7:大丈夫、きっと大丈夫。
カーターと揺れる花達は、暗闇の中で静かにその時を待っていました。
キラリ。
星が瞬きます。
キラリ、キラリ。
星々は流れ、人々はざわめきます。
『星降り願う夜』の始まりです。
カーターは、幾筋かの流れる星の軌跡を見つめたあと、ゆっくりと目蓋を閉じました。
カーターは、心から祈り、願いました。
母親の病が治りますように。
咳き込み、浅い息を繰り返し、それでも笑っている母親が、その苦しみから解き放たれますように。
高熱が出ても、自分たちのご飯を用意しようとする、優しい母親が、熱にうなされませんように。
父親が、これ以上睡眠時間を削らずにすみますように。
父親と母親が、二人の時間を持てますように。
父親の願いが、『妻と共に生きたい』という願いが、どうか叶いますように。
――――どうか。
学校には行けなかったけど、それ以上のことを教えてくれた両親。
一緒に狩りをし、一緒に料理をした。
新年に流れる星は毎年両親と一緒に見た。
俺に友達がいないことを心配してたけど、いないわけじゃなかった。
ただ、母親の側にいたかった。ただ、父親を手伝っていたかった。
カーターは、心の奥底から溢れる両親への愛しさと共に、ゆっくりと祈りました。
『――――、――――』
カーターの頭の中に、男性とも女性ともいえない、不思議な声が響きます。
『――ター。カーター』
「え……」
『カーター、聞こえますか』
カーターは、驚きすぎて、頭が真っ白になりました。
はくはくと口を動かすだけで、声になりません。
それでも、不思議な声は、カーターの名前を呼び続けます。
『カーター』
「……っ、は、はい」
『カーター。貴方の願い、届きました』
願いが届いた。そう言われてカーターは天にも昇る気持ちになりました。
「ほんとうに⁉ あり、ありがとうございますっ!」
『カーター。貴方は沢山の願いをしましたね』
「あ……ごめんなさい」
カーターは、急に恥ずかしくなりました。
不思議な声の言う通り、本当に沢山の事を祈ったからです。
なんて欲張りなんだろうか。と自分に落胆していた時、また、頭の中に不思議な声が響きました。
『カーター。貴方の願いを、叶えます。その対価は、貴方の記憶です』
カーターは呆然としました。
元々、対価は何であろうと払うつもりでした。
キラキラ輝く銀色の髪の毛だって、金色の目玉だって、命以外なら、何だって差し出そうと思っていたのです。
『髪の毛も、目玉も、いりません。命は、貴方しだいです』
「俺しだい?」
『今、この瞬間より、この世界中の人々から貴方の記憶は消されました』
「えっ⁉ 俺が忘れるんじゃなくて、忘れられるんですか⁉」
『いいえ、違います。もう記憶は消されました』
「あ…………っ、はい」
カーターは、心臓がギュッと締め付けられるような痛みを感じました。
この痛みがなんの感情から来るのか、何に対して痛いと思ったのか、よく分かりませんでした。
『カーター。これ以上は耐えられない。もし、そう思った時は、ここに来なさい。救ってあげましょう』
「え!」
『全てを元に戻しましょう。誰もが貴方のことを覚えていて、母親は病に苦しみ、父親が疲れ果てている、元通りの世界です』
「っ……だい、じょうぶ、です。俺、耐えられます!」
カーターは、泣き叫びそうな気持ちをぐっと堪えて、笑いました。
――――大丈夫、きっと大丈夫。
そう、自分の心に言い聞かせました。
カーターは、熱くなる目頭を手の甲で拭い、何度も何度も深呼吸をしました。
しばらくの間そうして、ゆっくりと目蓋を押し上げると、なぜか家の前にいました。
「え……」
今まで夢でも見ていたのかと思うほどに、当たり前のように、目の前に自分の家があります。
家からは、母親のいつもの明るい笑い声と、父親の初めて聞くような愉快そうな笑い声が、響いていました。
カーターがふらりと歩いて、ドアノブに手を掛けた時、また頭の中に不思議な声が響きました。
『……十年後、湖で待っています』
――――あ、夢じゃないんだ。十年後?
カーターは不思議に思いながらも、カチャリとドアノブを回しました。
ゆっくりとドアを押し開くと、明るく暖かい部屋と、驚き固まった顔の二人に出迎えられました。
「ただいま! 母さん、父さん」
「「――――!」」
次話は明日18時頃に投稿します。




