言われました。
大型の時は、必ずクレイグと一緒に行くと約束しました。
二人と少し距離を取るだけです。
それでも、両親が大好きで、まだ十五歳のカーターには、とても大きな決断でした。
「本当に出て行っちゃうの?」
「うん。俺が使ってるの、赤ちゃんの為の部屋、でしょ?」
――――本当は俺の部屋なんだよ?
「カーター、追い出すみたいになって、すまない」
「ううん、今までありがとう」
――――これは、本当の気持ち。
カーターはぎこちない笑顔でメアリーに抱きつきました。もちろん、クレイグにも。
二人の温もりを全身で感じ、その温かさを大切に大切に胸に詰め込んで、そっと蓋を閉じました。
カーターはこの日、二人の息子を辞めよう。と決意しました。
――――さようなら。
カーターが十六歳になる夜は、一人きりでした。
去年も一人でしたが、あの時、あの瞬間は、希望に満ち溢れていました。
でも、今は違います。
あの湖に行き、神に『元に戻して』と願ってしまおうか、と何度か考えました。
その度に、大きくなったお腹を微笑みながら擦るメアリーの顔が、目蓋の裏に浮かびます。
その度に、一緒にメアリーのお腹を撫でるクレイグの幸せそうな顔が、浮かび上がります。
カーターは、一人暮らしの部屋で、寂しく夜空を見上げました。
流れる星々が、まるで自分の涙のように感じました。
『十六歳、おめでとう』
そんな二人の声が聞こえたような気がして。
そうっと部屋のドアを見るけれど……。
もちろん、そこには誰もいるはずもなくて。
カーターの頬には、一筋の星が流れていました。
次話も明日18時頃に投稿します。




