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9/12

9:星は流れる。




 カーターが、両親を両親と呼べなくなってから、一週間ほど経ったある日。

 カーターは、クレイグと共に町の商人の所に、毛皮を納品しに行きました。


「やぁ、クレイグ。おや、見ない顔を連れているね」

「あぁ、うちで雇う事にしたカーターだ」

「……はじめ、まして」

「はじめまして!」


 カーターは、覚悟していました。

 ですが、覚悟が足りませんでした。

 小さな頃から顔馴染みだった商人に言われた、『はじめまして』はカーターの心を(えぐ)ります。

 鼻の奥がズンと痛んで、俯くことしか出来ませんでした。


 毛皮をお金と交換した後、クレイグが薬屋に行くと言い出したので、カーターは焦りました。


「かぁさ…………メアリーさん、は、どこか……悪いの?」

「ん? あぁ、メアリーの手があかぎれで痛そうだから、軟膏を買いに来ただけだ。心配するな」


 クレイグにポンポンと頭を叩かれ、ホッとしたのと同時に、また心臓が抉られるように痛みました。


 ――――()()()俺にも、ポンポンってするんだ。


 カーターは、父親から頭を撫でられるのがとても好きでした。

 自分だけがしてもらえる、特別な行為。そう、思っていたからです。


 この日から、カーターはあまり笑わなくなりました。

 



 カーターが、クレイグとメアリーの家に居候するようになって、半年が経とうとしていたある日のことでした。

 クレイグから話があると言われて、カーターはダイニングテーブルに着きました。

 向かい側に座るクレイグの顔は妙に赤く、メアリーは反対に真っ青です。

 

 ここ数日、メアリーの体調があまりにも悪かったので、医者に見せに行った方が良い。とカーターは二人に言い続けていました。

 

 ――――やっぱり、何か病気になっちゃったんだ!


 カーターは、膝の上でギリリと握りこぶしを作りました。


 ――――大丈夫、大丈夫。何度だって助ける!


 カーターが心の中で様々な覚悟を決めていた時、クレイグが話し始めました。


「いや、そのな、こんな歳になって、まさかとは思ったんだがな」

「うんっ」

「出来た」

「え?」


 クレイグの真っ赤な顔と、いつの間にか同じくらい真っ赤になっていたメアリーの顔を見て、カーターは何が何だか分かりませんでした。

 『出来た』とは何なのか。

 きょとんとしているカーターの反応で、伝わっていないと気付いたクレイグが、今度ははっきりと言いました。


「メアリーが妊娠した。赤ん坊が出来た」

「……っ!」


 カーターは、自分が抱いた感情に、衝撃を受けました。

 それは、喜びや歓びではなく、苛立ちや憎しみだったからです。


 俺は、こんなに苦しんでいるのに。

 俺は、こんなに辛いのに。

 父さんの嬉しそうな顔が憎い。

 母さんの幸せなそうな顔が憎い。

 二人は、俺がいなくても、いいんだ?

 二人が、憎い……。


 カーターは服の上から胸を押さえつけました。

 こんな感情を、外に出してはいけない、と。

 二人に、こんなに醜い心を持ってしまったなんて、知られたくない、と。


 カーターは、無理矢理に笑いました。

 笑顔で、「おめでとう! 良かったね!」と伝えるために……。




 カーターは、メアリーが妊娠したと知らされた日から、一人暮らしをする準備を始めました。

 準備期間は半年。

 カーターはがむしゃらに働きました。

 クレイグに頼み込み、大型の獣を狩る訓練もしました。

 これからは一人で生きて行く為に。


 カーターは、町中に部屋を借りました。

 今まで通り、毎朝の畑の世話は続けます。

 狩りは、中型の獣までなら、一人で行っても良いと言われました。

 大型の時は、必ずクレイグと一緒に行くと約束しました。


 二人と少し距離を取るだけです。

 それでも、両親が大好きで、まだ十五歳のカーターには、とても大きな決断でした。

 

「本当に出て行っちゃうの?」

「うん。俺が使ってるの、赤ちゃんの為の部屋、でしょ?」


 ――――本当は俺の部屋なんだよ?


「カーター、追い出すみたいになって、すまない」

「ううん、今までありがとう」


 ――――これは、本当の気持ち。


 カーターはぎこちない笑顔でメアリーに抱きつきました。もちろん、クレイグにも。

 二人の温もりを全身で感じ、その温かさを大切に大切に胸に詰め込んで、そっと蓋を閉じました。


 カーターはこの日、二人の息子を辞めよう。と決意しました。


 ――――さようなら。





 カーターが十六歳になる夜は、一人きりでした。

 去年も一人でしたが、あの時、あの瞬間は、希望に満ち溢れていました。

 でも、今は違います。


 あの湖に行き、神に『元に戻して』と願ってしまおうか、と何度か考えました。

 その度に、大きくなったお腹を微笑みながら擦るメアリーの顔が、目蓋の裏に浮かびます。

 その度に、一緒にメアリーのお腹を撫でるクレイグの幸せそうな顔が、浮かび上がります。


 カーターは、一人暮らしの部屋で、寂しく夜空を見上げました。

 流れる星々が、まるで自分の涙のように感じました。


『十六歳、おめでとう』


 そんな二人の声が聞こえたような気がして。

 そうっと部屋のドアを見るけれど……。

 もちろん、そこには誰もいるはずもなくて。


 カーターの頬には、一筋の星が流れていました。




 次話も明日18時頃に投稿します。

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